婚約破棄が期間限定ってありですか? 年下王子が溺愛してくるのですが!!

みこと。

第1話

「クラリス・ラヴィルニー公爵令嬢! 俺は今日、お前との婚約を破棄する!」


 クラリス。そう自分を名指しされたのに関わらず。

 王太子アラン殿下が声高に宣言するのを、私はどこか他人事のように聞いていた。


 殿下の後ろには、見慣れない女の子が、控えめに立っている。

 見た感じ、貴族の子女で15、6……。殿下と同じ年くらいだろうか?

 春の花のような桃色の髪が、可憐で初々しい。恋人かな?


(そっかぁ……。仕方ないよね、私と殿下の年の差じゃ、犯罪だもの)


 一抹の寂しさはあるものの。素敵な相手を自分で見つけてきたのだと思うと、アラン殿下の成長ぶりが微笑ましく、つい心の中でウンウンと頷いてしまった。


「なんだその落ち着いた態度は! 何とか言ったらどうなんだ」


 なんとか。


「殿下のご意向、承りました。殿下とご令嬢をご祝福申し上げます」


「なっ……!」


 私の対応がお気に召さなかったのだろうか。

 アラン殿下のお顔が真っ赤に染まり、ぷるぷると小さく震える。


 私たち3人を取り巻く人だかりから、憐みの空気が発せられたのを感じた。


 え? 私への同情? 

 強がりとかじゃなくて、本当に平気なのに。


 あ、でも、これは言っておかないと。


「ですが、殿下。こういった話題は、さすがに場を選んだほうが良いかと存じますが」


 王城内のガーデンパーティーで顔見知りばかりとはいえ、突然叫び倒したりしたら、アラン殿下の外聞が悪くなっちゃう。


「お、ま、え、はぁぁぁ! 口を開けばすぐそれだ。昔っから! そうじゃないだろ! 普通"婚約破棄"とか言われたら、なぜですか、とか、イヤです、とか、もっと慌てろ!!」


 ええ~~、なんで怒ってるのよ?

 この年頃の子って、難しい。


「でもほら、私と殿下とでは年の差がありますから、殿下のご選択はごもっともかと……」


「年の差なんてたった2年だろ!! 俺が15で、お前が17で、それのどこに問題があるんだ!! しかも正確には1年3か月差だ! そんなもの、ないに等しい!!」


 ──そう、そうなのよね。

 この世界での年齢はまだ17歳になったばかりの私なんだけど……。


 実は前世分を上乗せすると、殿下相手には"ショタコン"と呼ばれて仕方のない年齢だったりする。


 私、クラリス・ラヴィルニーにはアラサーだった頃の前世の記憶がある。

 ラノベでよくある異世界転生とか、憑依とか?

 そんなケースらしく、ある日気づいたらヨーロッパ風の世界で、公爵令嬢として暮らしていた。


 自覚したのは6歳の時で。

 年下の王太子殿下と、婚約話がまとまった頃だった。


 当時4歳の殿下は、それはもう愛らしくて!!


 可愛くてたまらないとばかりに熱視線で見守っていたら、最近ではゾクゾクするほどの美少年に育ってしまった。

 陽光に透けて一層きらめく金髪。どんな湖面も及ばない程んだ碧眼。

 まだ子どもらしさが残る伸びやかな身体は、成長期特有の眩しさで。

 うっ、なんて尊い。


 拝観料無しにこんな至宝を拝むような贅沢、しちゃって良いのだろうか。


 いいえ、ダメでしょ。


 家格が釣りあうからと、私が占有して良い物件じゃないと思うの。

 殿下にはもっと、自由な恋愛を楽しんで貰って、青春を謳歌する権利があるはず……。


 と、夢想してたら、彼が短く吐き捨てた。


「いっつも年上ぶりやがって! こんな時まで冷静か!」


「殿下、お言葉遣いが」


「ほらまた!! やれ、"お口の周りが汚れてます"だの、"今日は寒いから外套を羽織った方が良いです"とか、年嵩としかさの侍従が気にするようなことばかり!! 俺の世話なんて焼かなくて良いから、たまには嫉妬のひとつでもして見せろ!!」


 え──っ?


 これは何? 

 地団駄踏みそうな勢いで、拗ねてるように見えるけど?


 どういう状況なの? 彼女さんとの応援したげたじゃない。

 とにかくご不満。それだけはわかる。


 れてる殿下も可愛いなぁ、じゃなくて。


「えっと、殿下? 落ち着いて……」


 パサ。

 

 私がアラン殿下をなだめようとした時だった。右肩に軽い気配を感じ、そちらに目をり、たっぷり5秒。

 ソレ・・を視認した後、思わぬ絶叫が出てしまった。


「きゃああああ────!!」


「クラリス?!」


 ぎょっとした殿下が、2歩で私との距離を詰める。


「蜘蛛、クモ、くも!! 肩に蜘蛛! いやぁぁぁ」


「平気だ、クラリス。ただの蜘蛛だ。ほら、もうけた」

 

 速攻で殿下が、蜘蛛を払ってくれていた。


(うっ、ううう、すごく恥ずかしい……)


 淑女たるもの、何があってもこんなに騒いだりしてはいけないのに。

 この十数年の貴族生活で、そう叩き込まれているのに。


 でも、蜘蛛だけは無理。絶対無理。

 前世のトラウマが、私を縛る。


 そう、私は多分、蜘蛛に噛まれて、その毒が原因で命を散らした。

 あの日、呼吸が出来なくなって、それで目の前が暗くなって──。


 ガチガチと震え続ける私を包んだのは、温かな体温だった。


「大丈夫だから、クラリス」


 柔らかな声が、私を支える。


「屋外だから、風に乗って飛んだんだろう」


 言いながら木立こだちを見た彼の全身が、緊張する。


「メリザンド! こずえだ! ひそんでる!」


 アラン殿下の鋭い声と同時に。


 ゴオッ!


 先ほどまで殿下と共にいた令嬢から強い風が放たれ、木の枝ごと人影が落ちて来た。

 即座に警備兵が取り囲み、不審な相手を捕らえる。


「えっ、えっ、えっ、何?」


 メリザンド?

 聞いたことがある名前。それに今のすごい魔力。


「北の、大魔女様……?」


「そうだ。俺の臨時の護衛だ。なのに"ご令嬢と祝福します"だって?」


 はぁ、と殿下が溜息をついた。


 あれ? 顔の位置が、私の頭より高くない?

 身長を抜かれたことは知っていたけど、いつの間にこんなに差が……。


「実は密告があったんだ。今日の園遊会で、俺を狙う刺客が潜むと。それがメリザンドとも因縁のある背後らしくてな。彼女が急遽護衛を申し出てくれたから、ともなったわけだが……」


 眉間にしわを刻んで殿下が言う。


「おかしな勘違いをされるとは思わなかった」


「だって、"婚約を破棄する"って言いながら、女の子を連れてたら誰だってそう受け取るわ」

「するわけないだろ! "破棄"なんて!」


 っはぁぁぁ──?? 最初のセリフは、じゃあ何よ?


「俺のそばにいて、お前まで刺客の刃に巻き込まれたらと思ったから! "今日は離れてろ"という意味を込めて、今日だけ破棄だ、と言ったじゃないか」


「言ってない! 今日だけ・・なんて言ってない」


しかもそんな破棄、有り得ない!


「言ったよな、俺」


 と、急に近くのご友人たちに首を向けてるアラン殿下。

 今日の会は本当に、顔なじみばかりが揃っている。


「いいえ、おっしゃってませんでしたよ、殿下。"今日"、までは言っておいででしたけど」

「殿下、クラリス嬢のご反応を期待したお気持ちもあったのではないですか? 焦るクラリス嬢が見たかったのでしょう?」


「ぐっ」


「ですが、クラリス嬢からあの返しが来るとは、僕たちも思いませんでした」

「さすがにあれは……。殿下がお気の毒で、場の温度が微妙になりましたよね」


 え゛。

 憐みの空気、あれ、アラン殿下に向けられたものだったの?


 てっきり"婚約破棄"された私への視線だとばかり。

 ん、待って。


「つまり"婚約破棄"はしてない、の?」

「当たり前だろう。刺客も捕らえたし、もともと茶番なんだから、あの言葉は無効だ」


 "そもそも父上や公爵家を通さずに、破棄や解消は成立しない"。


 殿下が、そうつけ加える。

 それはまあ、そうなんだろうけど。


「でも年の差……」

「クラリス。お前はいつも年のことばかり言うけど。お前が俺とくっつけようとしたメリザンドは300歳なんだからな」


「え! 300?!」


(あの可愛い女の子が??)


 ぱっと北の大魔女様を見ると、額に青筋が浮き出て見える。

 殿下、女性の年齢トシを言うの、まずかったんじゃない?

 いくら数百年前からの伝説で、名を知られた魔女様とはいえ。


「な? 俺とお前の年の差なんて、ないみたいなもんだろ?」


 う、うーん?

 確かに300歳とか言われると、数十年差もそんなに気にならない?


 肉体的にはもともと同年代なわけだし。


 あう、でも良心の呵責が。


「大体、俺が幼い頃から"めっちゃ好き"って目で見続けておいて、いまさら距離を置くとか、何なんだ、お前は」


「"めっちゃ好き"?! 私、そんな目で見てた??」


「見てた。"めちゃくちゃ好き"って、ずっとお前の目から聞いている」


 かあああああ、と顔が火照ほてる。


 くっ、私め。そんな趣味丸出しで殿下のこと見てたなんて!!


 アラン殿下の顔が良すぎるのがいけない!

 好み過ぎるのがいけない!

 どんな行動も可愛すぎるのがいけない!


 それで最近近づくのを我慢していたら、婚約破棄っていうから、ああ、そうなんだって……。


 一抹なんて、嘘。

 本当はすごく寂しく感じた。


 そんな私に優しい眼差しを落として、殿下が熱い声で囁いた。


「待ってろ。俺はすぐに育つから。お前が"年の差"なんて持ち出せないくらい、頼もしい男になるはずだから。変な壁とか作らずに、今みたいにゆだねててくれ」


「!!」


 言われて気づいた。

 私、蜘蛛の件からずっと、殿下の腕の中だった!!


 加速を繰り返した心臓が、今度は大きく鳴り響く気がする。

 この心音、絶対彼にも伝わってる。


「な?」


 にこりと微笑む殿下にトドメを刺され、思わずコクリと頷いてしまう。

 ああああ、犯罪に。犯罪になりませんように。


「俺を夢中にさせた責任を取ってもらう日が楽しみだ──」


 "蜘蛛クモよけ"にと殿下が庭にハーブを配し、"虫よけ"にと自身で私につきまとうようになったのは、刺客の黒幕を暴いて、真の犯罪者を押えた翌日からのことで。



 ──男の子が青年になるのは、びっくりするほど早かったのだった。

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婚約破棄が期間限定ってありですか? 年下王子が溺愛してくるのですが!! みこと。 @miraca

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