4次会 南部美人 天翔ける
体育館横に植えた稲は黄金色となり、実っていた。
「春に植えた稲、実りましたね。こんなにいっぱい、たわわってこういうことですかね?」
僕は、南部さんと一緒に稲刈りをしていた。
「これから醸造したら、酒姫が生まれたっていう昔話ですよね。それって、本当にあった出来事なんですかね? これでお酒作ってみます?」
「……それは酒造法に違反すると思うよ」
「わかってますよ。 冗談です」
南部さんは、どこまでが天然で、どこまでが計算なのかわからなくなる。優しい声で答えてくれた。
どこか遠くを見るように、稲を物憂げに眺めていたかと思うと、こちらに一番可愛い笑顔を見せてきた。
「……私を推してくれて、ありがとうございました」
いきなり真面目な感じで言われたため、戸惑ってしまった。
「最初は、こんなに実るとは思わなかったんです。ただ、楽しく過ごせたらいいなって思ってただけなんです。実際、とっても楽しかったですし……。こんなに熱くなれるなんて思ってなかった。藤木君のおかげだね。本当にありがとう!」
そんなことを言われて、恥ずかしくなって話をそらそうとした。
「……稲が実ったら、1つ願い事が叶うんだってね」
「私は、もう叶ったよ。藤木君って何をお願いしたの?」
大会に出るために、やぼったい眉毛も整えて、南部さんはすっかり酒姫のような姿であった。
大人っぽく見えて、なんだか遠くへ行ってしまった存在に見えた。
「……もし私が叶えられるなら、藤木君のお願い叶えてあげるよ」
南部さんが酒姫になれること。僕もそれを願っていたけど。
それが叶った今、もう遅いかも知れないけど、もっと南部さんと仲良くなれたらって。
気持ちを伝えるチャンスは今しか無いと思った。
「……南部さん。僕は、君の事……」
そこまで言って南部さん方を向くと、南部さんの顔がとても近くにあって。
僕の方を見ながら、首を傾けて、僕の唇めがけて近づいてきた。
僕の頬の赤らむのもわからないくらい、赤い夕焼け空の下。
数秒、唇と唇が合わさり、その間、僕たちは一つになっていた。
暖かい唇。
一つになっていた唇。
そっと、離れていく。
名残惜しみつつも、ゆっくり、ゆっくりと。
キスを終えると、南部さんは一歩後ろに下がった。
夕日が逆光になっていて、南部さんの表情は見えない。
僕は、頭から煙が出る気持ちだった。
実際に出ていたかもしれない。
「……今はここまで」
震える声で南部さんが話し始めた。
「酒姫はファンの人とは恋愛禁止なんだぞ……。私に見合う男になって、迎えに来て下さい……。ずっと待ってるから……」
決して叶うことのない恋。
酒姫は、遠くの空に浮かぶ月のような存在だ。
南部さんは、そんな存在になってしまったのだ。
僕なんて何もない。
ただの、一人のファンに過ぎない存在。
彼女に見合う男になんてなれっこない……。
「……その言葉、すごく嬉しいけど……。僕は遠くから見守っているよ。もう君は本当の酒姫だもん。これからも遠くから推して――」
その時、校舎の3階の窓から山崎先生が叫び声が聞こえた。
「おーい! 藤木ー! 推し活部、まだ終われないぞー」
……山崎先生は、丁度いい所で……。
いつも空気を読まないで出てきて……。
正式にフラれさせてくださいよ。中途半端よりかは、そっちの方が良いのに……。
「理事長が、女子ばかりに頑張らせて何事だって怒りだしてさー! 推し活部の男子諸君、お前たちも頑張る番だとー」
山崎先生の言葉は、右耳から入って左耳へ抜けていった。
何を言っているのかさっぱりだ……。
ノスタルジックな気持ち浸っているのに、それを邪魔してきた山崎先生に、急に怒りをぶつけたくなった。
「僕たちだって沢山頑張ってましたよ! サポートだって立派なお仕事でしょ!」
「それはそうだけど、男子達も推される立ち場になれるよう努力しろだってさー! 推し活部、兼、酒姫部あらため、酒彦部を始動するから、メンバー集めてくれー!」
……何かの聞き間違いだろうか?
何を言っているのだ山崎先生は。
「……はい? 酒彦部?」
「黒小路部長はやる気満々だったぞー! 酒姫を嫁にするには、やっぱり酒彦になるしかないですねって張り切ってるぞー!」
山崎先生はいつも通り、からかっているのか、自分だけが楽しいといった感じで笑っていた。
先程のやり取りが見られていたのか、あえてこのタイミングで言ってきたのか……。
「帝気分で、富士の頭から煙出して無いで、練習するぞー! 帝じゃあ、酒姫は追えない。同じく高く飛び立たないと。空に輝く星の織姫様には彦星様がお似合いだからな! 俺が直々に教えてやるから安心しろー!」
山崎先生は言いたいことだけ言って、窓を閉じて行ってしまった。
酒彦を目指す……?
部長が……?
僕が……?
何で……?
思考が追いつかなかった。
話している間に、夕日が落ちて、薄暗闇の中で電灯の明かりが灯った。
逆光で見えなかった南部さんの顔が見えた。
その顔は、丸い満月のように、明るく笑って見えた。
「ふふふ。今度は私が推す番ですね。やっと推せる時が来たのですね。これから私の推し活部が始まります。うふふ。藤木君頑張ってください。私が全力で推しますよー!」
いきなり湧いた話で反応ができなかった。
酒彦部? あのイケメンばかりが集まるような集団に。部長や僕なんかが……。
「そんな……、何のとりえもないような僕なんかが目指すものじゃないです。もっとふさわしい人がいるでしょ。なんで僕なんかが目指すんですか……、こんな僕をなんで推そうと思うですか……」
目の前の酒姫は笑って答えてくれた。
「藤木君、答えは自分自身で言ってましたよ?」
僕は考えてみたが、なんの事かわからなかった。
「推すのに、理由なんていらないんです。推したいから推す。それが推し活でしょ?」
- 了 -
推し活部へようこそ! 〜なんでただの女子高生の私を推すんですか、これだからオタク達は訳がわかりません〜 米太郎 @tahoshi
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