第40話『残念ながらそんなラブコメみたいな展開にはならない』

「あぁ……疲れた」


 あの後、守の家に上がりいろいろと治療をした。

 大丈夫だとは思っていたが、終始ほとんど言葉を交わさなかった。

 外見ではわかっていたつもりがったが、中はとんでもなく広く、とても物静かだった。

 荒治療を終え、守に病院へ行くよう口酸っぱく言い残し、僕は帰路へ着いた。


 家についた僕は疲れ果てて泥のように眠った。

 当然、日曜もほとんど動けず寝ていた……からの今。

 そんなことをしていれば、当たり前の赤点を数教科取り、こうして補習を受けていたわけだ。


 テスト習慣は終え、本日は土曜日。

 今日は珍しく部活動をしている人も居ないみたいだから、どうするかな。

 と、先生が去った教室から出た時だった。


「本当に勉強ができなかったのね」


 そんな、容赦のない鋭い一言を突き刺される。


「伊地、お前はなんでこんなところに居るんだよ。僕を罵りにわざわざ学校へ来たっていうのか」

「うーん、そうかもしれないしそうじゃないかもしれない」

「なんだよそれ、どっかで聴いたことのある台詞だな」

「何を言っているの。どこの女と勘違いしているかは知らないけれど、心底不愉快だわ」

「なんでキレてんだよ」

「キレてないわよ」


 腕を組んで、右足重心で左足をタッタッタッと鳴らして、眉間に皺を寄せておいてキレてないは無理があるだろ。


「そんなことより、僕に何の用があって――違うか。すまない、自意識過剰だったな。偶然僕が視界に入ってしまっただけだよな。んじゃ、僕は消えるとするよ」

「待ちなさい」

「なんだよ」

「……その、ここでは人目につくから移動しましょう」

「いや誰も居ないだろ」

「お願い」


 柄にもなく目線を下げてしおらしい態度に、僕はただ「わかった」と答え、後をついていくことにした。



 なんてことだ、途中から薄々はそうじゃないかと思っていたが、まさか本当にこの場所にくるなんて。

 忘れるものか、というより、こいつと一緒に居たら嫌でも思い出してしまう。

 校庭が一望できて、木の揺れる音や風邪の心地良さを堪能できる、コンクリートでできた通路。


「立ち話は疲れるから、座りましょう」

「でもなあ」


 僕は忘れていない。

 ここでの記憶に良いものがないことを。


「ごめんなさい。あの時の私は自分のことで精一杯で、瓶戸くんに辛く当たってしまっていたの」

「わかったよ」


 催促された通り僕は腰を下ろした。もちろん距離を置いて。


「私ってそんなに嫌われていたのかしら」

「それは自分の胸に手を当てて訊いてみろ。伊地、お前に沢山傷つけられたんだ」

「本当にごめんなさい」

「なんだよ、お前らしくない。おいおい、やめろ」


 らしくないどころか、目の前で土下座をし始めた。


「私は自分の立場を弁えているつもりよ。今回、妹を助けてくれた恩に報いるためならなんだってする。それな恩人を傷つけてしまったというのなら、こうする他の手段を私は知らない」

「わかったから、とりあえず頭を上げてくれ。こんなところを誰かに見られたらヤバい噂しかたたないだろ」

「だから、人目が付かないところを選んだのよ」

「わかった、わかったから! 僕はお前を許す。だから早く頭を上げてくれ!」

「ありがとう、瓶戸くん」


 やっとのことで頭を上げてくれた。


「なあやっぱり立って話さないか」

「どうしてかしら」

「だってお前、それじゃスカートが汚れちまうだろ」

「あら、瓶戸くんって紳士的なのね。でもその心配には及ばないわ。好きでやっているもの」

「にしても、他人を寄せ付けないお前が、どうして僕に話しかけてきたんだ。しかも、ここはお前にとって大事な場所だって言ってたじゃないか。僕なんかを隣に座らせて、どういうつもりだ?」

「……」


 正座から、膝を抱える態勢に戻し、伊地は答えた。


「私は、瓶戸くんに気づかされたから」

「僕は何もしていないぞ」

「いいえ、あの時あの瞬間、確かにわかった。私の無力さと、自分が今までしてきたことの愚かさを」


 いやどの時だよ、とツッコミを入れたいが、おおよそ予想できる。

 土曜日の一件のことだろう。


「舞……妹にも言われたことがあるの。お姉ちゃんはもっといろんな人と話した方が良いよって。でも、意固地になって自分の意思を貫き通した。その結果があの一件につながった、そう思っている。もしも、もっと前から違う選択をしていたのなら、もっと別の道があったんじゃないかって」

「まあでも、それはそれで良いんじゃないのか」

「え……?」

「世の中さ、他人の意見は大事だし従った方が良いこともある。そんな意見に流されて、自分の意思がなくなってしまう人だっている。――そんな中で、自分で決めたことをずっと突き通すのっていうのは辛くて大変なことだと思う。だからさ、信念に基づいて動けていた自分を誇って良いんじゃないか。って僕は思うんだ」

「……そう……ね。ありがとう。そう言ってもらえると、少し心が軽くなるわ。――でも、瓶戸くんはまたしても私に恩を売ってしまうのね」

「はい?」


 僕は視線を伊地に向けると、目と目が合ってしまった。


「やっとこっちを向いてくれた」

「伊地、もしかしてずっと僕を見ていたのか」

「それはもうずっと。1ミリも動かしていないわよ」

「なんだよそれ怖すぎんだろ」

「それに、もうその呼び方は辞めてほしいのだけれど」


 僕は気恥ずかしさに目線を校庭に移す。


「私のことは、あの時みたいに守って呼んでちょうだい」

「ああわかった。今度からそうする。まあ、今度があったらな」

「ダメよ。今、呼んでちょうだい。あの時みたいに」

「いやだってあの時は、ああ言わないと紛らわしくなるか――」

「言って」


 僕は背筋が凍りついた。

 なぜかって、その最後の一言が、至近距離から聞こえてきたからだ。

 至近距離もド至近距離で、あいつの口が僕の耳にキスしてしまうのではないかと思う距離。


「わかったから! わかったから離れろおぉ!」


 と、僕が咄嗟に体を横に退かせた。


「――守」

「もう一度」

「守」


 こんなお願いをしてきて、今どんな顔をしているんだ。

 振り向いたら殺されるのか? もしかして刺されるのか?


「……さて、またも瓶戸くんは私のお願いを叶えてくれた。これはもう、簡単には恩を返しきれないわ」

「な、急に何を言い出すんだ」


 僕はつい守に視線を戻してしまった。


「そうね。この恩は、私が瓶戸くんの彼女になって、あれやこれやと命令を聞くしかないわね」

「なんでそうなるんだよ!」

「私、自分で言うのもあれだけど、結構美人だと思うのよ。こんな私を好き勝手にできるっていうのは、お得だと思わない?」

「急に自分を売り始めるなぁ! 残念ながらそんなラブコメみたいな展開にはならない」

「え。私、もしかしてフラれたの……? この私が……?」

「悪いがその通りだ」

「……美勝さんかしら。瓶戸くんは美勝さんが好きなのね。そうなのね。わかったわ――美勝さんを殺して、私も死ぬ」

「それだけは絶対にやるなぁ!」

「あら冗談よ。今日も相変わらずキレッキレね」


 こいつ、感謝を告げに来たのか、おちょくりに来たのかどっちなんだよ。


「それで、最初の答えはなんなんだよ」

「そうね。気が変わったのよ。ここに誰かと一緒に居ても良いんじゃないかなって」

「なるほどな」


 今回の一件を通して、守の心境が変化したのかもな。

 誰か共に歩む、それは誰かにとってはなんてないことなのかもしれない。

 だが、守にとっては大きな一歩になったはずだ。


 妹さんは今も意識は戻らず、連盟の支部で入院している。

 そんな不安な中、上出来じゃないか。

 とか、上から目線で語っているが、こいつ……補習に来てないってことは、ちゃんとテストで点数を採ったってことだよな。

 からの、僕が補習を受けていると踏んで学校に来たのか。

 まったく、良い性格してるぜ。


『かっかっかっ、本当に良い性格をしておる』

『絶が居なかったら、僕は精神崩壊していたところだ』


 まあいいさ。

 僕は今日も、明日も祓魔師としての仕事をする。

 誰に偽善と思われようとも、元々人間だった霊達に敬意を表し尊重するだけだ。


『絶、いつも通り頼むぞ』

『主様のご命令とあらば』

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新米祓魔師と吸血姫―最強の吸血姫と契約した少年は、普通の学園生活を送りながら厄災へと立ち向かう― 椿紅 颯 @Tsubai_Hayato

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