第十三話 カミングアウト
新たなる敵の情報を掴み軌道に乗っていたはずの利々一成は、思わぬ伏兵により殴り飛ばされ、悶絶しながら地面を這いずり回っていた。
「いったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?...ってえっ?なんでだ!?なんで助けたはずの奴から右ストレートをもらってんだ俺は!?」
本気で今の状況に困惑している一成に、美夜は冷ややかな目を向ける。
「分からないの?あなた、私がどうしてこんな状況になってるのか?」
「...、ってお前は右京!?どうして...」
「その芝居臭い反応は鼻に着くやめてくれないかしら。そしてそのどうしてっていうのはどうして私が捕まってるのかっていう意味?それともどうして殴ったかって意味か?」
一成の動揺に指摘を入れつつ、美夜は大事なところを聞き逃さずに追求した。美夜がなぜここまでキレているのかを理解しているかどうか。自分の問題に人の人生までも巻き込んでしまっていることに気づいているのか。とても重要なことであった。
「もちろん後者だ。」
もちろん後者だった。
美夜がここまでキレている理由に全く心当たりがないようだった。というか、そもそも自分の置かれている状況に気づいてるのかコイツは?
格好つけて登場したのはいいが自分から自分の首を狙う連中のもとに来てしまっていることを理解しているのかコイツは?
と、美夜は少しすっきりしたが、再びもやもやする。
「...後者かよ、あのねぇ...い、一成...。私達はあの獣人と小人に囚われてたのよ。何故か分かるか?連中は私を捕まえて話を聞くために、最近話題の『浪女狩り』を装い町中の三茶女郎を全員ひっ捕らえやがったんだ。それで私から得たかった情報というのがあなたの情報。」
正義の味方のつもりで来たはずが、まさか事の発端が自分にあると知るや否や一成は格好つけて登場したこともあり、ちょっと気まずい気持ちになった。
たんぱくを置き、美夜は今朝までに聞けなかった情報を直接問いただす。
「あなた何をしたの?この連中はあなたを捕まえるためだけにここまで大掛かりにことを起こした。しかもここまで円滑にだ。あなたの首を落とそうする輩は、この連中だけではなさそうよ?余程の恨みを買っているんじゃないのか?」
「...。」
美夜の真剣な問答に、一成は押し黙る。
沈黙の中、決意したように一成は答えようとするが
「...、実は、俺は」
「感動の再会だかなんだか知らねぇがよぉ、その女の言う通りアタシ等がテメェの首を狙ってるわけだが、それを前にして呑気なもんだなぁテメェは。」
一成の言葉は獣人によって阻まれる。
一成は青筋を立てながら応じてみせる。
「...お前な、人が大事なカミングアウトしようとしてんのになんだ?少しは空気読めよ。お前もじゃもじゃな獣なんだろ?人より少しは鼻が利くんなら、その場その場の空気ぐらい嗅ぎ分けてくれねぇか?...あぁ、そっか、お前ら仲間の一人があっけなくやられたあげくに全身くまなくまさぐられたからビビってんのか。」
「はっ。調子づいてるところ申し訳ねぇが、テメェがやった査礼は非戦闘員。それに対してアタシ等はれっきとした戦闘員だ。査礼みてぇにはいかねぇよ。区亡にはわりぃがここで逃すのもめんどくせぇ。出会ったからにはぶち殺してやるから覚悟しろ。......テメェ今なんて言った?全身くまなく...」
「なんでもない。」
相手の精神をできる限り揺さぶってやろうと試みた結果、この連中に狙われている理由以外の余罪的なものをうっかりしゃべってしまった。
この場合自分が立場的に不利すぎるてしょうがないのでパッション作戦の決行を決意する。
「...いや、なんでもねぇってことは...」
「なんでもねぇに決まってるだろ!!」
痛いところを掘り返されそうになった一成はパッション作戦に移行する。
どんなに理屈をこねても、口喧嘩においては声のデカい奴が勝利するという真理に気づいた一成が発案した最強の戦術である。
隣にいる美夜からは、物凄い冷たい視線を送られたが、ここで折れるわけにはいかなかったのだ。
ひるんだ様子を見せる獣人に、効果を確信した一成が畳みかけるように叫ぶが、
「お前らが何を言いたいのかは知らねぇが、俺は何もやって
「史道!!コイツは多分、私達を倒した暁に、身ぐるみはいで...おっ...犯すつもりなんだ!!ほんっとに最低だわ!!そうやって査礼もコイツの凌辱の餌食に...!?許せない!!」
先程から口を閉じていた小人の少女が、見違えるようにかぶせて叫んだ。
な、何!?お前もパッション作戦だと!?と一成に頭を鈍器で思い切り殴られたかのような衝撃が走った。
自分がやったことを四割増し悪質に真似されたのだ。
一連の会話を聞いた美夜は、冷ややかな視線を送るのをやめ、何かを熟考しはじめていた。
おそらく『コイツ性犯罪でこんなに追われてるんじゃねぇの?私そんな奴の仲間みたいになってない?なんとかしてコイツと私を引き離しつつ延命できる方法はないか...?』的なことを考えはじめているに違いない。
美夜の誤解を解くのが先か、パッションで前の二人を黙らせるのが先かを悩んでいると、一つの事実にはっとする。
「...史道?今お前史道って言ったのか?」
一成は急いで戦利品のメモ書きを取り出し、獣人と記された数値を見比べる。
「...やっぱりだ、史道!!Dカップの史道だ!!」
「なっ!?」
獣人はひどく動揺する。
当然だ。初対面の人間に、何かの二つ名のようにカップ数を言い当てられたのだから。
だが一成は止まらない。今度は小人の少女の方に目をやり、指摘する。
「その反応を見るにここに書かれた情報はお前らの名前とスリーサイズで間違いなさそうだな。となるとそっちのチビは、Cカップの楚良か!?]
「くぐぅ!?」
「やっぱそうだったんだなぁ!?この俺にかかればまるっとお見通しなんだよ馬鹿が!!」
相手のカップ数を言い当てて殴りたくなるようなどや顔を浮かべる一成を前に、二人は涙目になりながら叫ぶように反論する。
「やっぱりそうだ!!コイツ重度の変態だ!!だから遊郭なんかには来たくなかったんだよ仕事とはいえさぁ!?」
「まったくだ!!こうやって査礼のことも辱めて犯したに違いねぇ!!とっととぶっ殺しちまおうぜ楚良!?」
「...いいぜ。粉々に消し飛ばしてやる。」
一成がそう言い切ると、互いに戦闘態勢に入る。
獣人の史道は拳を構え、小人の楚良は懐の飛び道具を取り出す。
対する一成は刺さっていた、先程荷室を震撼させた刀を抜き取り刀身を二人に向ける。
殺し合いの前にかわす御託にしては最低なものだが、それが嘘だったかのように空気が重くなったところで、両者はぶつかり合うのだった。
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