メイドインガール

ポテトギア

メイドインガール

 これは私の持論だけど、死は乗り越えるものじゃなく、覆すものだ。

 愛しの人を事故で亡くしてしまったのなら、その人そっくりのアンドロイドを作って、死そのものを無かったことにすればいい。


「そういう考えで、私はアルマのアンドロイドを作ったんだよ!」

「それ、あたしにはよく分かんないけど……」


 ガラステーブルをはさんで私の向かいでクッキーを食べながら、親友のセシルは呆れたようにため息をついた。窓から差し込む陽の光が優しく室内を照らす中、高級ソファーに腰を下ろすセシルはさすが名家のお嬢様と言わざるを得ない姿勢の良さだ。


「フランはこの国のただ一人の王女なのよ?機械設計や電子の勉強もいいけど、政治や国家の運営について学んでもいいんじゃないの?」

「いいのいいの、私は人工知能がトップに立って統治するユートピアを作るんだから」

「あんたに国任せたらダメね」


 セシルは容赦なく私の理想を切り捨てた。いいと思うんだけどなぁ、AIの国。


「まあそれはそれとして、今日はなんであたしを呼んだの?アルマさんアンドロイドの製作で大忙しなら遊んでる暇ないんじゃないの?」

「何言ってるの、呼んだのは私だよ?ちゃあんと用事があって呼んだのさ」


 私は椅子から立ち上がり、広い広い部屋の壁沿いにある棚から一つの機械を取り出して、戻って来てガラステーブルに乗せた。一昔前のラジカセほどの大きさの機械だ。


「ん、何コレ。最新のコーヒー沸かし器?」

「私がコーヒー飲めない事を知って言ってるよね?違うよ、これは人格式投影装置さ」

「……ナニソレ?」


 セシルは栗色のポニーテールを揺らしながら首をかしげた。私は機械のセッティングを始めながら説明する。


「私が作り上げた人工知能と人格式を融合させて、実際に会話する装置だよ、これは」

「人格式って何」

「性格や人間性なんかを数列に置き換えた、人格の数式の事だよ。つまり私が作った人工知能とアルマの人格式を融合させることで、生前のアルマと何ら遜色のないAIが誕生するってわけ!」

「ふぅん」


 私がびしっと決めポーズまで取って説明したのだが、セシルの反応は薄い。テーブルに置かれた人格式投影装置を眺めながらティーカップでコーヒーを飲んでいる。いつも白いドレスを着てブラックコーヒーを飲むものだから、彼女の方の使用人さんはいつもハラハラしているそうな。ってまあ、その話は今はいい。


「でもすごいねフランは。人格式とかいうのはともかく、人間そっくりのアンドロイドを作っちゃうなんて。政府の研究機関でも苦戦してるって聞いたわよ?」

「まあ私は天才だしね。お偉いさんの機嫌で左右される予算と無茶な要求を日々こなし続けて疲弊した大人たちには、私ほどの柔軟な頭脳は持ち合わせがないようだし」

「謙遜の欠片も無いのがフランらしいわ……」


 またセシルが呆れ顔をしている。さっきもしたよね。そのうち世界に呆れちゃわないか心配だ。私が楽しい世界を提供してあげないと。後でこの前見せた機械雨蛙マークⅡを改良してあげようかな。


「よし、起動準備完了!それじゃあ今から、私が5年間も育て続けた最上級の人工知能とアルマの人格式を打ち込むよ。実験が始まったらアルマと会話できるようになるから、セシルも話しかけてほしいの」

「それがあたしを呼んだ理由?」

「そ。私一人じゃ気付けない誤差もあるかもしれないしね。セシルもアルマとは何回か会った事あるし、元のアルマと違う所があれば言ってほしいんだ」

「りょーかい」


 昔からよくお互いの屋敷に行っては遊んでいたので、うちの屋敷で働いていたアルマとはセシルも会った事がある。製作協力者としては申し分ない人選だろう。


「人工知能挿入完了、人格式入力完了。よし、起動!」


 人格式投影装置のスイッチをぽちっと押すと、機械の上部から光が放たれ、アルマの姿をしたホログラム映像が映し出された。


 艶やかな黒髪。キリッとした目元。いつも通り物静かで優しい雰囲気も、全てそっくり。うん、最高の出来だ。さすが私。このホログラム映像を作るだけでも3日ほど昼食を抜いて作業に没頭してたからね。


「おお……すごっ」

「ふふん、アルマそのものでしょう?」

「このホログラム技術、街頭広告やAIアナウンスのモデルに応用すれば、この国ももっと便利になるんじゃない?」

「セシルはすぐ政治的な話をする……今はアルマの調整が先だよ」


 アルマが事故で亡くなってからもう3ヶ月が経とうとしている。こんなにも長い間アルマと会話をしなかった事は生まれて一度もなかった。久しぶりの会話、緊張するな。


「お、おはようアルマ!いい天気だね!」

『おはようございます、お嬢様。今日は洗濯物がよく乾きそうですね。昼下がりにはちょうどいい気温になるそうなので、散歩でもすると気持ちがいいかもしれませんね』


 投影装置から発せられる人工音声は、どうしても完璧なアルマの声は再現出来なかった。でも大丈夫。ちゃんとしたアンドロイドの体の発声機能は、1週間ほど睡眠時間の半分を費やして調整に調整を重ねたから、完璧なものになっている。この人格式テストが無事に終われば、そこに搭載する予定だ。


「すごい……アルマさんが言いそうな事ね。イイ感じじゃない?」

「まだまだ、慌てちゃ駄目だよ。人工知能は会話を重ねないとエラーが見えにくいからね」


 アルマが死んで、悲しまなかった者はいない。それは私の屋敷に遊びに来るたび彼女と会っていたセシルも例外じゃない。セシルも久しぶりにアルマと話せて感動しているようだ。


「アルマさん、お久しぶりです!」

『セシル様、おはようございます。セシル様がお好きだった緋山珈琲店のコーヒー豆をちょうど取り寄せた所ですので、どうぞお嬢様と召し上がってください』

「あたしの好みまで知ってる!ほとんどアルマさんそっくりじゃん!」

「ふふん、でしょうでしょう?」


 こんなに褒められちゃったら私も鼻が高いよ。でも確かに、セシルの言う通り問題なさそうだね。アンドロイドの体に入れても問題ないかな。


『それでは、私は川へ洗濯に行って参りますね』

「川?洗濯機でしないの?」

『今日の川には大きな桃が流れて来る予定ですので、今日のデザートにしましょう』

「やったー!ありがとアルマ!」

「やったーじゃないわよ!ちょっと待った!」


 食い気味で会話に割り込んだセシルは、そのまま投影装置の一時停止ボタンを押した。それに伴ってアルマのホログラム映像も止まり、声も聞こえなくなった。


「どしたのセシル。さっきの会話におかしな所あった?」

「ありまくりよ!アルマさんは島国の童話を織り交ぜたボケなんかかまさないわよ!」

「いやいや、セシルは知らないね?アルマはたまにジョークを言ったりするんだよ。なかなか面白かったのはあれだね、『アダムとイブが楽園を追放されたのは恐らく裸だったからですね。ですからお嬢様もお風呂上がりは服を着てください』ってやつ」

「あんた風呂上りに服着てないの!?いやツッコミどころ違う気もするけど!」

「やだなあ。六歳ぐらいの話だよう」


 私の裸体を想像したのか顔を真っ赤にして立ち上がるセシルをなだめながら、私は投影装置のスイッチに手をかけた。


「まあとにかく、このアルマの宝刀の如くキレキレジョークは正常なの。続けるよ?」

「鍛冶職人に弟子入りしたての素人が研いだ刀ぐらいなまくらだったと思うけど……」


 今日のセシルの突っ込みはアルマの冗談ぐらいキレがいい。きっとセシルもアルマと久しぶりに話せてついはしゃいじゃってるんだろう。わかるよその気持ち。


「ねえアルマ、洗濯終わったらセシルと三人で遊ばない?また陣取りゲームしようよ」

『お嬢様がよろしいのでしたら喜んで。ちょうど遠方にある離島の所有権がどの国にも収まらず中途半端なままでしたね。その島をかけて隣国と戦争でも致しましょうか』

「イイネ!さっそく父上に相談―――」

「良いワケあるかぁ!!」


 セシルの指が流星の如く一直線に、投影装置の一時停止ボタンへと落着した。


「規模が大きい!そして不謹慎!!フランあんた何しようとしてるか分かってる!?」

「なにって、島の所有権をかけて戦争でしょ?それぐらい分かってるよー」

「分かっててしようとしてんならなお恐ろしいわよ!」

「あっ、でもそれだとアルマと同じ陣営で共闘する事になるからゲームにならないね。アルマと遊べると思って舞い上がってたよ。いやぁ盲点盲点。セシルもそれを言いたかったんだね」

「全然違うけど!?」


 セシルはこう否定してるけど、ほんとは彼女も一緒に陣取りゲームがしたいはずだ。このテストが終わってアンドロイドのアルマが完成したら、まさ三人でたくさん遊びたいな。


「そもそもアルマさん、戦争を起こそうとはしないわよね?これ人格式の欠陥じゃない?」

「そんな事ないと思うけどなぁ。アルマがいつ『戦争しましょう』って言い出しても、私は『アルマと一緒なら喜んで』って答えるつもりでいるよ」

「全肯定が過ぎるでしょ……絶対止めるからね、あたしは。世界の平和はあたしが守る」


 セシルがなにやら世界平和に燃えている。この国だけじゃなくて世界の事まで考えてるなんて、私より王女してるよ。父上が王座を離れたら私じゃなくてセシルに譲ろっかな。


「じゃ、とりあえず続けるよ」

「自然な流れで欠陥を見過ごしてるわよあんた」

「だから正常だってば」


 アルマへの想いは誰にも負けてない自身があるけど、セシルもそれは同じらしい。だってこんなにも必死にアルマの人格式テストに真剣なんだもん。妥協せずに最良を目指すその心意気、私は手放しで称賛するよ。拍手したいね。あれ、それじゃ手が離れてないか。


 その後もセシルに協力してもらいながら、人格式テストは続いた。アルマが何か発言するたびにセシルは一つ一つ意見を出してくれる。私には正常に思えるアルマの仕草も、セシルにとっては違和感があるらしい。やはり彼女に協力を頼んで正解だったよ。


「まあ、こんな所かな」


 そしてあっという間に二時間ほどが経った。お皿の上に並んでいたクッキーは全てなくなり、頂点まで登った太陽が降り始めた頃、アルマの人格式はさらに良いものとなって完成した。


「これで良かったのか、あたしには疑問だわ……」

「なんで?いいアドバイスだったよ」

「いやそうじゃなくて」


 セシルは私の顔をじっと見て続けた。彼女の顔に浮かぶ表情は、不安と心配をごちゃ混ぜにしたようなものだった。


「アルマさんのアンドロイド、本当に完成させていいのかなって思うの」

「……どういう事?」


 私の手は人格式投影装置のスイッチを切る寸前で止まった。親友の言葉の意図が読み取れず、首をかしげた。


「もしかして人格式と人工知能の出来が不安?大丈夫だよ、セシルの熱心さは伝わったけど心配には及ばないさ。こうして人格式のテストは無事に終わったし、人工知能も今の時代には早すぎるほどの最高傑作を使うつもりだからね。最終調整をミスしなければ作業は完了。ついにアルマがよみがえるんだ―――」

「そうじゃなくて!」


 セシルは急に声を荒げ、勢いよく立ち上がった。言葉を遮られたのといきなりの大声に、私はマヌケにもぽかんと口を開けて固まった。


「さっきもあたし言ったでしょ?科学力で死を覆すあんたの考えが理解できないって。今だって理解出来てないのよ……あんたの技術がいかにすごいかは今までも知ってたし、今日も一緒に作業をして実感した。でもダメなのよ。人の死を無かった事にしちゃおうなんて。死は絶対に覆らないの。悲しいのは分かるけど、それが当たり前なの。だから」

「だから」


 セシルの言い分が何となく分かって来た私は、バッチリウインクを決めて言葉を引き継いだ。


「アルマが浮かばれないって話?だとしたらそれも心配はいらないよ。ちょっと違う体だけど、アルマも生き返れて嬉しいに決まって―――」

「全然違うってば!!」

「ええ!?」


 セシルの言いたい事は全て分かってるつもりだったけど、どうやら外れてしまったらしい。セシルはソファーに座ったままの私を見下ろしながら怒っていた。


「あたしはアルマさんの事じゃなくてフランの事を言ってんのよ!このままアルマさんの死を乗り越えられなくて、この先辛い事があっても全部科学の力で何とかする癖が付いたらいけないって言ってるの!」

「ど、どう言うこと?機械になるとはいえ死んだ人間が生き返るんだよ?誰にとっても喜ばしい事でしょ?」

「じゃあ、あんたはどうなの?」


 セシルは宝石のような綺麗な瞳を、私にまっすぐ向けて来た。


「アルマさんの死を無かった事にして、アンドロイドのアルマさんと一緒に暮らせて、あんたは幸せなの?」

「そんなの、幸せに決まってる……幸せだと、思う」


 何故だろうか。ここまで真剣なセシルは始めて見る。そんな彼女に気圧されたのか、私の語気は弱弱しくなっていた。


「本当はあんただって分かってるんでしょ?アンドロイドのアルマさんを造った所で、それは本当のアルマさんじゃないって」

「そんなこと……そんな事ないよ!私はアルマに死んで欲しくなかった、だから死を覆すの!それが私の幸せでもあるし、みんなにとっても幸せなはず!アルマだってそう望んでるはずだよ!」


 先ほどとは打って変わって、私の言葉には力がこもり始めた。もしかしたらセシルの言い分に、納得するのが嫌なのかもしれない。あるいはもう、認めてしまっているのかもしれないけど。


「そうでしょアルマ?私の考え、アルマなら賛同してくれるよね!?」


 私は何かにすがる想いで人格式投影装置のスイッチを押した。中空に浮かび上がるアルマのホログラム映像は、人工音声に合わせて口を動かした。


『お嬢様、またセシル様と喧嘩したのですか?お嬢様はマイペースすぎる所があるので、直した方がよろしいですよ』

「ねえアルマ、私昔から言ってたよね、アルマに何かあれば私が直してあげるって。もしアルマが死んじゃっても、アンドロイドとして生き返らせて見せるって」

『ええ、仰っていましたね。お嬢様は発明上手ですから、その技術力を国民の皆様にも見せてあげれば、きっと人気者になりますよ』

「そうじゃなくて、アルマ。アルマはどう思う?生き返る事は幸せな事だよね?」


 私の問いに、アルマはしばらく黙考していた。私とセシルは、黙って答えを待っていた。


『そうですね……』


 そして少しの後、アルマの声は再び響いた。


『お嬢様には申し訳ないですが、私は死んでしまったとしても、そのままにしておいて欲しいです』

「そんな……どうして!?」


 思っていた答えと違う。アルマはいつも私の考えを肯定してくれていたはず。


『長く生きていたくない、というのはもちろん違います。私も死に際には、もっと生きていたかったと願うでしょう。ですが、死は覆りません。お嬢様が機械の体と人工知能で私を造ってくださったとしても、それは本当の意味で私ではありません。皆様の記憶の中では、「私」は確かに死んでいるのです』


 アルマはアルマの答えを口にしている。それは私が思っていたもの、私が望んでいたものとは違う。大きくかけ離れている。

 でも、それがアルマの考えなのだとしたら、例え耳を塞ぎたくなるものだったとしても、私はそれを聞かないわけにはいかなかった。


『お嬢様、どうか私をそのままにしていただけないでしょうか。機械の私が完成し、仮に私を知る全ての皆様がそれを受け入れてくれたとしたら、皆様の中にいる「私」の死は無かった事になってしまいます。死んだ事すら忘れられるというのは、悲しいです』


 アルマの声はいつも落ち着いていて、一切のよどみがない。それは人工音声になったとしても変わっていない。でも、アルマの言葉を聞いて、その感情はひしひしと伝わった。人工知能に人格式を組み込んだ人工物のアルマでも、そこに宿る意志は伝わって来た。


「そっか……私、アルマが悲しくなる事をしようとしてたんだ……」

『そう落ち込まないでください、お嬢様。お嬢様が私を想ってくれている事はとても嬉しいのですから』


 ホログラム映像は動かない。でも、私はアルマに頭を撫でられた気がした。その温もりが伝わった気がした。


『ですから、私のお墓参りに来てくれると嬉しいです。お嬢様は気を張ってばかりですから、私の前ぐらいでは、涙を見せて欲しいです。機械の私ではなく本当の私は、いつでもお嬢様の中にいますから』


 ―――アルマは今も、私の中にいる。アルマとの思い出は、ずっと心に残っている。


『それに、お嬢様は一人ではありませんしね』


 震える私の肩に、優しく置かれる手があった。アルマのものではない。私と同じくらい小さく、私と同じ温もりを持っている。


『是非お二人で、私に会いに来てください。お嬢様とセシル様、皆様の中で、私は待っていますから』


 投影装置から発せられる信号が途切れ、アルマのホログラム映像は霧散した。最後に、儚い笑顔を遺して。


「アルマ……」


 アルマは死んだ。ずっと前に死んだ。でも、私の中では生きている。機械いつわりの生で塗り替えない限り、本当のアルマは死なない。でも―――


「やっぱり、寂しいよ……」


 頬に一滴の雫が伝うのが分かった。意識してのものじゃない。まるで寂しさに凍えた心が、頑固な私に変わって助けを求めているかのように。


 セシルが胸を貸してくれた。真っ白なドレスと優しい温もりで、私を包み込んでくれた。その温もりに甘えて、私はしばらく涙を流し続けた。



 私は死を覆したかった。それはきっと、一人では誰かの死を乗り越える事が出来ないからだ。でも、今日からの私は違う。大切な友人と共に、最愛の人の死を乗り越えていくんだ。いや、それも違うかな。


 死は無かった事にはならないけど、生きている人々の中では、その人はずっと生きている。死は覆すものではなく、乗り越えるものでもない。共に生きていくものなんだ。

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