もしかして、師走ですか?私です。初めまして、あなたは。

新巻へもん

新しきを迎える儀式

「どーもー初めまして」

 宵闇の中で、目の前の少女が頭を下げる。白い小袖に紺袴をつけて長い黒髪を束ねて後ろに垂らしていた。

 こいつ、いつの間に?

 腰の太刀をいつでも引き抜けるようにしながら見下ろす。

 良く動くくりっとした目が俺の顔を見上げた。そのまましげしげと俺の顔を眺める。

「えーと、師走さんですよね?」

 俺が返事をせずにいると首を傾げた。

「あのー。聞こえてます? やっほー」

 ぴょんぴょん飛び跳ねて手を振っている。小袖の袖がばさばさと音を立てていた。

 無言で見下ろしているとぷうっと頬を膨らませる。

「ねえ。返事ぐらいはしてくれてもいいと思うんですけど」

 俺は長々とため息を吐いた。

「相手の名を尋ねるときはまず自分の名を名乗れって小学校で習わなかったのかい、お嬢ちゃん?」

 少女の顔にさっと血が上る。

「ちょっと。少しばかり背が低いからって、小学生とか馬鹿にしてるの? このうすらでっかちのこんこんきち」

 身の丈六尺以上ある俺の半分ほどしかない少女は、威勢よく腕を振り回して怒っていた。

「あ、やろうってんならこっちにも考えがあるわよ。謝るなら今のうちだからね。三つ数える間に謝辞しなさい。ひとーつ、ふたーつ」

「あー悪かった。まだ小学校を卒業してないから礼儀作法を……いってえ」

 あろうことか少女はいきなり俺の脛を思い切り蹴る。脛当てをしていたが直接打撃が響き不覚にも俺の目尻に涙が浮かんだ。

「へーん。どうだ。参ったか」

 蹴った本人も足が痛いのか片足で跳ねながらドヤ顔を決める。妙に器用なやつだった。

 俺はぐっとこらえて重ねて問う。

「で、お前の名は?」

 少女はけんけんをやめると眉を寄せた。

「私は私だよ」

 何言ってんのと言わんばかりの態度をする。

「ねえ。本当にあなたは師走なの? 私に名前を聞いてくるなんて。私はまだ生まれてないんだよ。だから名前なんてあるわけないじゃん。あなただってそうだったでしょ?」

「さてな。そんな昔のことは忘れちまった」

 少女はがくりと首を落としてしゃがみ込んだ。

「あーあ。引継ぎしてこい、って言われたから来てみたら、相手は耄碌しちゃって、ほんのちょっと前のことも覚えてない」

「誰が耄碌したっていうんだ?」

 少女は俺を指さす。

「髪の毛も真っ白だし、眉毛も白いし、どこからどーみてもお爺ちゃんのあんた」

「人を指さすんじゃない。それに、あんた呼ばわりもやめろ」

 少女は唇を尖らす。

「だって人じゃないでしょ。それとも、やっぱり、師走じゃないのかな?」

 俺は頭をかいて天を仰ぐ。

「あー、分かった分かった。俺が師走だよ」

 少女はぱっと立ち上がると手を差し出してきた。

「じゃ、よろしく~」

 変わり身の早さは大したものだ。

「この調子で、刻が来ちゃったらどうしようかって思ってたんだよね。いつまでも漫才してるわけにもいかないしさ。色々と聞いておかなきゃいけないことあるんでしょ。それじゃあ、早くはじめてよ」

 生意気な態度は癇に障ったが、確かにその刻限が近づいて来ていた。俺は少女を案内して回り、必要なことを伝えていく。

 最後に緑青の浮いた鍵を取り出した。

 東の空が白み始めている。

 水平線に日の先端が現れ一条の光が鍵に当たって銅色に眩く光った。

「あめつちの守護たる証、お渡しいたす」

 少女に鍵を渡すとにこりと笑う。

「お勤めご苦労さまでした。さようなら。師走さん。後は私……」

 無事に役目を終えた俺の体は薄れていき少女の声が遠のいていく。

 また十と一月後の役目まで、しばしの憩いの時が来たようだった。

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もしかして、師走ですか?私です。初めまして、あなたは。 新巻へもん @shakesama

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