【番外編】新思春期と新衣装 前編(三原ナズナ視点)

 約束とは、守るべきためにある。


 付き合いの長い幼馴染み相手でも、当然であろう。

 今まで築いてきた信頼関係があるのだから、少しくらいやらかしても許してもらえるかもしれない。


 けれどもこれからも長いこと一緒にいるのだから、なおのこと約束を守ることは大事であろう。ちょっとしたことで、今後の付き合いにヒビを入れたくない――とまで真剣には考えていなかったが、幼馴染みの栗坂恵くりさか めぐみに新衣装を用意する約束は、どうにかしないといけなかった。


 なのに。


「あーうー……なんでだろ」


 どうにも手が進まない。スランプというわけではないと思う。

 現に、他のイラストは特に今までと変わりなく描けている。


 ただどうしてか、栗坂恵――正確には、恵がVTuberとして活動している甘露かんろケイのアバターだけが上手く描けない。


 ――前回同様、ただただ可愛らしい美少女アバターを……本人そっくりに描くだけなはずなのに。


「うーん……そういば、最近会ってない気がする」


 そんなことはない。学校に行けば、毎日顔を合わせている。

 昨日だって、普通に話した。


 だけど、最近の恵は忙しそうで、放課後も土日もほとんど空いていないという。

 配信活動に力を入れてい忙しいのは知っているし、現に近頃の話題もそればかりだ。


 それ自体は応援している。だからこそ、新衣装を作るという約束もした。


「……行くかな」


 悩むのは性に合っていない。

 どうせ隣の家に本人がいる。会って話した方が早い。


 そう思って栗坂家を訪ねると、妹ちゃんに招かれる。同性で、二つ年下。もしかしたら、本人よりも妹ちゃんと仲良くなった方が自然なのかもしれない。


 仲はいい。ただ性別に関係なく、同い年の幼馴染みとの仲はより深い。


 ――学年が違えばそういうものかとも思うし、やっぱり不思議にも思う。


 異性だからという理由で、距離を取っていた時期もあった。


 今だって、キャラじゃないからと気に止めていない素振りをしているだけで――。


「恵ーなにしてたのー!?」


 ノックもせずに、部屋に入ると珍しく真面目な顔で机に向かっていた。


 配信中ではないはずだ。一応、ドアの前でしばらく中の様子はうかがうようにしている。配信中なら事故になりかねないし、男子高校生の部屋ではなにかが起きている可能性もある。


「えっナズナ!?」


 いつものことなのに、今日はやけに驚いていた。


「……今、なにか隠した?」


 振り向いた時、慌ててなにかを引き出しにしまったようだった。


「え? いや、別に……それより、いい加減ノックしてから入ってきてよ」


「うーん、考えとく」


「考えとくじゃなくて……まあいいか、それでどうしたの?」


 怒っている様子はなく、むしろほっとしている幼馴染みに、違和感を覚えた。

 長年の付き合い――でなくても、これくらいはわかるだろうか。


「えっとね、お母さんがマドレーヌ焼いてくれたから持ってきたんだよね。恵も食べるかなって」


「マドレーヌっ! ありがとう、食べる食べる」


「マドレーヌに合う紅茶があると嬉しいなぁ」


「……はいはい、いれてくるけどさ」


 ちなみに、手土産のマドレーヌは嘘じゃない。理由なしに来て勘ぐられないかと思って、わざわざ頼んで焼いてもらったのだけれども。


 相変わらず甘い物が大好きな恵は、鼻歌交じりで一階のキッチンへと向かった。アタシを部屋に置いて。


 ――さて、なにを隠したのかな。


 警戒心は相変わらず低いし、引き出しに鍵をかけるような知恵もまだのようだったけれど、もしかしたらいかがわしいものだろうか。


 あの恵が、ついに。成長したということか。


「そうかそうか。恵もついに男女の体の違いに興味が……」


 声変わりもしなければ、思春期も迎えたか怪しい幼馴染みの成長を確かめなくてはいけない。そう思って、引き出しをあけると一冊の本が出てきた。本か、レトロだ。でも初心者はここから入るものなのだろうか――。


「って、え? なにこれ?」


 ――「男と女」って単語に始まって、「考え方の違い」とか「すれ違い」とか、そんなことが書かれた活字本だった。


「はい? ……本当になにこれ」


 こういった本の存在自体は知っていたし、中身もなんとなくはわかる。男女で思考の傾向に差があって、研究している人がその違いを説明している……というのが大方の内容だ。


 男は会話を聞かず、女性は地図を読まない……みたいなフレーズはどこかで聞いたことがある。実際のところは、どうだろう。恵は方向音痴だし、人の話をあまり聞いていない気がする。アタシはもちろん、人の話はちゃんと聞くし、地図があれば迷うこともない。


 しかし、本の内容はさておいて。


「……これも、一応女性への興味がわいてきたってことなの? 思春期なの?」


 幼馴染みの思ってもみなかった方向への成長に困惑しかない。


 異性への理解を深めようという気持ち自体は、悪いことではないはずだ。でも、


「えええぇ!? ちょっとナズナ、なんで机の引き出し勝手に開けてるの!?」


「わっ、え、恵!? 部屋入る時はノックしてよっ!!」


 気づいたら、おな馴染みが部屋に戻ってきていた。お盆にティーポットとカップを載せて持っている。


「ノックって……俺の部屋なのに?」


「アタシがいる場所は、アタシの部屋だから」


「……不法占拠だよ。ってそれより、なんで引き出しを勝手に!!」


「引き出しってなんのこと?」


 今更そっと何食わぬ顔で引き出しを閉じたが、完全に遅い。


 勝手に家探ししていたことがバレてしまった。しかもいかがわしいものを期待していたのに、点で的外れなものが出てくるし。

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