第4話 家族
あの後どうやって屋敷を出てきたのか、俺はよく覚えていない。ただ、脳裏に焼き付いたエルの涙と醜い自分の気持ちに板挟みにされていたのは確かだった。
俺はエルを傷つけた。突然ゲージが空になったのも、俺が何か絡んでいるのかもしれない。
きっと俺が悪い。けれど、素直になることを過去の自分が許してくれなかった。
帰り道、俺は過去の記憶に苛まれていた―
俺の家は裕福ではなかったが、とても暖かな家庭だった。両親は他人のことばかり考えているようなお人好しで、いつも沢山の人に囲まれていた。俺はそんな両親が大好きだった。
しかし、俺が五つの時、両親は亡くなった。
殺されたのだ。俺が出ている間の出来事だった。
「母さん! 父さん!」
倒れている二人を見つけ、駆け寄ると、背後に気配を感じた。その正体は俺もよく知る奴だった。
両親がよく面倒を見てやっていた貧しい少年。手には血が滴る小刀と金貨が入った袋が握られていた。
「…………!」
信じられなかった。両親があれだけ優しさを注いだのに、彼はそんな両親を亡きものにした。怒り以上に恐怖が襲ってくる。
「お前、どうして……」
震える俺を、彼は見下して言った。
「騙されたお前らが悪い」
その瞳に後悔の色は見えない。彼は騙された俺たちを憐れむような、嘲笑うかのような目をしていた。
「お前も“言葉”の使い道は考えた方がいい。真実ばかり馬鹿正直に話しても、いずれ自分の身を滅ぼすだけだ」
そのときの俺は、彼の言っている意味が理解できなかった。両親の何が間違っていたというのか。裏切られもなお、他人を思いやった優しい両親を否定したくはなかったのである。
だが、両親を失い、一人で生きていく中で、俺は分からなくなった。助けると言ってくれた人の手を取れば裏切られ、真実の言葉では生きていけない現実を知った。
家も両親も金もない、自分を守るものを全て失って丸腰になった俺に残された武器。それが “言葉”だった。
騙して、傷つけて、富を得る。それしか生きる術がなかった。
「俺も、あいつと同じだな……」
だが、もうきっと戻れない。
俺はふーっと息を吐くと、目の前に立つ一軒家を見上げる。
エルのいる街に来てから、俺は革細工の店を営む老夫婦の家に身を寄せていた。
この二人も、エルの父の商会に入っているのだろう。人柄の良い人達で、俺が身よりのない旅人だと言うとすぐに家に招いてくれた。
「おかえり、リューガ。初の出店通りはどうだった? 俺たちの店にも顔出してくれたらよかったのに」
優しい声で向かえてくれたのは、クリフのじいさんだ。色んなことを考えてしまったせいか、今はなんだか目を合わせられない。
「……ごめん。楽しくて、その……、つい夢中でまわっていたんだ」
「そうか。それはなによりだ」
なんだか俺の喋りはぎこちなかった。ずっとこんな調子では、うまく“言葉”を扱えない。
ひきつった笑顔で向き直ると、俺はある違和感に気づいた。
クリフの胸元にぐるぐると渦巻く靄が見える。そして、クリフの声が聞こえてくる。
[リューガがこの街を気に入ってくれたようでよかった]
「クリフ……?」
「どうかしたのか? リューガ」
心の声、だろうか。クリフは口を開いていないのに、彼の声が聞こえる。
不思議な状況に、エルの話が頭をよぎる。
―【話している相手の心の声が聞こえるんです。相手が考えていることだけではなく、その人に渦巻く感情も目に見える。】
水晶のゲージに触れたとき、身体中を電流が走るような感覚があった。
あのとき俺は、エルの力を取り込んでしまったのだろうか。
あれこれ考えていると、さらにクリフの心の声が聞こえてきた。
[本当に、この店の売上だけで、この子を養ってやれるだろうか。しかし、他に商いを始める余裕もないからなぁ]
普段、朗らかに笑っているクリフからは聞いたこともないくらい不安そうな声だった。そんな声にはっとする。
ただ人が良いわけじゃない。優しさ故の苦悩だってあるに決まっているのだ。そんな当たり前を俺は今まで失念していた。
[……だが、何とかしてこの子を安心させてやりたい。ずっとここにいていい。私たちを家族のように思っていいんだと分からせてやりたい]
「…………」
「リューガ? どうしたんだ。痛いところでもあるのか?」
どうやら俺の目からは、涙が溢れているらしい。暖かい涙が頬を伝っていく感覚がする。
「どうしたの……!?」
焦るクリフの声が聞こえたのだろう。二階から妻のクレアが降りてきて、俺を抱き締めた。
「大丈夫よ。リューガ」
[私たちはあなたの味方よ。もう寂しくないわ]
暖かさに包まれて、涙が止まらなくなる。
俺は馬鹿だ。すべての人間が自分を裏切ると思い込んで、虚偽の言葉で自分を守っていた。そのせいで大切な人を傷つけてきたんだ。
エルの涙が頭をよぎり、俺は心が締め付けられる。
「ありがとう。俺、この家に来てよかった」
偽りではない真実の言葉だった。
「俺、明日から二人の店を手伝いたい」
俺の突然の申し出に驚きつつも、二人は快く受け入れてくれた。
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