ロッカー

三咲みき

ロッカー

「お前さ、マジでいい加減にしろよ」

 今しがたシフトを終えた陸はロッカーを開けるなりうんざりした声で友也に言った。

「また物増えてるじゃねぇか。お前だけのロッカーじゃないんだぜ?」

 陸と入れ違いにシフトに入る友也は、白シャツのボタンを留めていた手をとめた。

「ごめんって」


 雑貨店の従業員室。人数分のロッカーがなくて陸と友也は共同で1つのロッカーを使用していた。ハンガーが2つと上下にそれぞれ簡易的な棚が設置されている。上の棚を陸、下の棚を友也が使っているのだが、友也の使っている棚が物であふれかえっているのだ。


「予備を置いとかないと不安でさ」

「わかるよ。白シャツとかな。学校帰りのシフトだと、うっかり持ってくるの忘れそうになるもんな。それはいいよ。問題は他のモンだよ。例えばこの靴下!いらねぇだろ靴下は。履いてくるだろ」

「それは、雨で濡れたときに履き替える用だよ」

「雨の日に持ってくればいいだろうが!」

「忘れるかもしれないだろ。置いておかないと不安なんだよ」

 それを聞いて陸は舌打ちをした。


 だらしがなくて汚いのではない。「置かないと不安」、だから物が溜まっていく。決して友也に悪気があるわけではない。だから陸は説得するたびに頭を抱えていた。



 陸と友也は高校生からの付き合いだ。大雑把な性格の陸と心配性の友也。正反対と思える2人が友達になったのは、このアルバイトがきっかけだった。同じシフトになるたびに親しくなり、次第に学校でも話すようになった。大学生になった今でもその関係は変わらない。


 友也は友人として、とても気の合う良い奴。ただひとつ、不満があるとすれば、それはこの心配性だ。殊に忘れ物に対する心配がものすごい。


 彼らがまだ高校生のころ。陸たちの通う高校では生徒一人ひとりにロッカーが与えられていた。そのロッカーでも友也は今と同じように、物であふれかえさせていた。「置いておかないと不安」「忘れ物をしたらどうしよう」そうやってどんどん物が溜まっていく。中には不要な物もあっただろうに。


 陸は一度、友也が忘れ物をした瞬間を目の当たりにしたことがある。それは高校2年生のとき。授業の最初に提出しなければならない宿題を忘れたのだ。「絶対持ってきたはずなんだ」「なんでないんだよ」と机やカバンをひっくり返して、躍起になって探していた。その必死の形相といったら、声をかけるのも憚れるほどだった。一心不乱になって探しまくる友也に、狂気じみたものを感じ、陸は背筋が寒くなった。


 それ以来、友也が忘れ物をしないように、なんとなく気にかけていた。さりげなく、明日の授業の実験の持ち物を口にしたり、予定を確認したり。


 陸はあのとき、見てはいけない一面を見てしまった気がした。普段温厚なアイツが、たかが忘れ物であんなに変わるのかと。



 そして月日が経過し、陸たちは大学2年生になった。友也のロッカーは相変わらず物で埋め尽くされていたが、直接的な実害もなく、平和に過ごしていた。今年に入るまでは。今年に入って2人で同じロッカーを使うことになった。新人バイトが入り、ロッカーの数が足らなくなったからだ。


 2人で1つのロッカーを使うこと自体、窮屈なのに、その上友也となんて。店長の決定に文句は言えなかったが、陸は明らかに不満だった。


 自分も使っているロッカーがどんどん汚されていく。指摘しても、一向に物は減らない。むしろ増えていく。もうそれにうんざりしたのだ。


 だから、ちょっといじわるを言いたくなった。


「そうやっていろいろ置いて万が一に備えてるけどさ、そもそもお前がシフトを忘れたら、なんの意味もねぇよな」


 エプロンをつけていた友也の手がとまる。


 そして電撃でも走ったみたいにバッと振り向いた。その視線に陸はビクッとする。その目はこれ以上ないくらい見開いていた。唇をわなわなと震わせ、明らかに動揺している。顔色から血の気が引いて、どんどん青白くなっていく。


 そして見開いた目のまま、ロッカーを凝視した。ロッカーを見つめる目は心ここにあらずだ。「どうしよう、それは考えてなかった」とブツブツぼやき始める。ほかにも言葉を列挙しているけれど、声が小さすぎて聞こえなかった。


 友也の様子に陸は焦り始めた。高校2年のあの一件がよみがえる。


「おい、落ち着けって」


 まさか自分の一言でこんなに動揺するとは。友也の肩を掴み、「しっかりしろよ」と揺さぶる。


 友也は「どうしよう、どうしよう」とブツブツぼやきながら、陸に揺さぶられるがままだ。陸は取り繕うように言った。


「シフトを忘れないように………あるいは忘れたときの対策を考えればいいだろ」


「対策?」


 友也のぼやきがピタッと止まった。


「そ、そうだよ。たとえば寝る前に次の日の予定を確認するとか………、忘れてしまったときのためになにか言い訳を考えておくとか」


「言い訳って、でも……忘れてしまったら店長に迷惑をかけるし……」

 そう言うと友也はまた自分の世界に入り込んでブツブツと何事かぼやき始めた。一度自分の世界に入ってしまったら、いくら声をかけても、友也の耳には届かない。


 しばらくそうした後、「そうだ!」と友也は声を上げた。これ以上ないくらい、明るい笑みで陸を見ながら言った。


「僕の”代わり”を用意しておけばいいんだ!」


 「代わり?」と陸が言った瞬間、友也は陸の胸倉を掴んで、ものすごい力でロッカーに陸を押し込み始めた。陸よりも幅の狭いロッカー。入るはずなんてない。それでも無理矢理押し込んでいく。


「何すんだ!いてぇよ!やめろ!」


 陸の身体がミシミシと悲鳴を上げる。抵抗を試みるも、友也の手から全く逃れられない。普段スポーツなんてやってない細い腕のどこに、こんな力があったのか。うまく陸がロッカーに入らないことに疑問の色を浮かべながら、ロッカーに押し込む友也。聞く耳を持たない友也に陸はぞっとした。


「痛い………」


 そしてバキッと嫌な音をたてて、陸の身体はロッカーに収まった。


 無理矢理ロッカーに入れられたせいで、あばらが折れ、肺に突き刺さる。痛みに顔を歪め、苦しい呼吸に息が荒くなる。狭すぎて、全く身動きができない。


「た、頼む……。出して………ここから」


 すっかりか弱くなった陸の声。友也のほうに視線を向けると、満足そうにこちらを見ていた。


 そして「これで安心」と言って、バンッとロッカーを閉めた。

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ロッカー 三咲みき @misakimaru

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