第5話 真実の言葉

 それから、俺はクリフの店の手伝いをするようになった。最初はただの店番だったが、最近は簡単な製作工程を任せてもらえている。


 「よう、にーちゃん。やっとるか?」


 俺が店先に立っていると、服屋の親父が訪ねてきた。


 「おう。いつも通りな」


 「そうか、そうか」


 服屋の親父には、今までの経緯から全て打ち明けて謝った。俺が全面的に悪かったのに、親父は変わらずに「辛かったな」と言って俺を抱き締めてくれた。今では、店で毎日顔を合わせている。


「じゃあ、またな。にーちゃん」


 [元気そうで安心だ]


 相変わらず不思議な力は健在で、話しているとたまに心の声がしたり、心の動きが見えたりするが、そのせいでひどく心を悩ませることはあまりない。


 ただ、エルのことだけが気がかりだった。


 あれ以来、彼女には会えていない。屋敷に行っても、メイドから「今は会いたくない」という伝言を伝えられるばかりで、特に進展はないまま。


 何とかして会えないかと考えるが、なかなか良い方法は思い付かない。


「リューガ。ちょっといいか」


 工房からクリフが手招きしている。行ってみると、クリフは丁寧にラッピングがされた小さな箱を持っていた。


「配達を頼まれてくれるかい? 宛先はこれだ」


 渡されたのは紙切れだった。しかし、宛先は書かれていない。

ただ【会いたい】と小さな文字が並んでいる。


 見覚えのある書き文字を見て、俺はすぐにわかった。品物を手に、屋敷に向かって走り出す。


 ―エル


 謝りたかった。エルは俺の心を知って、助けてくれようとしていた。なのに俺はその手を振り払った。


 どんな気持ちだっただろう。


 エルは今、何を思っているのだろう。


 もう二度とあの声は聞けないんだろうか。


 聞きたい。もう一度。


 今度こそ幸せそうに笑う声が聞きたい。


 エルの言葉こえが聞きたい。


 ***


 屋敷に着くと、玄関先でいつものメイドが待っていた。何だか浮かない表情をしている。


「エルに、届け物……!」


「ありがとう、ございます」


 メイドは小包を受け取ると、黙り込んでしまった。


「エルには会えないのか?」


「……すみません」


「でも……!」


 じゃあ、何で俺をここに呼んだんだ。エルは俺にどうしてほしかったのだろう。エルの真意がわからない。


 そんな時、ふと二階の出窓が目に入った。レースカーテンの向こうに人影がある。美しい金髪が揺らめいたのを見て、俺は思わず叫んだ。


「エル!!!」


 側でメイドがあたふたしている気がしたが、構わない。


 ―エルに届けばそれでいい


 声が聞こえたのか、影はびくつくと、少しだけ顔を覗かせた。風になびくカーテンに隠れて顔はよく見えないが、美しい金髪が艶めいているのが見える。 


 あれは絶対にエルだ。


 そのまま顔を出してくれたら良かったのだが、エルは逃げてしまった。


「……さすがにもう手はないか」


 歯がゆい思いでいると、メイドが何かつぶやいて、俺の腕をつかむ。


「ちょっと来てください!」


 メイドが俺の手を引いて屋敷に向かって駆けていく。何だかデジャブだ。


 「……これは、お嬢様のためですから」


 エルの部屋の前に着くと、メイドは落ち着かない様子でそう言った。おそらく主人には俺を通すことを許可されていないのだろう。


「ありがとう」


 俺はメイドに感謝を伝えると、気持ちを整えた。


 拒絶されるかもしれない。


 嫌われていて当然だ。


 それでも、俺はエルにもう一度会わなければいけない。


―『大嫌い』


 俺の偽りの言葉が、彼女の真実の言葉を奪ったのなら、


 今度は俺が彼女に与える番だ。


 部屋の扉を開ける。


 エルが驚いた顔でこちらを見ていた。彼女の心は渦巻いている。


 セットしていないさらさらな髪に真っ白なネグリジェ姿。何も着飾らなくとも、彼女は儚げで美しい。


 ただ、首元の呪いだけが彼女を縛り付けている。


 彼女を見た瞬間、頭より先に口が動いていた。


 「……好きだ」


 「…………!」


 他に言うべき言葉はたくさんある。だが、これだけは伝えたかった。


 「純粋で、まっすぐで、誰よりも他人の気持ちを思いやれる。そんなお前が大好きだ!!」  


 顔が熱い。エルの頬も赤く色づきはじめる。


 すると、見覚えのある魔方陣が出現する。真っ黒な魔方陣はだんだんと真っ白な光に変わっていき、浮かんでいた水晶はパリンッと弾けた。


 暖かい光が彼女を包み、その中で彼女の呪いが浄化されていく。


 光がひいていくと、残されたエルの首元にもう痣は残っていなかった。

 

「……エル」


 エルは、姿見に映った自分を見て涙を浮かべる。そして向き直ると、俺に抱きついた。

 

「……『大嫌い』って言われた時、すっごく痛かった」


「……ごめん」


「でも、さっきの言葉はとっても温かかったです」


 エルが顔を上げる。赤く染まった頬。綺麗な空色の瞳は潤んでいる。


 彼女はにっこり笑って言った。


「私も、リューガが大好きです!」


 その言葉こえは喜びに満ち溢れていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

言葉を忘れた旅人は、囚われの天使に恋をする 枦山てまり @arumachan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ