【番外編】新思春期と新衣装 後編(三原ナズナ視点)

 幼馴染みが、男女の違いに興味を持ち始めたらしい。


 そう言葉にすると、いかがわしいことのように思えるのだけれども。

 しかし幼馴染みの栗坂恵くりさか・めぐみが引き出しに隠していたものは、なんと言うべきか――肌色成分が皆無であった。


 仮に期待通りのいかがわしいものが出てきていれば、勝手に見たことが本人にバレたとしても「恵ぃー、こんなの読むようになってもうすっかり男だねぇー」とニタニタと笑いながらからかって終わらせられた。


 もしくは、「なにこんなエッチなもの隠し持ってっ!」と逆ギレしてもいい。


 ――ま、恵に内緒でけっこう際どいイラストとかあげているアタシからすると……、ちょっとやそこらの品物じゃ、ふーんって感じだけどね。


「ナズナ……幼馴染みとして言わせてもらうけど、なんでも間でも勝手に開ける癖良くないと思うよ? この前、冷蔵庫のシュークリームも無断で食べてたでしょ」


 恵は呆れるように、アタシを注意する。


 一応、言って置くとさすがのアタシだって人様の家の冷蔵庫を勝手に開けることはない。もし恵が一人暮らししていて、というなら話は別だろうけれど、お隣さんで家族ぐるみの付き合いだからと言っても栗坂家の冷蔵庫から食べ物を盗み取るほど常識に欠如していないのだ。


 真相は単純。遊びに来たとき恵が不在だったのだが、妹ちゃんが代わりに応対してくれて「ナズナちゃん、シュークリームあるよ? 食べる?」と言ってくれたのだ。


 恵ほどではないにしても、アタシは妹ちゃん含めて栗坂家の全員と交流がある。お隣さん同士だから、というのを差し引いても、栗坂家のみんなは気さくで気の良い人たちばかりだから、アタシはみんなのことが好きだった。


 だから妹ちゃんの誘いに喜んで「食べる食べる!」とシュークリームにかじりついたのだ。妹ちゃんと世間話しながら、二人でシュークリームを食べた。だがどうやらあれは、本来なら恵の分だったらしい。


 それ後帰ってきた恵が冷蔵庫から消えた自分のシュークリームを探し回ると、妹ちゃんが「恵の分のシュークリームはナズナちゃんが食べたよ」と伝えたのだ。

 事実だけれど、勧めたのは妹ちゃんだった。


 妹ちゃんは、そういうところがある。

 無口ということはないけど、言葉が少なくて事実だけをストレートに話す。


 アタシは要領が良いので、妹ちゃんのこういう性格と言動とも上手く付き合えているし、なんだったら時には妹ちゃんの飾らない言葉を言質として利用させてもらっている。


『妹ちゃん、恵って部屋? 入って良い?』

『どうぞー』


 というやり取りを、アタシは恵の部屋への入場許可として拡大解釈して受け取る。


 だから妹ちゃんが、食べて良いと言ったのは自分である――という前提を共有せずに、アタシが恵のシュークリームを食べたというのも、普段の彼女通りの言い回しで悪意があるわけではないし、妹ちゃんに許可をもらったという建前で横暴を振るうアタシがこういう時だけとやかく言うのも不公平だった。


「恵のシュークリーム、美味しかったよ。恵が楽しみにしているって思うと、それがよりスパイスにになってねー」


「ひどすぎるよっ!! そんなんで俺のシュークリームをっ!!」


「他人のものだと思うと余計ほしくなるんだよねー」


「……ナズナ、人としての道を間違えないようにね?」


 ケラケラと笑いながらも、これで話をそらせたと思う。

 恵だって、隠していた本については言及されないほうがいいだろう。


 ただ本心で言えば、聞きたい。

 なんでこんな本を持っているのか。


 男女の違いを学術方面で書いた本から、いったいなにを学ぼうとしていたのか。


 もしかすると、幼馴染みとしてアタシが教えてあげるべきなのだろうか。


「はぁ、まあいいか……お土産のマドレーヌでチャラってことで」


「そそ、いっぱいあるからね!」


 そういうわけで、二人してマドレーヌを食べ始めたのだけれども。


「……ナズナ、これはマドレーヌじゃないよ。フィナンシェだ」


「え? フィナンシェ?」


 言われてみれば、お母さんに頼んだのはお菓子を作ってくれというだけで、「マドレーヌ」を名指しで頼んだわけじゃない。


 できあがったお菓子を見て、マドレーヌだと思っていただけだった。


 でも、マドレーヌとフィナンシェの違いって。


「え、でもほら、丸くない?」


「いや、形じゃなくて材料と焼き上げ方で違くて」


「……どっちでもそんな変わらなくない?」


「変わるよ!! 全然別だって!!」


 怒り出す恵だったが、フィナンシェが嫌いというわけでもなく、マドレーヌと同じくらい好きらしい。それなら尚更どちらでもよいのではないか。


 男女の違いすらまだおぼつかないくせに、焼き菓子の違いにばっかうるさいんだから。


 あきれる幼馴染みの新衣装は、甘いお菓子がよく似合うとびきり可愛らしいものにしてやろう。


 ――まだ、なかなか描く手は動かないけれど、アタシは少なくともそれだけは決意した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

性別不詳VTuberたちがオフ会したら俺以外全員女子だった 最宮みはや @mihayasaimiya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ