グッバイ、ダーリン

霞(@tera1012)

第1話

 目を開くと、そこはほとんど真の闇だった。

 身じろぎすると首元から流れ込む冷気で、いまいる場所が夢の中ではないことが分かった。


 ふいに目の前に、ちいさな光が灯る。

 すりガラス越しの、その温かいともいえるだいだい色の微かな明かりが、あたしに現実を教えた。


 冬の寒空の下、わざわざベランダでタバコを吸うなんて、あいつが何をしてるかは決まってる。

 それでも馬鹿なあたしはあきらめきれなくて、部屋の中にスマホの小さな緑色を探した。

 視界の端をよこぎる四角い白い光が、そんな悪あがきを打ちのめす。


 またか。またやられたのか。

 また同じ女なんだろうか。

 自分の喉から漏れ出した乾いた笑い声にぎょっとする。


 どうして、どうして、

 どうして、あたしひとりじゃ足りないの。


 

 その時ふいに、目の前のだいだいの光がぎらめいた。

 ぎらぎらぎらと、すりガラスにだいだいの花が咲く。 


 ――そうか、あたしが、浮気相手なのか。


 いつだって、電車がとっくに終わった真夜中に、突然ドアチャイムが鳴らされて。

 好きなように腰振って、ねそべったまま一服して、背中を向けて眠るだけ。


 それでも、愛されてると思ってた。

 自分だけは、特別なんだ。世間にあふれてる、ありふれた女とは違うんだって。

 この男には、あたしじゃなくちゃ、だめなんだって。


 そんなところも、結局あたしは、誰よりもありふれた、安い女だった。



 引っ越そう。

 ごろりと仰向けになると、あたしは思う。

 目を閉じると、瞼の裏にはまだ、だいだいの花火がぼんやりと咲いていた。


 目尻に生暖かい感触がするけど、多分きっと、気のせいだと思う。


 たのしかったよ。

 ばいばい、あたしの、悪い男。


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