エピローグ

 

 それから。


 ティンバー大公領のソルムとググの港に、新しい組織が出来た。

 その名も『ポートオーソリティ』。

 港で働く人々の代表で作ったその組織は、最初こそ多少混乱があったものの、すぐに安定稼働し始めた。

 今はまだ代表の集まりだが、その内一つの組織として独立し、運営されていくだろう。

 この画期的な運営手法の考案者であるジュリア・マホガニーは、その功績を人々に讃えられた。

 親子三代に渡ってティンバーに繁栄をもたらした一族として、今は無きコンテナ男爵家は、より名を馳せることとなった。



 その一方で、コンテナ男爵の名に影を落とす存在もいる。

 一連の事件を引き起こした大罪人であるシャーロット・メイプルを脱獄させ、更に命を奪ったジョシュア・マホガニーは、ホルツ王国の地で裁判にかけられた。

 薬の効果は既に切れていたものの、その後遺症から精神に異常をきたしていたと判断され、処刑は免れた。

 しかしその罪の重さから、生涯牢獄の中で過ごすことが決定した。

 その牢獄は、終身刑が下された者ばかりを集める辺境の断崖絶壁の上に立つ牢獄だ。

 移送される前、ジョシュアは唯一の家族であるジュリアとの面会が許され、お互いに声をあげて泣いた。

 ジョシュアは泣きながら許しを乞い続けた。

 そしてそれは、2人が顔を合わせた最後であった。

 彼はこれから残りの人生を、世界から孤立した塀の中で過ごすこととなる。

 だが彼は、静かにそれを受け止めていた。

 それが、ジョシュア・マホガニーの人生なのだから。




 レトゥーア・ダルベルギアは、ダルベルギア侯爵領の内、最も何もない辺鄙な田舎へと引っ越した。

 新しい屋敷を建てそこに住まうこととしたが、到底侯爵家の屋敷とは比べものにならないほどの小さな屋敷だった。

 彼女はそこで、数少ない使用人たちと暮らしている。

 使用人は侯爵家から付いてきた者ではなく、現地で雇った使用人を雇用している。

 中には、の執事と、を持つ執事見習いが従事している。

 レトゥーアは念願の赤茶色の瞳を手に入れ、これまで一度も見せたことのないような穏やかな笑みをたたえているという。




 クルメル商会は、居なくなったジュリアの穴を感じさせないほど、安定して運営されていた。

 それは、ジュリアが出て行くまでに方々の体制を整えていったからだ。

 マシューは、流石だなと感心した。

 まさかジュリアがガウスと離婚し、別の男の所に行くとは夢にも思わなかったけれど、ジュリアはどうやら幸せそうだから、きっと心配は要らないだろう。


 マシューが広げていた新聞を、ルーナが取り上げる。

 もう開店時間だと文句を言っているのだ。

 マシューは事務方の仕事をしながら本店の店長も兼任しているのだから、大忙しだ。

 元の店長は地方の指導に回っている。

 忙しくて、ジュリアのことを思い出す時間はない。

 そう、ないったらないのだ。











 ガチャっと乱暴にドアを開け、カンナはシーツを剥いだ。

 そこに大きな体を小さく丸めているガウスを見つけると、大きく溜息を吐いた。


「ガウス様、いい加減になさいませ。泣いてもどうにもなりません。さ、着替えて商会へ行ってください!」

「カンナ……。お前最近俺に対して本当にぞんざいだな……」


 ガウスは以前のように、ショックで部屋から出て来ないということはない。

 だがこうして、朝になるとまるで駄々を捏ねる子どものようにベッドに引きこもる。


 カンナはずっと、自分を救ってくれたガウスのことを勝手に神聖化して見ていたのだ。

 けれど本当のガウスは、図体と態度ばかりが大きい、弱くて、泣き虫で、情けない、なんてことない男なのだと気付いた。

 かと言って幻滅したかというと、それは違う。

 むしろ今のガウスの方が、ずっと身近に感じ、自然に接することが出来る。

 不思議とカンナのガウスへの想いは変わっていない。

 ……態度はだいぶ変わったかもしれないが。


「ガウス様が子どものようなことばかりしているからです!」

「……お前も……情けないと思うか……?」


 カンナはまたハーっと息を吐き出す。


「言っておきますがガウス様。私はどんなガウス様でも、変わらずに敬愛していますよ。私は、今までも、これからも、あなたの味方です」

「カンナ……」


 ガウスはまた涙ぐむ。

 このがたいの良い男は、ここ数年で涙腺がおかしくなってしまったのか。


「さ! だからさっさと支度をなさってください! お仕事お仕事!!」

「カンナ……」


 先ほどとは逆のトーンでガウスは声を落とす。

 カンナはガウスがベッドに持ち込んでいた新聞の記事に目を落とし、微笑んだ。


(良かったですね。ジュリア様……)


 そうして新聞を拾い上げ、それを丸めてガウスを追い立てる道具とした。


 カンナが手綱を握っている限り、ガウスの心も、いずれ時が癒すのだろう。










「おい新入り! ボサッとしてないでさっさと中に運べ!」

「っはい!」


 ホルツ王国、ラシーヌの港。

 頭にバンダナを巻いた船乗りの男が声をかけると、ユアン・ヒッコリーは新聞から目を離し応えた。


 偽装事件が発覚した後、ホルツ王国を出てアンブル王国に行ったまでは良かった。

 シャーロットの紹介でニグラ公爵家の使用人となり一安心したところで、すぐに路頭に迷ってしまった。

 ニグラ公爵が突如姿を消し、内乱が起きて、ホルツ王国の軍が捜査にやって来たからだ。

 ユアンはホルツ王国で犯罪者として追われる身だ。

 ユアンは慌てて屋敷から逃げることにした。

 クルメル商会から引き出した金を全て持って出る余裕がなく、スラックスのポケットに収まるほどしか持ち出すことができなかった。

 ほとんど全ての金を、ニグラ公爵の屋敷に残すことになってしまった。

 いっそユアンは笑いが込み上げてきた。

 ユアンの行ったことは、全て無駄になったのだから。


 職を転々とし、現在はティンバー大公領のセンダン商会の船乗りをしている。奇しくも、ジュリアの実家が営んでいた商会の厄介になろうとは、思いもしなかった。

 世情が荒れ、もはやユアンの犯罪など有耶無耶になっているだろう。だがもしこれで捕まったら、それはもうそういう運命だったのだと、諦めている。


(ジュリアさん、あなたには驚かされてばかりですね……。もっと早くあなたと出会えていたら、何かが変わったでしょうか)


 ユアンはもう一度新聞に視線を落とす。

 そこには、とある記事が載せられていた。





<コンテナ男爵の令嬢、ビルマチーク伯爵御令弟と結婚>


『あの悲劇に見舞われ亡くなったコンテナ男爵の令嬢で、ポート・オーソリティの考案者であるジュリア・マホガニー嬢が、来月結婚することを発表した。お相手は、ホルツ王国のビルマチーク伯爵の御令弟、ロイド・ビルマチーク氏である。二人は偶然、街中で運命の出会いを果たしたという。ジュリア・マホガニー嬢は、以前クルメル商会の会頭として知られるガウス・ウォルナット氏と婚姻を結んでいたが、ティンバーで行き場を失った令嬢をウォルナット氏が救う策として行った偽装結婚だと言われている。

 二人の式は王都のサンマルトロ寺院で行われ……』




 新聞は全てを語らない。



 ジュリアがビルマチーク伯爵家で温かく迎え入れられ驚くことも、

 レイア・ビルマチークが『ほ、本物のジュリア・マホガニー!!』と思わず叫んで卒倒してしまうことも、

 ビルマチーク伯爵家の本当の姿を知りジュリアが更に驚くことも、

 ロイドとジュリアが2人で幸せな家庭を築くことも、


 また別の話だ。

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捨てられたコンテナ令嬢は誰の手を掴むのか 九重ツクモ @9stack_99

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