3次会 茜霧島 (※茜さん視点)

「はぁ。ただいまー」

「お帰りなさい。見たよ、茜。また目指してたんだね、酒姫。お母さんに行ってくれたら応援しに行ったのに。あなたてっきり辞めてたとばっかり……」


 家に帰ると、台所で家事をしていた母が、玄関まで迎えに来てくれた。

「……いつか言わなきゃって思ってたけど、 先に見ちゃったか……」



 母はうきうきとしながら、奥の部屋へ行ったかと思うと、段ボール箱を持ってきてくれた。


「こんなこともあろうかと、ちゃんと取っておいたんだから!」


 段ボールを開けると、衣装がいっぱい入っていた。昔、酒姫見習いをやっていた祭の備品であった。前に見たのは清酒祭だったか、ここから衣装を持って行ってたな……。


「清酒祭の時は助かったけど、さすがにサイズが小さいものもいっぱいあるし、これ捨てていいんじゃないか?」


 母にそういうと、母が駄々をこねて言った。

「私の宝物ですもん。捨てないですよー」


 大事そうに抱えていた。捨てさせないとアピールしていた。

 段ボールの中に、また別の小箱が入っており、そちらのことがふと気になった。


「これ、昔もらったファンレターもちゃんととってあるわよ。茜にもファンがいたんだよ。びっくりだよね」

 我が親ながら、娘に対する毒舌がひどい。


「ほら、見てみて、こんなに。これ、同じ人なのに、毎回違った便箋で。熱烈なファンがいたんだもんね。また活動やり始めて正解だよ」


 そういった母の手の中には、束ねた手紙が握られていた。


「ほら、この人、珍しい苗字の人よね。毎回あなたがライブやるたびに、見に来てたみたいよ」


「……ん? そんな珍しい名字のやつからファンレターもらってたっけ、ファンレターなんてろくに見てないからなぁ……。あれ、珍しい苗字ってこれ? ‌”黒小路”って書いてあるのかこれ……」


 封筒の裏面にそう名前が書かれていた。

 ‌中身を取り出して、手紙を見てみると、中学生のたどたどしい字でファンレターが書かれていた。


 ――初めて見た時から、すっと応援しています。

 あなたの事を見ると、とても元気が湧くんです。

 あなたの元気な姿がとても好きです。


 明日からも頑張ろうって思うことができます。

 あなたに会えてよかったです。


 どんなにつらいことがあっても、諦めないで夢を目指してください。

 今は上手くいかなくて、辛い日々が続くでしょうが、あなたの良さは、いつかみんなにわかるはずだから。

 本当の酒姫になれることを願っています。

 いつまでも応援しています。ファンー号より。


 PS.僕は小太り眼鏡の中学生です。こんな奴に好かれても迷惑だろうけど、応援してます。


 ――クロ。

 水滴が手紙に落ちて、手紙を濡らした。


「当時、忙しすぎて読んでなかったでしょ? お母さんがちゃんと取っておいたからね。これからはこういうファン一人一人を大事にしていくことが大切なん――」


 気づいたら、家を出て走り出していた。

 ……クロ。


 ◇


「何? いきなり呼び出したりして。僕だって忙しいんだよ? 今、ムーンライトドームで行われた最終試合の編集に忙しくて。仲間内に布教活動しないといけないと思って。僕の推しの酒姫が、”月”に行ったぞーって」


 ‌クロを無理やり呼び出して、さっきのファンレターのことを確認した。


「……お前、私の事、昔から知ってたのか?」


「……ん、何のこと?」


「とぼけなくていい。昔のファンレターが出てきたんだ」


 涙で濡れたファンレターを差し出した。

 クロは、その手紙を見ると、優しく微笑んだ。


「……茜氏は茜氏だから。いつだって、僕の推しだったんだよ」


 その言葉を聞くと、また涙が溢れてきた。

「……ごめん、気持ちに答えられなくて」


「何言っているの、十分だよ。ちゃんとなれてよかったよ、酒姫。遠くに行っても応援しているよ。今まで通り。これからもずっと」


 涙が止まらなく、溢れ出てきた。

「クロ……」


「こんなところ誰かに見られたら、酒姫失格だよ? 僕が誰より知っているよ。酒姫はファンとの恋愛禁止。茜氏は、月に住むような、酒彦と幸せになってね。せっかくのチャンスをこんなことで棒に振っちゃいけない」


「……ごめんね。初めからクロの気持ちに気づいていれば……」


 クロはゆっくりと首を横に振った。

「……そうだ。酒姫らしく、チェキでも取ってよ。僕の一生の宝ものにするから。みんなの前では恥ずかしくて取れないでしょ? じゃーん。いつでも持ち歩いているんだー」


 クロは、おどけて見せているが、暗がりの中の電灯で、頬が涙で光っているのが見えた。


「いくよ、はいチーズ!」


 チェキに私とクロが収められた。


「これから忙しくなるよ。もう実力も十分あるし、頼れる仲間もいる。僕以外にも、ムーンライトドームで見たように、君を推してくれる人もいる。心配なく、沢山の推しに支えられて、これからも頑張ってね。……いつか。同じ目線に降りてくることがあったら……」


 言いたいことは分かった。

 けれど、酒姫になること。私が選んだ道。


 この日だけは、クロの胸の中で泣いた。

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