シヴァの月 2日

「今日も寒いねぇ」

 私は誰に言うでもなくそう呟いた。

「外に出ないの?」

 ルックルがキッチンの方でぐつぐつ何かを煮ている。

「やることあるし」

「今何してるの?」

「今日作るアクセサリー考え中」

「何もしてないならちょっと手伝ってもらえないかな」

「そっちは暖かそうじゃない? ルックル」

「あっついわ!」


 ルックルが煮詰めているのはキシュリナの花の花びら。鍋の中は濃いオレンジ色をしていた。

「キシュリナ染めのために必要なんだけど、もう、暑くて暑くてたまらないわ、もう」


 鍋の外にはピンク、青、黄色のキシュリナがどっさりと置いてあった。

「染め物もルックルがやるの? デッケンがやってくれないんだ?」

 デッケンは村の資材加工を請け負う器用な女の子。アクセサリーの金属部分のパーツは彼女にお願いしている。

 たしか紡織用の染め糸も彼女のお店に売っていたような気がしたけれど。


「これは私の完全な趣味だからね。デッケンに頼まないで自分でできたらちょっとは安くできるでしょ?」

「手間考えたら頼んだ方がよくない?」

「それが分かっただけでも成果があったということで……こいつだけは私が染める。染めて……みせる!!」

「がんばー」

「だから手伝ってってば」

 私は聞こえてない振りをしながら、窓の外を見る。

 ラーフとエニファが公園の花畑で遊んでいた。

 子供は風の子だなぁ。ちょっと寒いだけで私は外に出る気が全然しないのに。

 しばらく見ていると、エニファが走ってこちらにやってきた。


「ルックル聞いてー! ラーフがちゃんとやってくれないー!」

「今はルックル忙しいから、私が聞いてあげるね」

 エニファは村の果樹園の娘さんだ。小学校低学年くらいの年かな。

 金髪のゆるふわな髪が肩まで伸びて、彼女が飛び跳ねる度にふわふわと揺れる。可愛いなぁ。

 エニファにはどんなアクセサリーが似合うかなぁ。


「サーヤ! ラーフが言うこと聞いてくれないの!」

 話を聞いてみると、エニファとラーフはお姫様と家来ごっこをしていたみたいだ。

 エニファが「あれやって」「これやって」と頼むけれど、家来はちっとも言うことを聞かないのだと。

 うーん、そりゃ、ラーフは家来役なんてやりたくないだろうね。あの子、素直じゃないし。

「私はお姫様なのー! ラーフが全然家来やってくれないの!」

「うーん、そうだなぁ」


 ルックルが汗だくになりながら鍋をかき混ぜているところを見て、私はにやりと笑った。

「ちょっと面白いこと考えちゃった。ね。聞きたい?」

「聞きたいー! なーに? 面白いことって!」

「エニファも手伝って。可愛いアクセサリーを作りましょ」


 ルックルが煮詰めていた鍋のそばにはいろんな色のキシュリナの花が置いてあった。

 エニファと、お店のドアの外で様子を伺っていたラーフ少年にも手伝ってもらって、木の実や枝を拾ってきてもらう。ルックルが煮詰めるつもりだったキシュリナの花を分けてもらって、エニファとラーフに拾ってきてもらった枝と木の実と花をいい感じに絡み合わせて、ドーナツ状の輪っかを作った。


 そしてそっと祈りを込めた。『お姫様になれる』……いいや。そういうことじゃない。ラーフと仲良く遊んで欲しいから。

 最後に形成用のニスをスプレーする。


「完成! キシュリナの花かんむり!」

「わぁ! きれい!」

 ピンク、黄色、オレンジ色のキシュリナの花と、固くて細いズズメの枝を絡み合わせて、ワミリの実が付いた枝も絡ませた。

 お姫様のティアラを模した、私の祈りも込めた特別性。

 効果は、『優しい気持ちになれる』



 お姫様は、家来にもきっと優しい。命令するだけの関係じゃないと思うから。


「お姫様、ちょっとこちらへ来ていただけますか?」

「はーい!」

 エニファの柔らかな髪の上にちょこんと花かんむりを載せた。

「ラーフが待ってるよ。行ってあげて」

「エニファ、ちょっとこっちに来て。これあげる。ラーフと仲良くね」

 ルックルが、エニファに何かを渡したようだった。

「サーヤ、ルックル、ありがと! 行ってきまーす!」

 店のドアが勢いよく閉まって、カランコロンとチャイムが鳴った。

「何を渡したの? ルックル」

「シルフの月まで、二人で楽しく過ごせるスペシャルアイテムよ」

 私たちにとってのアドベントカレンダーのような、遠い未来を楽しみに過ごせる、そんなものが他にもあったなんてね。



 ◆◆◆


「ラーフ! 見てみて! 可愛いでしょ? お姫様みたいでしょ?」

「そんなの付けたって、わがままエニファの言うことなんか聞かないからな!」

「ほら、見て。ルックルにもらったの」

 エニファの小さな手のひらには、黒い粒がばらばらと乗っていた。

「キシュリナの花の種だって。一緒に埋めて、育てましょ? シルフの月にはきれいなキシュリナの花が咲くの」

 エニファは笑った。家来にあれこれ命令するのがお姫様じゃない。家来にも優しく、楽しく過ごしてもらいたい。そんな気持ちが表情と言葉に現れていた。

「種なんて、すぐに芽が出る訳じゃないし、やらないよ!」

「やりましょうよ。何色の花が咲くか、楽しみじゃない? ラーフ」

 キシュリナの花の色は赤、青、ピンク、黄色にオレンジ、たくさんある。それなのに種は黒一色だから、本当は色ごとに管理しないといけない。

 ルックルはそういうの苦手なの。エニファに渡した種はきっと、いろんな種類の色の花が咲くと思う。

 楽しそうに微笑むエニファの笑顔に、ラーフは見とれてしまっていた。

「おひめさま……。いや、いやいや。でも。楽し、そうだな」

「でしょ? 私の家の庭に場所作って、一緒に埋めましょ!」

「お、おい! 引っ張るなって!」



 ◆◆◆



 二人はどこかに走っていってしまった。

 お姫様と家来ごっこか。

 お姫様と王子様ごっこに見えたけど。


「花かんむりねー、エニファ、可愛かったね」

「うん。作ってみてよかった」

 エニファとラーフに取ってきてもらった枝の余りと花を絡み合わせて、もう何個か作っておくことにする。飾りは多い方がいいし。

「あ、そういえばリース作るのもいいかも」

「リース?」

「うん。輪っかの飾りのこと。ドアに飾ると可愛いよ。ね。その花もうちょっとちょーだい」

「全部あげるわ。せっかくだから、デッケンが作ってない特殊な色の糸を作ってやるんだから!」

 鍋の中に色んな色の花を入れるルックル。

 鍋の中の色がどんどんどす黒くなって行くのを見て、私は「がんばってねー」と言い残し、自分の部屋に戻ることにした。

 彼女の数時間の苦労が水の泡になるのを見ていられなかった。

 花かんむりのように色んな色の花を絡み合わせるのは素敵だけど、色を煮詰めている鍋に色んな色の花を入れると全て混ざって黒くなってしまう。

 色の取り合わせについては、今度ルックルに教えてあげないとなぁ、と私は思った。


 カフェの壁を少し借りて、昨日作ったイヤリングと、今日作った花かんむりを飾ってみた。もみの木が届くまで仮の場所。

 それでも、この壁は私たちのクリスマスツリーだ。

 楽しい出来事が少しずつ増えていく。


 そんな予感がしていた。







【キシュリナの花かんむり】

 攻±0、守±0、速±0、賢±0、運±0。属性付与、無し。

 効果:優しい気持ちになれる。


 キシュリナの花とズズメの枝、ワミリの実付きの枝を絡み合わせた。そのままだとしおれてしまうから、ドライフラワーの作り方を調べてみることにする。25日までには間に合うといいな。




つづく


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