"真実の愛"を唱えた王太子が、"婚約破棄"をした結果。
みこと。
第1話
きらびやかな明かりが揺らめく船上パーティーで、それは起こった。
「カトリーヌ嬢、貴女との婚約は破棄させてもらう。私は"真実の愛"の相手として、ここにいるダユーと添い遂げたい」
王太子アルフォンスの突然の言葉に、水をうったように
名指しされたカトリーヌさえも沈黙のままに、アルフォンスを見ていた。
彼の横には、波打つ髪の女性が寄り添うように立っている。
貴族の子女ではないという話。
ダユー・レヴィアーテ。
数か月前、ふいの事故で海に落ちた王太子を助けたダユーは、王城に暮らすことになり、そのまま彼女と王太子の仲は深まった。
けれどアルフォンスにはれっきとした婚約者、公爵家のカトリーヌ・ルフォールがいたため、若い王子の一時的な遊びだろうと、軽く看過されていたのだ。
だが、まさか、王家と公爵家の婚約に
アルフォンスは英邁で知られた王子。軽挙妄動とは縁遠い性質であったはずなのに。
貴族たちが戸惑い顔を見合わせる中、怒りに満ちた王の叱責が
「
「父上! 私が何度申し上げても、父上はカトリーヌ嬢との婚約解消をご承諾くださらなかった。もうこの場を借りて
「認められるわけがなかろう! 国益を優先するのは王族の大切な仕事だ。どこで拾ったやも知れぬ、そこな娘を選ぶというのなら、そなたに王子の資格はない! この場にて、その名を王家から除名してくれる!!」
国王の言葉に、周りの貴族が一様に息を飲む。
しかし同時に察してもいた。
厳しい内容は、公爵令嬢や自分たちに対するポーズ。
王太子がすぐに謝罪してダユーと別れさえすれば、若さゆえの気の迷いとして、修復を効かせるだろうと。
一同は、王太子の反省からなる即時解決を待った。
ところが。当のアルフォンスの反応は、そんな予想から外れたものだった。
「よろしいのですか?」
端正な顔を輝かせて、彼は弾むようにダユーに告げる。
「ダユー。陛下のお許しが出た。これで心置きなく、お前と一緒に行ける」
微笑む彼に、ダユーがニッコリと頷き返した。
「なによりです。"背の
呆気にとられる人々をよそに、アルフォンスが王に向き直る。
「父上、有難うございます。カトリーヌ嬢、突然に婚約を反故にしてしまい申し訳なかった。
カトリーヌと第二王子セドリックが密かに慕いあっていることは、見る者が見れば気づくことだった。
アルフォンスが婚約者の座から退き、ふたりを推そうとしていたことも、実は知られている。
ただ、公爵家と結んだ者が次代の王と定められていたため、国王がそれを良しとしなかったことも。
イーステル国王にはふたりの優れた息子がいたが、父王はやはり長男に期待を掛けていたのだ。
「ま、待て、アルフォンス! そなた何を言っているのか、自分でわかっているのか?! 王子の身分を捨てれば、城にそなたの席はなくなる。この先平民として、苦労する未来が待っているのだぞ?」
口にした勘当は本気ではなく、考えを改めさせるための脅しだった。
まさか喜ぶとは。
このままでは周りの目に対し、取り返しがつかなくなってしまう。
愛しい息子の暴走を、王は慌てて止め始めた。
賢明な我が子ならば、悟ってくれるはずだと。
しかし、王の願いはむなしく散じることになる。
アルフォンスが受け入れたのだ。
「承知しております、父上。今まで育てていただいた御恩は、決して忘れません。私の命ある限り、祖国イーステルは海からの災いを受けないことをお約束します。海に面する我が国としては、これ以上なく良い国益かと」
「な……に……?」
何を言ってる?
言葉の意味を、問い返そうとした時だった。
王太子の
「なっ──!!」
直後に、人間では有り得ないほどの高い水柱があがる。
それは天にも届くほどの勢いで、飛沫の後ろには、巨大な影がすっくと立った。
「リヴァイア……サン?!」
伝説の水竜、海の神獣。
その竜はどこまでも深い眼差しで、大きく揺れた船を見下ろしていた。
ダユーと呼ばれた娘と、まったく同じ藍色の瞳で。
◇
遠き昔、リヴァイアサンの力を恐れた神が、種族を栄えさせるわけにはいかないと雄竜を殺した。
目の前の竜は、まさにその神話の竜だと思われた。
「まさか……、まさかダユーという娘の正体は……」
王の呟きを引き取って、
「ご推察の通りです、父上。数か月前、私が海に落ちた際。水に消えかけた私の魂が、彼女に
はっとしたように、王は息子を見た。
「神の意図で竜の
強い意志を声に乗せて、アルフォンスが言う。
記憶が戻ったのは、海で死を意識した時。
次の転生に備えて、魂が離れかける刹那、思わずダユーの名を呼んだ。
その"叫び"は海に
これからは共に
しかし現世のアルフォンスは、多くのしがらみを持つ立場だった。
無責任に投げ出す前に最善を探して、この数ヶ月を努めた。あらゆることを引き継ぎ、整理した。
そして今日、最後の強硬に出ることは、婚約相手だったカトリーヌも承諾済みのこと。
アルフォンスはダユーと。
カトリーヌはセドリックと。
互いがそれぞれの"真実の愛"を貫くため。
全ての責は、アルフォンスが引き受けた。己の放逐を
「親不孝をお詫び申し上げます、父上。離れていても、誓ってイーステルはお守りします」
船におろされた
父王やカトリーヌ、貴族たちを残し、彼がいずこかへ去った話は、不思議な逸話として、やがて伝説に加わる。
このイーステルの一幕は伝えられるうちに形を変え、"イース"という国の
真相は歴史と海の底にあり、夜の波はただ月明かりを弾いて、波音を伝えるだけであった。
"真実の愛"を唱えた王太子が、"婚約破棄"をした結果。 みこと。 @miraca
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