第十四話 真相
広い遊郭の中心に位置する八つにわたる屋根の重なる塔の最上階では、二つの影が見える。
「何やらここ数日間、町全体が騒がしいな。」
天井に着かんばかりの巨体の持ち主は、もう一つの影に言葉を投げかける。
投げかけられたもう一つの影は、遮られることなく吹いてきた風に髪をなびかせながら薄笑う。
「例の『浪女狩り』ですかぃ?巷じゃ有名だよね、アレ。犯人はいったい何が理由でわざわざ浪女でいて、三茶女郎なんていう微妙な身分を狙ってやがるんでしょうね?損得抜きに殺しに走る連中の考えることなんざ分かりやせん。」
「白々しいぞ鬼姫陽。私は気狂いのことなど話していない。近頃飼い犬共の歯切れが悪くなっている。お前ら裏方が何も無しにこのタイミングで登場するわけもない。」
鋭い視線で射られた鬼姫陽は、笑みを崩していく。
「そうですねぇ。確かにアンタの警戒もしょうがない。私は私ほど胡散臭い人を知らない。登場のタイミングとしても、おそらくアンタにとっちゃ都合が悪いのだろう。」
と、言い終わると、少しの間をおいて、先程の調子と一変した声のトーンで続ける。
「浪女の三茶女郎ねぇ。えらく限定的だ。目的はハッキリしてるのにソイツは場所も時間も、殺し方さえも選ばねぇ。知性がないように見える。筋が通ってねぇ。人間的じゃない。どう思いますかぃ?」
「気狂いの気など、私には分からん。」
突き放すような答えに、鬼姫陽は再び笑みを浮かべる。
「因みにねぇ、その気狂いは正義の名のもとに、私達が始末しておきやした。そんで持ち帰ったあとに興味本位でね?頭をぱっくり割って脳を見てみたんですよ。そしたらねぇ、左脳に強い負荷がかけられている魔法の痕跡を見つけやした。そんでもって右脳の方には働きを活性化させるような付与魔法がかかってたんですよ。」
押し黙る巨体を前に、鬼姫陽は言及を加速させていく。
「右脳と左脳それぞれの働きを調節して対象を掌握する
「それに遊郭が関与しているとでも?」
「どうでしょうねぇ。真相は分かりやせんが、この洗脳術は不完全だ。ここにきて一週間も経たない私達にすぐさま尻尾を掴まれちまうほどにね。現時点でまだ、最低限インプットされたことをこなすぐらいしかできないようで。」
言い終えると、取り巻く空気に変化が生じた。
得意そうなツラでペラペラと見解を述べる鬼姫陽に巨体は動揺することなく視線だけを鬼姫陽に向け続けていたが、初めて表情を浮かべた。
「...フッ、相変わらず下衆な勘繰りが好きな奴だなお前は。何、大したことじゃないさ。客の欲情や快楽をこちら側が制御できるようになれば、この遊郭はさらに発展する。そのための準備にすぎん。問題か?」
「まぁアンタらのやり方に口出しはしませんがねぇ、その洗脳術、どの分野にまで応用できるかって話でしてね?」
「...応用?」
巨体は鬼姫陽の言葉を聞き返す。
「えぇ。例えば、戦力とか。」
「...、」
再び黙る巨体の反応で、鬼姫陽は立てていた推測を確信する。
「商売のための洗脳術なら、試しにわざわざ人を死なせる必要は無いでしょう。」
「そもそもだが、洗脳術を戦力に用いたところで、何になる?洗脳術は人それぞれの脳に個体差があるため複数人に同時に使うことができなければ、複数人が簡単に使えるほどのものではない。一人を動かせたところで、何も変わらんだろう?」
「それは商売に用いる場合も同じじゃないんですかぃ?」
鬼姫陽は鋭い切り返しをする。しかし、巨体は簡単には腹の底を見せない。
「戯けが。そこらの雑魚客にちまちま使って点数稼ぎなんぞするわけがない。ある程度の権力者を手籠めにするための洗脳術だ。」
「それじゃあ商売繁盛じゃなく、凄く個人的な思惑がチラつきますがねぇ。」
両者一歩も譲らない。張りつめた空気が流れる中、巨体が状況を進める一手を繰り出す。
「下らん。こんな問答を続けても平行線だろうに。結局のところ何が目的だ?気配を消してこの塔の周りを囲うお前の隷下共と何か関係が?」
空気が一変した。見透かした巨体は、不気味な笑みを浮かべて言い放つ。
「隷下って、そんなんじゃないですよ。アンタが想像してるほどブラックじゃないんですよウチは。でもそうですねぇ、...十分時間は稼げやした。」
「何?」
次の瞬間、強烈な爆発音が鳴り響いた。
巨体は音の方向を目で辿る。南西の方角からの爆発音だ。その衝撃は地面をつたり、遊郭全体を振動させるほどのものだった。
「この爆発は、楚良あたりがおっぱじめやがったかなぁ。決行と集合の狼煙ですぜぇ、『スレイヤー』。」
鬼姫陽は目の前の巨体に向かってそう呼んだ。
「フッ、お前ら有象無象で、私を潰せると?」
「そんなつもりはありやせんぜ。ただ、決定的な戦力を削ぐだけです。今ならまだ弱っているだろうし、ブランクもあるはず。潰すなら今だ。」
鬼姫陽のその発言に、巨体の瞳孔がわずかに開く。
相手の情報量の多さにではない。提示された断片的な情報で、自分に都合の悪い現状が生まれていることを察知したからだ。
「...、そうか。そういうことか。」
「ようやく察してくれたようで。」
スレイヤーと呼ばれる巨体はわずかに笑みを浮かべると、飾られる大鎌を肩で担ぐ。
「ならば、さっさと蹴散らして、再び捕縛するのみだ。なぁに、二年のブランクがあったとしても、そうやすやすと殺されるタマでも。」
再び、街の中心から遊郭全体を振動させる音が鳴り響く。
異世界転移したけど特にやることない。 前方 @H20280
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