第2話 妖怪の忘却
京都府京都市。俺たち妖怪が身を寄せ合って過ごしているこの街で、俺は今を生きており、そして現在学校に向かっている……のだが。
「よぉ、童子の坊主!今から学校かいな?」
「鞍馬のおっちゃん!そうなんよ、もう面倒くさくて面倒くさくて……」
「おいおい、あかんでぇ?坊主の親御さんが最後に残してくれたもんなんやさかい、ちゃんと行かんと」
「せやねんけどさぁ……」
鞍馬天狗のおっちゃんに絡まれていた。このおっちゃんに見つかると大変なんだ……いや、いい人ではあるんだけどね?
「ちゃんとモノ食うとるか?最近また痩せたんとちゃうん?」
「おっちゃんが横に伸びたからそう見えるだけやさかい、大丈夫や」
「なんやてぇ!?」
こんな風に、めっちゃダル絡みされるのだ。やれ飯は食ってるか?やれ勉強は大丈夫なのか?と色々聞いてくる。
おっちゃんは昔から両親の友人で、その関係で俺も小さい頃から家族ぐるみでお世話になっているからあまり邪険には出来ないんだけど……って。
おっちゃんと通学路を歩いていると、重要なことを思い出す。
おっちゃん?おっちゃん!?三条駅はこっち方面じゃないぞ!?
「おっちゃん、駅反対やから!」
「おぉ?まあ大丈夫やろ、まだ始業時間まで2時間あるさかい」
「こういうのって始業時間の30分前に会社にいとかなきゃあかんもんやないの?」
「がっはっは!それでも1時間半や、大阪までの電車で30分やさかい、会社までの道のり考えても坊主が学校見送りぐらいなんとでもなるわ!」
こう見えても最速の妖怪、
あと天狗だからどうした、俺たち妖怪は普通に生きるのに精一杯で天狗の羽根で空を飛ぶ力とか出せないだろうに……
ん?そう言えば。俺はおっちゃんと話していて、おっちゃんの奥さんのことを思い出した。
「奥さんに愚痴られたで、おっちゃんまーた酒の席でやらかして上司から冷たい目食ろうてるらしいな?」
「ぐっ!」
「その上司はん、とても律儀な人で始業時間の1時間前には既に会社に出社してらっしゃるらしいなぁ?」
「ぐぬぬ……」
「無職の夫を支えるのは今のご時世、苦しゅう思いますなぁ……」
「だあぁ、ワイの負けや!ちゃんと学校行きや、ほなまた!」
ふぅ、やっと行った。愛妻家のおっちゃんは、奥さんの事を話題に上げられると弱いんだよ。
5分後に通勤通学ラッシュでぎゅうぎゅう詰めになった電車内で後悔することになるだろうな……と、俺は鞍馬のおっちゃんの受難に軽く手を合わせ、学校に向かうのであった。
「おはようございます、今日から『身だしなみ検査強化月間』です。登校した生徒は生徒会や教員のチェックを受けて下さい」
拡声器を持った女子生徒が、校門でそう言ってるのが遠くから見える……腕には『風紀委員』の腕章が。
京都府立九条高校。『清く正しく美しく』を校正に掲げるウチの高校は、定期的にこういった身だしなみをチェックされる期間がある……というか今思い出した。
そして今日は新学期の初め。春休みを過ごした学生達の緩みを正すように、去年もこうして風紀委員達が学生の制服のチェックをしていたっけ。
めんどくせぇなぁと思いつつも、こんなしょうもない所で目を付けられる訳にもいかない。俺は急いで近くにあった呉服屋のショーウィンドウを使って身だしなみを整え始める。
何人か俺と一緒で慌ててこのショーウィンドウに張り付いているせいで、九条高校の制服を来た生徒がズラッと呉服屋に並んでいるというかなりシュールな光景になっているが……
「さて……」
俺はショーウィンドウに映る自分の姿を見る。少しくせっ毛のある黒髪は、どれだけ
ネクタイが少し歪んでいるのを直して、一年前に九条高校に入学した時より背が伸びてネクタイが似合うようになったのではないか?と自画自賛。
制服からシャツも出ていないし、ハンカチもオッケー。よし、俺はショーウィンドウから身を引き、校門に歩き出して……
「あなた!ちゃんとネクタイを締めなさい!」
「朝からネクタイで首が締まるの苦しいんすよ!許して!」
「ダメです!ちゃんと締めなさい!」
「ぐえぇ……!」
風紀委員がネクタイを緩めていた男子生徒の首を、ネクタイで締めている横を素通りした。誰も俺を見ようとしない、俺がいることに気がついていない。
俺はため息をつく。知っていたさ、どれだけ身なりに気を使ってもどれだけ勉学を励んでいても……霊力を失っていっている妖怪は存在感すらも失っていっている事に。
それでも、やっぱり『あるかもしれない』という希望を持ってしまうんだよ。見てくれるかもしれない、気にしてくれるかもしれない……そんな希望をさ?
「くそが……」
俺がそっと呟いた言葉は、誰の耳にも入ること無く
結局、新学期だというのにまさかの担任から名前を呼ばれないという珍事まで起きて俺のテンションは朝から駄々下がりだ。
最後の「名前呼ばれてない人、いませんか~?」という問いにマジで手を挙げないといけない人が居るの初めてだよ全く……俺やけどさ?
そんな注目の的になったというのに、誰も俺に話しかけてこない……いや、既にそのことすら忘れかけているのかもしれない。
思い入れというのはそういうものだ。人の興味関心というのは非常に移ろいやすく、存在感すら消えかかっている妖怪を気に留め続けるなどもはや不可能に近い。
俺のお父さんやお母さんだって……?誰もいなくなった教室から帰ろうと鞄を机から持ち上げた時、俺はピタッと動きを止める。
「俺のお父さんとお母さんの名前、なんやったっけ……?」
ゾワリと背筋に走る悪寒。何回も経験した、自分の中から何か大切な物が抜けていく感覚……ッ!だめだ、思い出せ!両親の名前だぞ!?忘れちゃいけないだろ童子
「
思いつく名前を挙げていくがどれも違うことだけが分かる。でも、本当の名前が思い出せない……ッ!
「なんでや……いやや、大切な物なんや!奪うなよ、俺から!なぁ……返しぃよ……!」
涙がボロボロ出てくる。誰も居ない教室で、床に崩れ落ちて自分を責める俺はそのまま自身の頭を床に打ち付ける。何があっても忘れたあかんやろ、これだけは!
――――ガンッ、ガンッ!
「なんやっけ……なんやったっけ……!」
――――ゴッ、ゴ……ッ!
「思い出しぃよ、なぁ……!」
思い出せない思い出せない思い出せない思い出せない。俺は更に大きい衝撃を加えようと大きく頭を振り上げ……
「あの、大丈夫……ですか?」
「……あ、ぁ?」
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