第9話 ツユクサの再会
——数ヶ月後
私は魂と引き換えに得た世界で日々を過ごしていた。恵美とは相変わらずコミュニケーションを取るのが難しい状況にあった。私はせめてもの繋がりとして、恵美が『水木花菜』として執筆した本を購入し、大事に読み進めていった。
今日も私はいつも通り大学へと向かう。カバンには講義に必要なものの他に、彼女の本も入れていく。何度も何度も読んだ、お気に入りの本。
夏の日差しが強く照りつけ、青色のツユクサが広場に些細な彩り添えていた。そんな中、私は講義棟へと向かうためにキャンパスの広場を歩いていた。
その時、向こうから恵美が歩いてくるのが目に入った。私は未だに複雑な気持ちになりながら、いつもすれ違っていた。今回も、胸がギュッとなるのを抑えつけ、平静を装いながらすれ違う、はずだった。
なんと、ドサッという音とともに、恵美が目の前で倒れこんだのだ。私が慌てて駆け寄ると、色白の肌が赤く火照っているのが分かった。すぐに熱中症だと勘づいた私は、恵美を急いで救護室へと連れていった。
恵美が救護室で介抱されている間、私はその場を離れることができなかった。この世界では赤の他人のはずなのに、やっぱり身体が言うことを聞かなかった。
恵美がゆっくり目を覚ますと、心配そうに見つめる私と目が合った。その直後、看護の方が事情をゆっくりと説明し始めた。
私もいろいろと話したいことはあったが、軽く会釈をしてその場を離れることにした。
これ以上迷惑をかけても仕方ない。恵美が生きてさえいれば、それで良い。
そう自分に言い聞かせて救護室を出ようとした時、
「待ってください」
と声をかけられた。この時、私は自分の耳を疑った。なぜなら、その声の主が誰でもない、恵美自身だったからだ。
「私を助けてくれたんですよね。ありがとうございます」
「い、いえいえ、そんな大したことはしてません。ご無事で何よりです」
恵美に敬語を使われるとやはり慣れない感じがした。思わず自分も固くなってしまう。
「あの、それで、助けていただいたお礼を後日したいので、もしよろしければ、連絡先を交換しても良いですか?」
私は再び、自分の耳を疑った。こんなことがあって良いのだろうか。少し疑心暗鬼になったが、すぐに止めた。これはきっと、神様がくれたチャンスだ。私の知る恵美は二度と戻って来ないけど、それはもう受け入れるしかない。前を向いて、ここからまた、私たちの関係を紡いでいけば良い。
「はい!大丈夫です!」
私は大きく頷きながら、満点の笑顔で答えた。
お試し理想郷 杉野みくや @yakumi_maru
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