シヴァの月 3日

「まだかな〜」

「ちょ、寒いから窓閉めてよ」

 エニファのお母さんからもらったたくさんの果物、そのままでは食べきれないので色んな料理で試すことにした。

 その中のひとつ。ドライフルーツ。

 私がドライフラワーのかんむりとリースを作るのを見て、真似してみることにしたんだって。

 バルコニーだけじゃ置ききれなくて、窓の外にもプレートを置いて天日干しをした。

 それを時折ルックルが眺めているのだった。

「そんなすぐには乾かないよ。早くても1週間くらい干しておかないと」

「えぇ〜、待つなぁ」

「楽しみにして、待つんでしょ。早く閉めて」

「はぁーい」

 ルックルは渋々窓を閉めた。

「水分が抜けて、味がぎゅーっと凝縮して、美味しいんだぁ、これが」

「そういうこと言わないでよ〜」

「寒いから乾きやすいよ、きっと」

 エニファは果樹園の娘さんだ。たまに商品にならない果物を分けてもらう。それを使ってルックルは新作のメニューを試作したり、つまみ食いしたりする。

「どんな味がするんだろう」

「私もこっちの世界のドライフルーツは初めてだからすっごい気になるわ」

「さって、他の子達も美味しく使ってやりますかぁ」

「期待してる」


 私は今揃っている素材を確認した。

 木材のパーツ、金属パーツ、ガラスパーツ……。おっと。糸が少なくなってる。

 ルックルが昨晩染めていた黒よりも暗い、闇よりも深い色の染め糸を使わせてもらう?


 明日は行商人のイバリが来る日だから、宝石とか鉱石、布とか良いのあったら買っちゃおうかなぁ。


 カリカリ


「…………ん?」

 窓の外でなんだか物音がする。


 魔物? 泥棒? こんな真昼間に?


 バルコニーの方だ。

 まさかルックル、バレないように外からつまみ食いしようと? その執念すごいな……。

 音が気になるので、私は外から確認することにした。


 カリカリ……カリカリ……


「あ! ジャックじゃない!」


 バルコニーに干していた果物をつまみ食いしていた犯人はジャック。……という名前の幼虫。

 大きさは枕くらいの大きさの芋虫。最初は苦手だったけれど、動きが遅いし、仕事柄お世話になっているので慣れた。彼の出す糸は、アクセサリー作りに必要なテグスの材料になるから。


「おーい! ニケル! ジャックが逃げ出してるよ!」

 洋服店兼カフェの『ルックルメイト』の前の広場。そこには柵があって、隣にはニケルの養蚕場がある。柵の近くでおろおろと何かを探していた少年が手を振る私に気づいて、こっちにやってきた。


 ニケル。虫系の素材屋さんを営んでいる少年。

 カーテンみたいな服を何重も身にまとって、顔は前髪で隠れて口しか見えない。細々とした声で大人しそうな印象を受ける。まぁ、実際にニケルがはしゃいでるとこ、見たことないけどね。

 私は糸くらいしか買わないけど、装備品作りには虫の素材が欠かせない。頑丈さは金属には勝てないけど、ある程度の丈夫さと、金属には無い『軽さ』があって、加工によっては化ける素材だからだ。

 たまにキレイな蝶の羽根とか買ってみたりもする。あ、あとはラメ用の鱗粉とかね。


「ありがとう。こっちに居たんだ」

「そのかじった果物はプレゼントするよ」

「うん、ごめんね。いつものテグスは、明日渡すよ」

「あ、うん。ありがと」


 私は前から気になっていたことがあった。

 ニケルって、どんな顔をしているんだろう。

 長い前髪に隠れて、あまり見たことがない気がしてきた。


 うん、面白いこと思いついちゃったかも。


「ね、ニケル。ジャックも。ちょっとルックルメイトで休憩しない?」




 ◆◆◆


 ルックルメイトには、果物を使った料理がひしめき合っていた。

 作りすぎだ。作ったら誰かが食べなきゃいけないんだから。ま、明日は行商人が来るから、みんなが集まってくる。その時にみんなに食べてもらえばいいよね。そう思うことにしよう。


「ニケルじゃん。どうしたの?」

「うん、ちょっと、休憩」

「そ。じゃあコーヒー作っちゃる」

「ありがとう、ルックル」


 リンゴに近い果物「キッペイ」で作られた「キッペイパイ」。安定の美味しさがいい。甘くてあったかくて美味しい。

 その後ろには見たことの無い料理がわんさか。うーん。味見しなきゃダメだよね……。

 そうそう、私には私でやることがあったんだ。さっき整理した時に見つけた、木製のパーツ。弓のようにしなやかに曲がる、アーチのパーツに、ムスムスという虫の太くて柔らかい糸を多少隙間が空くように巻き付ける。その上からニケルの髪色に合わせてブラウンのリボンを巻き付けた。

 最後に触角を付けようかと考えて、今回はやめといた。


 今日の目的はアクセサリーを付けてもらうこと! 触角なんて付けたら引かれちゃうかもしれないし。本当は虫っぽくって付けてもらいたいけど。今日は我慢!


 最後に祈りを込めて……、完成!


「ニケル、カチューシャを作ってみたんだ。前髪長くて見えにくそうだからさ、仕事中とか、良かったら使ってみてよ」

 本心はただニケルの顔が見たいからだけど、そんなことを言ったら余計付けてもらえなさそうだったから。ニケルの優しさにつけ込んでやるぜ。ふっふっふ。

「ムスムスの糸を使ってくれたんだ」

「うん、木材のパーツだけだと痛いかもしれないから、ムスムスの糸は太くて柔らかいから痛くないかな〜って。ニケルの髪色に合わせてブラウンのリボンを巻いてみたけど、どうかな?」

「うーん、よいしょ」

「あ、鏡が必要だよね。ちょっと取ってくる!」

 私はカフェの一角に置いてある手鏡を取りに行く。

「お待たせ〜、ニケル、コーヒーだよー」

「あ、ありがとう」

「え」

「あ」


「はい、鏡だよー」ニケルの後ろから私は声をかける。

 カチューシャを付けたニケルはルックルと目が合った途端にカチューシャを外してしまった。

 ルックルもなぜだか向こうの方を向いてしまう。

「はい、ニケル。どう? カチューシャ、視界が開けていい感じでしょう?」

「う、うん! ありがとう! それじゃ!」

「ちょっと、コーヒー!」


 ニケルはカチューシャを持って出ていってしまった。

 ニケルの顔を見られなかったなぁ。ちぇっ。


「ルックル、ニケルと目が合ってたでしょ? どうだった?」

「うん、すっごく似合ってたよ」

 …………。心無しかほっぺた赤くない? 料理しすぎてまた暑がってるのかな?


「やっぱり男の子にカチューシャは恥ずかしかったかなぁ。触角は付けないように我慢したのになぁ」

「なにそれ、ビヨンビヨンって?」

「そう、虫と仲良く出来るかなーって」

「また今度プレゼントしてみたら?」

「うん、あ、このコーヒーもらっちゃっていい? パイも」

「うんいいよ。サーヤにはたっぷりと味見に付き合ってもらいたいからね」


 やば。忘れてた。

 テーブルに並ぶ数々の料理。


 ニケル、味見するの手伝って……!!





【ムスムスカチューシャ】

 攻±0、守±0、速±0、賢±0、運±0。属性付与、無し。

 効果:少し前向きになれる


 木製のカチューシャパーツに、ムスムスの太くて柔らかい糸を巻き付けて、上からブラウンのリボンを巻き付けた。

 熱で固まる虫の糸で成形すると、木よりも柔らかくて軽い丈夫なカチューシャが作れるかも。やっぱりアクセサリーも軽くて丈夫なものがいい。頭も痛くなりにくいし。

 今度ニケルと素材について話し合いたいな。またルックルメイトに誘うことにしよう。




つづく

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