第7話 過去−貧民街 後編

「ただいまぁ、そら大漁だ」

そうこうしているうちに、左右に一つずつ大きな四角の缶を抱えてノヴァが戻ってきた。蓋を開けると、色とりどりのクッキーがたくさん入っていた。

「お、いいねえ。今日は豪華だな」

「今日は豪華にしたから明日は我慢だな」

「うさぎか何かが獲れるといいんだけどなぁ」

なんて言いながらクッキーを一つ口に放り込む。穏やかな気持ちでサクサクの甘いクッキーを食べているところに。

ガコン、と大きな音が聞こえた。続いて男の悲鳴が響き渡る。なんだなんだ何事だ、様子を見に行こうか、と二人が腰を浮かしたその時。

「ネヴァ!ノヴァ!」

リズが家に駆け込んできた。大きな青い目いっぱいに涙を湛えている。どうした、と訊こうとしたがネヴァは口をつぐむ。服が引き裂かれて華奢な肩と背中が丸出しになっている。どうしたなどと訊かずとも何があったかは一目瞭然だ。

普段は何事にも動じない二人だが、身内が傷つけられた場合は話が別だ。あくまで冷静だが、その瞳の奥には怒りの炎が燃えたぎっている。

「リズ、誰にやられた。どこにいる」

「ゆっくりでいいから教えて」

二人の迫力に気押されたようにしてリズが言う。

「そこの、罠はまってる人、ヤらせろって」

しゃくりあげながらの辿々しい説明ではあったが、ネヴァとノヴァにはそれで十分だった。たまにいるのだ。貧民街の子供ならレイプしても罪にはならないなどと愚かなことをほざく選民思想の持ち主が。恵まれた環境で生まれ育ち、貧民街に暮らす子供をまるで奴隷か何かのように思っている。ネヴァもノヴァもそういった輩には嫌な思い出しかない。

手を出されそうになったら二人の家の裏に来いと年少者には教えてある。家の裏には、大人の体重で踏んで初めて作動するように落とし穴を仕掛けてある。それを使う羽目になったことは今まで一度もなかったため上手く作動するかは少し不安だったが。

リズは自分たちの妹も同然。未遂とは言えども妹に手を出したのだ。二度と讒言を吐けぬよう叩きのめしてやらねばならない。

「兄弟、俺らでやっちまうか」

「そうすっかぁ」

二人は頷き合って家の裏へ向かう。そこでは、穴から這い上がろうと男がもがいていた。上等なスーツとワックスで固めた髪は砂埃で汚れて無様としか言いようがなかった。

「よお、糞野郎」

男がびくっと肩を震わせて二人を見上げる。まるで許しを乞うているかのような目をしている。

「俺たちは自分から手出すことはねえけどよ」

「余所者が私たちの領域に土足で踏み込んできたってんなら話は別だぜ」

男はどうにか上半身だけ穴の外に這い出て、無我夢中で喚き立てる。

「金なら払う!な、何が欲しい、宝石でも何でもくれてやる!だから、い、命だけは、」

ノヴァは男の眼前にしゃがみ込み、綺麗に撫でつけられた髪をぐしゃぐしゃに引っ掴む。

「おーおーうるせえな。この期に及んでまだ喚くか」

「そりゃ金も宝石もくれるってんなら貰うけどよ、それでお前を見逃す理由にはならねえよな」

二人の声色から冗談などではなく本気だと悟り、絶望に浸った声で呟く。

「命だけは、助けて」

「ははっ」

声変わりしたばかりの不安定な声で嘲笑う。いくら金を持っていようと、上等な服に身を包んでいようと、日頃から一流の振る舞いを心がけていようと、ここでは誰もが平等。命というものは等しい存在なのだ。相手がこちらの存在を尊んでくれないのなら、こちらもそれなりの対応をするまでのこと。

ノヴァは感情がこもっていない形だけの笑みを浮かべ、握りこぶしを振り上げた。

「冗談きついって」

刹那、顎の骨が折れる音が響く。無様な呻き声は、続いて鳴った鼻の骨が折れる音にかき消された。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Isaac Thompson の小さな靴屋 互野 おどろ @neuneu0101

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ