彼女の二刀流

 見下ろした先にいたのは、武装警官の大部隊だった。すぐそこに迫ってきている。全員が同じ装備で、まったくの無言。顔まで同じように見える。歩幅はバラバラだが、動きに統率がとれている。


「1、2、3……20人ってとこだね」


 レックスはのんびりと数えて、僕のほうを向いた。僕はホルスターを握りしめていた。手は硬直し、膝は笑っている。


「裏口とかある?」


 レックスは尋ねる。僕は首を横に振った。あるはずがない。ただのマンションの一室だ。声には出なかったが、そう思った。


「仕方ない。私が片付けよう」


 Tは言った。


「レックス。一応ジョンを見張っといてくれ」


 レックスはうなずき、刀を抜いた。

 構えてはいないものの、刃がライトの無機質な光を反射して、僕を見張っている。

 大きく息を吸い、吐いた。レックスが近くにいて、自分が裏切ろうとしない限り死ぬことはない。


「ところでレックス、いまどこから刀を抜いたんだ?」


 震えの止まらない声で尋ねた。冷静さを装うために、口を動かさなくてはいけなかった。


「やらしいこと聞くね」


 レックスはへにゃりと笑った。無意味にはぐらかされたのは僕にもわかっていたが、頭に血が上るのを止めることはできない。またこれだ。


 Tは忙しなく目線を動かし、タイプした。

 すると彼女の身体に仕込まれた機構が動作して、両腕から黒い二つの刃が飛び出した。肘の関節から手首までの長さで、刀身はつや消しのためにざらざらしている。金属製ではないように見える。


「あれ、いつもの名刀は?」


 レックスが言った。


「折られた」


 Tは腕を振った。かちり、という音がして、刃が腕から30°くらいに固定される。

 廊下で大勢の足音が響いている。エレベーターは超満員だったことだろう。


「十人か。もう半分は下で出入り口を固めているだろうな」


 Tはしゃがみ、武装警官たちの死体からハンドガンを二丁とった。


「ジョン、私が片付けている間に次の潜伏先を用意しておけ」


 僕は大急ぎで目線を動かしはじめた。潜伏先と検索してヒットするようなものでもないだろうに。


 Tの姿が消える。床に放置されていた扉がきしんだ。その上になにか透明なものが居る。

 よくよく眼をこらして、意識して見ないと分からない輪郭のような、空気のゆらぎが人の姿をとっていた。ハンドガンが空中にとどまっている。


 Tが透明になったのか。僕はそう思った。


 廊下の足音が止まった。

 うなるような駆動音が聞こえる。


 廊下から、筒のようなものが投げ込まれた。グレネードだ。


 空気が動いた。


 床にたどり着く前に、グレネードは廊下に弾き返される。

 野太い怒号が廊下に響く。


「スタングレネードだ!」


 爆音。廊下から光が漏れ出す。光量はたいしたことがないのに、視界が真っ白に染まる。


 僕は慌てて網膜ディスプレイの電源を切った。

 埋め込まれたディスプレイには視力矯正、補助の機能も備わっている。必要以上に光を取り込んでしまったのかもしれない。


 果たして、光の残像は消えた。あるいはディスプレイにのみ干渉する光だったのかもしれない。

 レックスはぴくりとも動いていない。


 Tを見失った。部屋の中に空気のゆらぎが見当たらない。

 焦げくさい臭いがただよう。


 銃声。銃声。廊下からだ。

 2つの銃声が呼び水となって、数えきれないほどの弾が発射される。

 銃弾はコンクリートを砕き、手すりにめりこみ、空を切った。

 Tが敵を殺している。

 発射音が一つずつ減っていくことで、おのずとそのことはわかった。


 廊下が静かになるのを、僕はただ聞いていた。

 外は晴れつつある。雲の隙間から夕日がのぞいていた。壊された扉が窓のかわりとなって、網膜を刺激する。


 Tは扉の前に立ち、廊下を警戒していた。

 彼女はハンドガンを捨て、腕の刃についた白い人工血液を拭いているところだった。

 背中や腕にいくつか弾痕が見える。彼女は全裸なのだ。白い血液が漏れ出して足元まで垂れていた。


 Tが振り向き、視線がかち合う。


「ディスプレイの電源をいれろ」


 Tの声はいらだたしげに言った。


 電源を入れる。視界にUIが表示され、補正された室内が映し出される。

 彼女の姿は再び消えていた。

 もう一度電源を切ってみる。Tの白い背中と臀部が現れる。


 なるほど、と僕は思った。

 なるほど。


 原理はわからないが、Tは実際に消えているわけではなく、網膜ディスプレイになんらかの干渉を起こして透明に見せかけているだけなのだ。

 生の網膜を持っているジョンのような人間相手にはいざ知らず、網膜や眼球を完全に換装した人間や改ぞう人間を相手にするのなら実際に消えているのも同然というわけだ。


「まだ来るぞ。私が先行する。ついてこい」


 Tは軽やかな体さばきで廊下の柵を乗り越えて、宙に身を投げた。


 僕は生の目でレックスのほうを見た。レックスと目が合う。


「じゃあわたしたちも行こっか」


 彼が喋ってもなにも感じなかった。刀を持った悪趣味な美青年が、悪夢めいて立っているだけだ。

 こちらも原理はよくわからないが、レックスのあの催眠のような力もディスプレイなんかの機器に干渉しているのだろう。


 僕は立ち上がり、レックスに続いて廊下に出た。


「ところで、一人で降りられる?」


 柵から下をのぞいて、レックスは尋ねた。絶対に無理だ。


「ほら、銃を持った怖い人たちが来ちゃうよ」


 廊下の突き当りにあるエレベーターの、階数表示ランプが動いていた。


「もう仲間なんだろ、助けてくれよ」


「ひざまずいてわたしの足を舐めながら、ディスプレイをオンにしつつ情けなく懇願してくれたら助けてあげるけど」


 バレていた。死にたくない。エレベーターで六階なんてすぐだ。

 二人の能力を見破った一時的な優越感と、命おしさが僕のプライドを打ち消していた。


 僕は即座にひざまずいて、なるべく情ない声を出しながらレックスの足を舐めた。彼は新品に近いスニーカーを履いていた。新品の靴の味がする。

レックスは高笑いしながらしゃがみ、僕の腰をかかえて跳んだ。


 強烈な喪失感とともに落下した。

 抵抗しようがない状態で六階から落ちているのだ。


 スピードが徐々にゆるくなる。


 目を開けると、レックスは壁を下向きに走っていた。


 落ちるよりは慎重な手段だといえるな、と僕は思った。

 しかし、それでもジェットコースターよりもよっぽどスリリングだ。安全バーは殺人者で、行き先はもう一人の殺人者。

 

 実にスリリングだ。


 レックスの慈悲で地面までたどり着いた僕は、腰を抜かしながら殺人者コースターから降りた。


 下では、刃を収納したTが五つの死体といっしょに待っていた。


 レックスは刀を収め、僕のウィンドブレーカーを差し出した。Tが着ると、僕らは歩きはじめた。


「で、ジョン。潜伏先は探したか?」


 僕は首を横にふった。


「まったく、ペナルティはいずれ与えるからな」


「今はどこに向かってる?」


 僕は訊いた。


「潜伏先のホテルだ」




 僕はラブホテルの床に座って、テレビモニターを見ていた。

 使われなくなって久しいそいつを、僕は直さなくっちゃいけない。


 レックスは大きなベッドに横になって、つまらなさそうに黒い画面をながめている。

 ときどき自分の履いている黒いソックスか、受けた傷の具合を確かめるTのほうに視線が動く。


 彼らが重要な連絡をするときに使う「テレ・ジャック」なる通信機器は、秘匿性を維持するためにいちいちテレビに繋がなきゃいけないらしい。


 僕もテレビモニターなんて代物は初めて見たけれど、インターネットで古い記録を漁って、個人のブログなんかを参考にして分解、修理までやってのけた。

 ポケットに入れていた携帯端末のパーツを無理くりつなぎ合わせたりしなくっちゃいけなかったが、とにかく修理したのだ。


「上出来だ」


 Tは僕の修理したテレビモニターに近づくと、親指サイズの端末を接続した。


 古めかしい機械的なノイズが走って、モニターが明るくなった。


 Tは口に手を入れて細いケーブルを引っ張り出し、端末に挿入した。


 耳に刺さるような電子音でリラクゼーション音楽が流れ、モニターにはどこか遠い地の自然を映し出している。


「三人そろっていますか」


 高くも低くもない声が、くぐもった響きで聞こえる。テレビからだ。


「やあポール、連絡が遅くなってすまんね」


 Tが言った。


 また新しい殺人者の登場か、と僕は思った。この二人が秘密の通信を行う相手なんて、殺人者以外いないだろう。


 僕はまた厄介ごとに深く巻き込まれていく予感がした。

 その予感は間違っていなかった。


 

 


 

 


 


 

 


 

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電気の武者 @okurayamanoue

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