第一〇話 あたらよ


 桜の花びらが、二人を祝福するように舞い散る。

 美しい陽のこぼれる、桜の庭。


「思い出した?」

「あんさんもか」

 ニッと笑う日向に、楓はどこかあきれたように、それでも、優しく笑った。


 二人は思い出したのだ。

 遠い過去に会っていたことを。

帝の力が消えたことで、記憶がもどったのだ。


 

 数年前。

 日向が、器として力をつけ、地下から出たとき。

 まだ、日向が”龍”という名前しかもっていなかったとき。

 京都の屋敷で、更に鍛えていたときのこと。

 

 そこで、龍と楓は出会っていた。


 その日は、柊が、定期的に六死外道の子孫に会いに来る日だった。

 そこに、楓がついてきていたのだった。


 屋敷の桜の咲く裏庭。ここには、ほとんど人が来ない。

 龍は、そのお気に入りの場所に、ふらっと桜に誘われてやってきた。


 そこで、龍は、桜よりも美しいものに出会った。


 桜銀色の髪を風になびかせ、桜とともに散ってしまいそうなほど儚く。

 けれど、その銀色のひとみは、優しく、生き生きとしていた。

 そんな、少年に。


「桜みたいできれい」

 つい、龍は言った。

 バッと龍を振り返った少年は、近くまで来ていた龍に気づかなかったようだ。

 

「お前の名は?」

 少年は、龍を見つめて言った。

「わたし? わたしは、龍」

「似合わへんな」

 少年は、すこし性格がきつかった。


「あっははは、だよね!」

 龍はニカッと笑った。

 少年は、すこし目を見開いて、そして、口のはしを上げた。


「お前は龍というよりは、日向のようやな」

 その言葉をもらった龍は、パァっと表情を咲かした。


「わたし、これから日向って名前にする!」

「ふっ 好きにせぇ」

 小さく笑って、めじりを赤くした楓は、それでも、それを隠すように、目をそらした。



 それから、楓はときたま、日向に会いに来た。



 けれど、情勢が悪化してきたとき、楓は暗い顔でやってきた。

 そんな楓の心も知らず、日向はいつものようにニカッと笑って、いつもの場所で楓を待っていた。


「ねえ楓、きみに出会って、わたしは胸がぽかぽかして、幸せなんだ」

 日向は、はずかしがることもなくいつも気持ちを言葉にする。

 でも、楓の表情は、ますます暗くなっていく。


「ねえ、次はいつ会える?」

 近づいた日向を見おろして、楓は眉を下げた。


「もう、ここには来れへん」 

 日向は、なんとなくわかった。

 世界の悪化する波は、日向にもなんとなくわかっていたから。



「……じゃあ、またいつか会いたい」

「……それは……わたしかて、べつに、二度と会いたくないわけやない」

「ねえ、また会う約束をしない?」

「約束?」


 きょとんとする楓の目の前で、日向は長い髪をとめていた金色の簪をとった。

 そして、楓にちょいちょいと手をこまねいた。

 不思議がる楓の肩をおして、楓がしゃがませる。


「後ろ向いて!」


 背中を向けた楓のの髪をゆって、その髪に簪をさした。


「こっち向いて!」

「注文が多いな」

 ふふっと笑う日向を見下ろした楓の目じりは、紅かった。


 そして、決してきれいとはいえないけれど、大事にまとめられた髪を、ゆっくりとなぞる。

 そこにある、つややかな簪も。


「もしまた会えたら、このかんざしをわたしにさして」

 

 楓は目を見開いて、それから、日向のめじりをなでて、小さく笑った。


「しゃあないな」



 それから、日向は楓に会うことはなかった。


 静かだった楓の世界を、日向にした、太陽のような日向。

 閉じた世界にいた龍に、日向というあたたかい名前を与えた楓。

 二人は、ずっと惹かれ合っていた。



 そんな記憶を、二人は思い出した。



 いままで、日向の記憶をなくしていた楓は、そのかんざしが大切である、という記憶しかなかった。

 柊や帝といたときの一番幸せな記憶のときにさしていたものだから、楓は金の簪を大切にしていた。

 誰にもらったのかは思い出せない、でも無条件に大切だった。




 桜の木の下で、二人は見つめ合った。

「日向」

 楓が自分の髪を結っていた金色の簪をとった。

 そして、日向のすこしのびた髪をすくって、その髪に、簪をさした。


「約束を、やっと果たせた」


 楓は、そう言って、優しく笑った。


 日向は、パァッと日向のように笑って。

「あっははは! やっと約束を果たしてもらった!」


 思いっきり、楓にだきついた。

 楓は、不器用に、それでも、大事そうに、日向を抱きしめ返した。


「……なあ日向」

 少しとまどったような声に、日向は笑った。


「だーめ、謝るのなし、わたしだって忘れてたんだ」

「それでも」

 

 言いよどむ楓を、日向はまっすぐ見つめる。


「全部忘れていても、楓、またきみを好きになった」

 頬を赤くしながらも、まっすぐに気持ちを伝える日向。


 楓は目を見開いて。

 そして、優しく笑った。



「わたしもや」



 桜吹雪が舞うなか。

 桜の屋敷で、楓と日向は、お互いをしっかりと抱きしめた。




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【菊と日向】 ー男装孤児は生きるために飼われるー てとらきいな @akaribook

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