第39話『良い答えだ。そして、良い覚悟だ』
『あれじゃもやは妾のような存在と一緒ではないか』
絶の言いたいことは僕にもわかる。
人間と呼ぶにはあまりにも禍々しく、霊というには実体があり過ぎる。
さながら怪異と名付けてしまった方がよっぽど認識しやすい。
それにしてもなんて歪な姿なんだ。
天使のような羽が生えているというのに、その羽の色は鴉よりも漆黒で、飛んでいるというよりは浮いていて、浮いているというよりは何かに釣りあげられているようにしか見えない。
『絶、最初から能力全開で頼む』
『いいのかえ? あやつに見られることになるぞ』
『そんなことを言っていられる状況じゃないことぐらい、僕にだってわかる。僕は決めたんだ。守の大切な家族を助けるって』
『わかった。場合によっては妾も体を出すからの。じゃが、妾の力を全力で過信するのじゃ。腕が吹っ飛んでも、拾えば一瞬で元通りじゃ』
『了解。ふんっ、これじゃあ僕の方が人間離れしているな』
どうなるかわからないから、まずはゆっくりと近づくか。
「はぁ?」
一歩足を踏み込んだ時だった。
漆黒の翼が、まるで意志を持った刃物かのように途轍もない速さで僕の腕を落した。
「か、瓶戸くん!?」
悲鳴めいたその声は、僕の腕が地面に落ち、ありったけの出血を見てしまったからだろう。
視界が悪い夜とかならまだしも、こんな真昼間ではショッキングな光景が直に見えてしまっているに違いない。
「落ちつけ! 大丈夫だ」
膝を突いて腕を持ち上げ、患部にくっつける。
とれた時も付ける時も、めっちゃ痛い。
なんなら今すぐにでも悲鳴を上げたいほど。
『あれヤバくね?』
『ヤバいの』
『これもしかして、警告ってやつだよな。次も近づけば、もう一度同じ目に遭うよな』
『じゃな』
たぶん、どうにかこの光で防げればなんとかなりそうな気配はある。
「ねえ舞! そんなことはやめてちょうだい!」
守の叫びが響き渡る。
が、【黒霊体】はピクリとも反応せず。
止まっていても埒が明かない。
また腕が飛ぶだろうが、進まないと。
「っぐ」
「きゃあっ!」
「大丈夫だ! 落ちつけ」
痛ってえ、痛すぎんだろ。
泣き喚いて逃げ出したい。
その気持ちをグッと堪え、腕を拾い上げてくっつける。
『主様、今の攻撃は少しだけ加減されておったぞ』
『なあに? 今ので?』
『ああ。一撃目はデコピンぐらいの痛みじゃったが、今のは風邪が肌を撫でた程度じゃった』
『なんだよそれ、お前にとってはそんなに違うのか。もはや絶が変わってくれた方がいいんじゃねえのか』
『じゃが、ここで弱音を吐いて逃げるような主様ではなかろう』
『ああそうだな』
『ここで名案を思いついた。妾が少しだけ力を貸すから、盾を持つイメージにして腕を前に出してくれぬか』
『こうか……?』
僕は日々を直角に曲げ、前腕部を前に出した。
『そうじゃ。そして、『気』とやらを全力で出してみてほしいのじゃ』
絶に言われた通り、『気』を左手に集中させる。
と、すぐに身に覚えのある形状になった。
『これは、盾じゃないか』
『そうじゃ。主様の特性と相性がバッチリじゃと思っての』
『光の盾ってか。中々に洒落てるじゃないか』
自分の光ながらに、凄く眩しいが、体の半分は隠せるぐらいの大きさがある。
少しだけ姿勢を低くすれば、ちょうど全身を隠せると思う。
これならいける。
『しかも、その盾を押し付けるだけでいいんじゃぞ』
『なるほどな、絶は天才だな』
じゃあ早速一歩――。
「んぐっ」
なんという力だ。
一歩前へ足を進めたはずなのに、土を抉りながら数歩ほど押し戻された。
しかし、策は上手くいっている。
僕のどこも欠けてはいない。
「舞、もうこんなことはやめて!」
そうだよな。
辛いのは僕より守の方だ。
歯を食いしばれ、行くぞ。
「うおらあぁ――んぐぐぐ」
意気込み虚しく、押し出される。
『やはりそうか。主様、あの【黒霊体】はあやつの声に反応しておるようじゃぞ』
『なるほどな。じゃああのまま叫んでもらうか』
『いや……それではどちらにしても、力負けしてしまわぬか?』
『たしかにそうだな』
『これは愚策かもしれぬが、あやつを背に前進するのはどうかの』
『冷静に考えなくても無茶がすぎるだろ。って、悠長なことを言っていられる状況でもないか。だが、それは守の返事次第だ』
こんな話し込んでいるのも悠長かもしれないが、幸いにも、近づかなければ攻撃されない。
背中を向けて離れるんだから、頼むから攻撃しないでくれ。
「守。お前に訊きたいことがある」
望み通り、背後を襲われることはなく、地面にへたれ込む守のところまで辿り着いた。
「ねえ瓶戸くん! 舞は、舞は本当に助かるの?!」
僕の服にしがみ付いて、守は涙を流す。
その手を握り、膝を突いて視線を合わせる。
「守、お前の意思を訊かせてくれ。大切な人を救いたいか」
「そんなの助けたいに決まってるじゃない!」
「気持ちはわかった。だが、もしも自分が死ぬかもしれないとしてもか?」
「な……何を言って――」
「これは大切なことなんだ。守は、妹のためなら死ぬのも怖くないか」
「……」
流す涙をそのままに、口を開けて唖然としている。
だが、すぐに腕で涙を拭い、答えた。
「そんなの、決まっているじゃない。私が舞のために命を賭けられないはずがないじゃないの。――私は、舞のお姉ちゃんよ」
「良い答えだ。そしていい覚悟だ」
「私は何をすればいいの。あなたがそう訊いてくるってことは、私には何か役目があるのでしょう」
「頭も冴えてきたか。僕の盾の裏に隠れながら、お前の妹のところまで行く。どうやら、守の声に反応しているみたいなんだ」
「……こんな時にまで。舞ったら、本当にお姉ちゃんのことが大好きなのね」
「ああ、そういうことだな」
僕は立ち上がり、守の腕を引いて立ち上がらせる。
「なんなら、私が前に出て盾になってあげても良いわよ」
「それはさすがに無理だろ」
「でしょうね。では私の騎士様、私を絶対に護ってね」
「お姫様のご命令とあらば」
「……手は、このまま握っていてちょうだい」
僕は盾を前に構え、お姫様の手を右手で握る。
「じゃあ行くぞ。僕の後ろから絶対に離れるな」
「ええ」
僕の全力をもって、前進するぞ。
『絶、ここからは遠慮はいらない。僕の一部が飛んでいく前に再生してくれ』
『かっかっか。少しばかり本気を出すとするかの』
『頼んだぜ、相棒』
僕は一歩、一歩とじりじりと足を進める。
当然、【黒霊体】からの猛撃は続き、何度も踏ん張って踏ん張って、踏ん張って。
守の手を絶対に話すことなく、前進する。
ここまで連打されると、絶の言っていることがわかってきた。
こうして守を傍に置くことで、攻撃の威力が下がっていると思う。
興奮状態だからか、絶のおかげかわからないが、たぶん何度かは足が体から離れていたのだろうけど、要望通り吹き飛ぶ前に元に戻っている。
後もう少しだ。もう少しだ。
「瓶戸くん。私だって覚悟をみせるわ。ごめんなさい、今までありがとう」
「なっ」
攻撃を防ぐことばかり意識していたせいで、右手の力が弱まっていた。
その隙に、守は僕の盾から飛び出し、僕の前へ出て自身の体を盾にした。
「舞、これ以上はお姉ちゃんが許しません。お姉ちゃんの言うことを聴けない舞なんて大嫌いよ」
「――」
今まで反応を示さなかった【黒霊体】は、いや、舞さんの本体が頭を抱えて苦しみ始めた。
そして、あの漆黒の翼も暴れ始める。
無差別に地面を突き刺し、守も左肩を抉られた。
「大丈夫よ、こんなの痛くない。でもね、人を傷つける舞なんて、大嫌いよ!」
「――!」
「瓶戸くん!」
「ああ!」
お姉ちゃんって、本当にすげえぜ。
僕は守が作ってくれた隙を見逃さず、【黒霊体】へ盾を前にタックルで突っ込んだ。
勢いそのまま【黒霊体】を地面に叩き落し、光が体内に溶け込んでいく。
頼む。頼むからこのまま収まってくれ!
『絶、もっと、もっとだ!』
光が一瞬でも途絶えないように、叫ぶ。
頼む! 頼む!
『……主様、終わったようじゃぞ』
夢中で気づかなかったが、終わったらしい。
女子高生の上に跨るという、中々にヤバい構図になっているのを今さに気づく。
「終わった……の?」
「ああ、そのようだ」
僕はすぐに体を退け、左肩を抑える守に視線を向ける。
「ねえ、舞はどうなったの……?」
「すまない。僕には結論付けられない」
「……でも、ありがとう。今の舞の顔は、全然苦しんでいないもの」
本当に、安らかな顔をしている。
最初に出会った時より、数倍も。
状況が落ちついたことに安堵していると、何かが近くに着地した。
「おいてめえ」
物凄い音と土埃を上げ、中からはつい最近聞き慣れた声が。
「……どうやったらこういう状況になんだよ」
「なんだ宮家じゃないか。こんな時間に珍しいじゃないか。居残りか?」
「うっせえ、てめえみてぇな低能と一緒にすんな。にしても」
宮家は僕達と辺りを見渡し終え、首の後ろに手を回す。
「何があったかは聴かねえ。だが、そこに横たわってるやつはこっちで回収する」
「いきなり出てきてなんのつもりなの! 私の大切な妹を絶対に渡さないわよ!」
「落ちつけ守。おい宮家、任せて良いんだな」
「当たり前だ。俺を誰だと思ってんだ」
「守、大丈夫だ」
僕は今にも宮家に殴りかかりそうな守の手を握り制止させる。
「こいつは、こんなやつだけど、やることはしっかりやる。こいつを信用しなくて良い、僕を信じてくれ」
「……わかったわ。でも、もしも舞の体を実験体にすることをしようものなら、私は絶対にあなたを許さないわ」
守は僕から視線を宮家に移し、睨みを利かせる。
「んで、お前達はどうすんだ。増援が来たら傷も癒せるが」
「そんなもの必要ないわ。その人達が来るまで、私と瓶戸くんはここに居るわ。そして、見届けた後、瓶戸くんを連れて帰るわ」
「ああそうかよ」
僕を抜きに話が勝手に決まってしまった。
なんでかわからないけれど、なぜか守と僕がセットだし。
でも、野暮なことは言わない。
今も握る守の手は震えている。
今にでも泣き崩れてしまいそうだろうに、まったく――お姉ちゃんは強いんだな。
「そういうわけだ。それまでの時間、ここは僕達だけにしてくれないか」
「……」
宮家は無言で跳んで行った。
それから、守はすぐに舞さんのところへ駈け寄り、泣き崩れた。
ずっと手を握り、謝罪したり、感謝を述べたり、いろいろなことを告げ始めた。
その間、僕も少しだけ距離をとって地面に座り込み、切れまくった傷をそのままに耐え続けた。
ほどなくして、数人の黒いスーツを着た人達と車が来て、無事に送り届けることができた。
ようやく全てが終わった。
『絶、ありがとう。いろいろと助かったよ』
『主様も、ご苦労様じゃ』
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