サーヤのアドベントカレンダー
ぎざ
シヴァの月 1日
洋服店兼カフェ『ルックルメイト』のカウンターに座って、ココアが出来上がるのを待っていた。
ケトルから湯気が少しずつ出てくる。
「はぁ」
「どうしたのサーヤ。ため息なんて付いちゃって」
「シヴァの月が来ちゃって、これから段々寒くなるんだなぁって思って」
「そりゃそうでしょ。そういう世界なんだから」
サーヤたちの住んでいるナニャール村は季節が豊かで、シルフの月は暖かく、イフリートの月は暑い。ウンディーネの月は涼しく、シヴァの月は寒い。サイクルがまるで春夏秋冬だったため、サーヤは違和感なく受け入れることが出来た。
サーヤは以前日本という世界に居たのだけれど、何やかんやがあって今はファンタジーな世界『クーベルチア』で生活していた。
転生した時に自分に付与されたとある特別な能力を活かして、今はこの『ルックルメイト』の一角を借りて、小さなアクセサリーショップを開かせてもらっていた。
「そうか、シヴァの月って、私の世界で言う、12月みたいなものなんだ」
「ジュウニガツ? そっちでも寒かったの?」
「そう。こうやって、ココアを待つ時間が待ち遠しかったわ。カップに注がれるココア、カップを持つ手がじんわりと温かくなっていって、次第に熱くて手を離しちゃう」
「さっきから当たり前のことを言ってるけど。もう少し待っててね」
「風情が無いなぁ。季節を楽しむって言うかさぁ」
「そうね、寒くなって、行動も制限されてきちゃうものね。何か楽しいことがあればいいのに」
何か楽しいこと……。
「あっ」
「なに、なによその顔。何か悪いこと企んでる顔ね」
失礼な。
「ちょっと面白いこと、おもいついちゃったかも。ね。聞きたい?」
ルックルは二つのカップを持ってカウンターの正面に座った。
「私が楽しくて、面白そうなことが大好きなの知ってるでしょ? 聞かせて」
カップの中でココアの色がくるくると回る。こっちの世界のココアは少しだけ赤みがかかっている。味は驚くほど似ていた。
「ええとね、どこから話そうかな。私のいた世界では、12……シヴァの月みたいに寒くなってきた時、25日に特別な日を祝うの。ご馳走を用意して、仲のいい人を呼んで、みんなでワイワイ楽しくね」
「へー、そうなの。なんだか楽しそうね」
「そう。それで、その楽しい日をより楽しむために、その日まで1日ごとに何か楽しいことをするの。カレンダーがあってね。25日になる頃には、楽しいことでいっぱいになってるでしょう?」
「そうね、1日から25日までなら、……えぇと。いっぱい楽しいことになるわよね」
計算を諦めるのが早い。
「その楽しいこと、アクセサリーを作ろうかなって」
「毎日ひとつ作るの? 大変じゃない?」
「それなんだけどね、実はもう1つ、私のいた世界で楽しいことがあって……」
「ちょっと待って! 今おやつ持ってくる」
ルックルは数分後、貯蔵庫の方からミックスナッツを持ってきた。
「はい! で、何? 楽しいこふぉって。むぐむぐ」
「食べるのと喋るのはどっちかにしてね。危ないから。うん。『クリスマスツリー』って言って、大きな『もみの木』にきらきらと飾りをつけて、オシャレして楽しむものがあるんだけど、それをアクセサリーでやりたいなって」
「うんうん」
「『もみの木』はこの世界には無いだろうから、代わりのもの、木でも板でも店内の壁でも何でもいいの。シヴァの月の25日が来るまで、1日ひとつ、アクセサリーを作って、楽しいことをする。それを、『クリスマスツリー』みたいに飾って、『クーベルチア』での、ううん。『ルックルメイト』でのクリスマスを楽しみたいの!」
クリスマスもアドベントカレンダーも知らないルックルに説明しても難しかったかな。そう思ってココアをひとくち。その後ルックルの方を見た時、ルックルの瞳の中はキラキラと星が輝いていた。
なんか、もう既にものすごく楽しそうだわ。
「面白そうじゃーん!! 何かよく分からないけど、とにかく『ルックルメイト』流にこの寒くて縮こまりそうなシヴァの月を楽しくオシャレに着飾っちゃおうってことよね! さんせーい! 『ルックルメイト』は全面的にサーヤに協力、応援、全力で一緒に楽しみたいと思います! はい!」
「まーた何か面白いことやってんのか? 俺も混ぜろよ」
ルックルの声を聞いてやってきたのは、ナニャール村で大工をしているダインさん。背が大きくて、力仕事や、アクセサリーの材料採集などを手伝ってもらっちゃっている、とてもお世話になっている人だ。今日も楽しそうに笑っている。
「あ! ダイン! 早速だけど、『もみの木』取ってきて!」
「『もみの木』? なんだそりゃ?」
かくかくしかじか。「ふむふむ。とりあえず、枝が広がっていて、飾り付けしやすそうな木があればいいってことか?」
「うん、木材じゃなくて、生の木だから難しいとは思うんだけど」
「いや、結局加工する前はみんなそんな感じだから大丈夫だよ。ちょうど何日か後に山に樹木の具合を見に行く用があるんだ。その時に良さそうなやつ、持ってきてやるよ」
「ありがとダイン! 話が早いね!」
「あぁ、その時に朝また寄るからよ。いつものやつ貰えないかな、サーヤ」
「あぁ、あれね。『もうひとふんばりチャーム』」
「それそれ。あれが無いのとあるのとじゃ、仕事の出来が段違いなんだよ、ほんと」
ダインさんがうんうんと頷く。
「本当ね、サーヤの作るアクセサリーは他のアクセサリー屋さんには真似出来ない、特別性だからね!」
「ふふふ。まぁね。ドラゴンを倒せるように! みたいなのは無理だけど、あのくらいなら私でも作れるんだ」
「それでそれで、今日はどんなアクセサリーを作るの?」
「うん、それなんだけど、今日は最初の1日目だし、最初から凝ったものを作ると疲れちゃうから、簡単なものにしようかなって」
私は皿に残ったミックスナッツの殻を手にした。
「このワミリの実の殻の綺麗なもの、貯蔵庫にあったりする?」
ルックルの貯蔵庫にあった割と綺麗めのワミリの実を綺麗に洗って、簡単にツヤ出し薬を塗って、祈りを込めてから、イヤリング加工を施した。
「本当に簡単だけど、ワミリイヤリング。効果は『懐かしい故郷の、楽しいことを思い出す』。良いでしょ」
私の特別なチカラ。
装備品に、『何らかの力』を付与できる。それは、何かを倒すとか、何かの数値が上がるとか、そういう具体的な事じゃなくて、不確かで、弱い。でもそれでいて、誰かの応援ができるような、優しくて強いチカラ。だと、私は思っている。
私の作っているアクセサリーは、そういう他のアクセサリーには無い特別な効果が付与されている。
「良いなぁ。ね。ちょっと付けてみていい?」
「もちろん。簡単だから、飾る時用に何個か作っておこうかな」
ルックルの耳に小さな丸い木の実が飾られた。
「あぁ、なにこのなんとも言えないワクワクする気持ち。あぁ〜ごくらくごくらく」
「オッサンか」
「故郷を思い出すわ〜。久しぶりに友達に連絡してみようかしら。アルバムどこにしまってたっけ。ちょっと
楽しいことがあるといても立ってもいられないルックルが、その場にじっとしていることはとても珍しい。すぐに行動に移すのがルックルのとてもすごいところ。かっこいいところ、素敵なところ。
カフェを飛び出して行ったルックルが、顔だけこちらに出して言った。
「ね。私の友達にもこのこと話してもいい? 楽しいことは共有しないとね!」
「うん。もちろんいいよ」
「やっほー! これから楽しくなるよー!」
ドタバタと家中を駆け回る足音がした。
私はこの時何も考えていなかった。
ルックルの
楽しいことは共有しないとね。
だから、今日起こったことをこの手作りカレンダーに書き記すことにする。
【ワミリイヤリング】
攻±0、守±0、速±0、賢±0、運±0。属性付与、無し。
効果:懐かしい故郷の、楽しいことを思い出す。
ワミリの実の中を取り出して、綺麗に貼り合わせたもの。軽くて丈夫。時折耳元で揺れて可愛い。
つづく
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