【番外編】幼馴染みと②(三原ナズナ視点)

 あたしと恵君は、周囲の人間からどう見られていたのだろう。


 誰かからなにか聞かれれば「ただの幼馴染みだよ」と毎回説明していた。


 でもあれだけいつも一緒にて、ただの幼馴染みなのだろうか。


 幼馴染みなら、いつも一緒でも普通? でもあたしと恵君は女と男だ。小さいころいくら仲が良くても、普通は段々距離ができるものじゃないだろうか。


 学校で一緒にいるのはいいだろう。友達なら、それくらい。でも学校外は? 家に行き来するのは?


 高校に入る前くらいから、あたしは勝手に恵君との間に一定のルールを作った。


 家には行かない。二人で出かけることも原則しない。


 それは一年以上しっかり守られてきた。だけど恵君が『パンケーキ奢る』なんて言うからついに破られてしまうわけだ。


 ――断るべきだろうか。


 多分なにも考えていない幼馴染みの顔を見る。あたしと二人でパンケーキを食べに行くことなんて、造作もない日常のようなことだと思っているのだろう。むかつく。あたしはモテるし、いろんな人から誘われるけれど、全部断っているのだ。


 あたしと一緒にデートしたいと思っている男子がどれくらいいると思っていんだろう。


 それをお礼代わりに? なめているな、こいつ。パンケーキの代金程度であたしとデートできると思っているなんて。


「やったー! パンケーキ奢ってくれるの、恵君太っ腹っ」


「好きなの食べていいから、イケメンのアバターでお願いね」


 なにがイケメンか。


 よし、当日寝坊したことにしてキャンセルしよう。あたしはそういうキャラだから大丈夫だ。約束した三時間くらい後の時間に連絡して、うやむやにパンケーキの話はなしにしてやろう。


 ――そんなことしたら、怒ってもう学校でも一緒にいてくれなくなるかもしれない。


 他の人間と比べれば、恵君といるのは楽しい。


 気を遣わなくても大丈夫だし、あたしが適当なことを言っても特になにも気にしない。多分何にも考えていないからだ。


 それに、周囲の一部は勝手に誤解して、あたしと恵君がそういう関係だって思っている。


 だから恵君がモテない――と本人が思っているのは、多分あたしと一緒にいることが原因だったし、男子からあたしへのアプローチも多少減らす手助けになっているはずだ。


 そう思うと、恵君と今より距離ができて、あたしが今よりしつこく男子につくまとわれるようになるのも、恵君が女子からもっとモテ始めるのも好ましくない。


 だけどまあ、ドタキャンして恵君がどうするのかは気になった。



 前日の夜、行かないつもりなのにすごくそわそわして寝付けなかった。


 恵君がどういう反応をするのか楽しみでもあり、不安でもある。


 そのせいで落ち着かず、仕方なく絵を描いて眠れそうになるのを待っていたら覚えているのはもう深夜三時を過ぎていたこと。


 そして、今肩を揺さぶられながら、ぼんやりした視界でベッドの片隅置いてある時計を見る。デジタル時計には約束の時間から三十分後の時刻が表示されていた。


 ――ああ、本当に寝坊しちゃった。


 そう思いながら、徐々にはっきりしてくる思考と視野に、目の前に、部屋に恵君がいて、あたしを起こしているという状況が理解された。


「め、恵君……?」


「ナズナ、やっと起きたか」


「なんで部屋に居るの?」


「ナズナが約束の時間になっても来ないし、連絡しても返事がなかったから寝坊しているんだろうと思って起こしに来たんだよ」


 言っていることはわかる。だがやっていることがわからない。


 家に来て、部屋に勝手に入って起こしに来る?


「そんな幼馴染みみたいな……」


「俺たち幼馴染みだろ、ナズナ寝ぼけてる? 大丈夫?」


 あたしは今着ているのがかなり薄着だということを思い出す。下着だって上は着けていない。本当だったら「キャー」なんて一声くらい言いたいくらいだけれど、そんな女の子らしいことを恵君の前でする気にはなれなかった。


「へへ、ごめん。寝坊しちゃった。……直ぐ着替えるから、待ってて」


 そう言って穏便に恵君を部屋から追い出した。あいつがのぞきなんてするような度胸も思考回路も持っていないのはわかる。特に鍵もかけることなく、ノロノロと着替えた。


 部屋から出ると、一階で私の母と仲良さそうに談笑している恵君がいて、またイラッとして、パンケーキを食べに行く。


 悔しいくらい美味しくて、楽しかった。


 だから、恵君の希望とは真逆に、イケメンとはかけ離れた恵君そっくりの女の子と見間違えそうな女顔のアバターを作ってあげることにしたのだ。

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