第36話 後日談「憧れ」

HN:睡眠代行さん。

 初めまして。モシナナさん。質問させていただきます。

 今まで、色々な新しい物の登場で、文化が爆発的な勢いで進化した事ってあると思うんです。人工知能とか、スマホとか。遡れば世界三大発明みたいな。ボルボも、間違いなくそういった強力な進化を起こした物に分類されると思うのですが、こういった物を作る人は、どういうモチベーションで開発を続けているんですか? 宜しければ教えてください。



「――――という事ですね。確かにそうですよね。研究って、成果が出るまでに不安があるというか、失敗する場合とかも考えると、それこそ先ほど話していただいた『時間』を取り返したい、とかって考えちゃいそうですけど……。モシナナさん、こちらのモチベーションのご質問はいかがですか?」



「他の研究者や発明家のモチベーションについては、僕はあまり訊いたことないんで、わからないんですけど~。僕はずっと感じてる事があって、それが理由で動いてるって感じですよ~」


「感じてる事?」



「そうなんです~。僕は、元々ワーストの生まれでした。皆さん……、皆さんの中でワースト出身の方居ます? ワーストってね、本当に不便な事多いんですよ~。『なんでこんなに遅いんだよ』とか、『なんでこんなに情報が少ないんだ』って、あの頃本当にいつも感じてました。しかも、そこに住むワーストの人達にはそれが当たり前で、彼らは不便さを薄っすら感じてたりはしていても、そこに疑問を持ったりしないみたいで……」



「「⁉」」



 ボルボの開発者がワースト出身だった事に、シズクとイリスは驚きを隠せなかった。



「同じなんだ……」


 多くの観衆に囲まれているモシナナの姿を見て、シズクは不意にそう口にした。


「……」



 そんなシズクの、誰に向けたでもない言葉にイリスが反応して顔を向ける。

 シズクはモシナナの方から目を動かさず、言葉もそれっきりだった。



「不便な環境をまるっと変えてしまいたい‼ もっと便利になったらいいのに、なんで誰も何もしてないの⁉ とか、ほんと単純に、僕はそんな気持ちだったってだけですよ~」



「その気持ちに素直に従えるのは、モシナナさんだったから、という気が私にはしてますけども……あははは~!」



 相手の女性キャスターが、モシナナの言葉を受けて会場の総意だと言わんばかりに喋っていた。



「モシナナさんってすごいんだな……」


「だよね~。ボルボの開発者だからある程度発想力とか行動力すごいんだろうなとは思ってたけど」


「行動というか、気持ち……だよな」



 シズクはこの時、初めて誰かに『憧れる』という感情を抱いたのだった。


 自分と同じように不遇の生まれでありながら、最先端とも呼べる研究開発をしているモシナナ。生まれだとか種族だとか、性別だとか関係ない。

 彼女を見ていると不思議な気持ちになる。



「やっぱり立派な人は考えが違うねぇ~」


 イリスは関心したように頷いている。



 先ほどのシズクの「同じなんだ」という言葉の意味は、出身が同じだという意味ではなかった。


 皆が当たり前だと感じていたワーストの空気感に、なぜ誰も疑問を持たないのか。

 疑問を持たない事への疑問。または不満。



 それを、あの人も自分と同じように感じていたのか。と、シズクはそういう意味を込めて呟いていたのだった。



「イリス、俺も、あの人みたいに立派になりてぇよ……」


「え? 何、急にどうしたの? ふふっ、ふ、あっははっは!」


「くっ……お前、冗談だと思ってるだろうけど、俺は本気だからな⁉」



 シズクの急な発言に、イリスは笑いを堪えられなかった。

 会場の真ん中では、相変わらずモシナナへの質疑応答が続いていた。



 いつかあんな席で、色んな人から感謝されたり尊敬されたりしてぇな……。眼差しが眩しいだろうな、きっと。



 イリスのように途中誰かに笑われても、見っともなくてもいいんだ。

 最後に「ありがとう」って心の中で思われていればそれでいい。



 シズクはそんな事を頭の中でもやもやと考えていた。

 モラトリアムの空は、今日も電解融合の彼方で突き抜けるくらいに晴れていた。

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モザイクモラトリアム! 高度文明の白 つきのはい @satoshi10261

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