第52話 絶対カオスですって!乙女ゲーム 7(前編)

『お前など皇帝にふさわしくない』

『お前は皇帝になれない。できそこないめ』


(これは呪いだ―――ぼくは呪われた)


デルヴォーの血を引いているがために。

あの恐ろしい魔女のようなバルミュラ祖母によって。


走馬灯のように自分の記憶が蘇る。


毎日祖母に責められ、侮蔑される日々。

そして――それを見て見ぬふりをする父上や母上や家臣達。


父上も同じように責められて育ったと聞いたのに…ぼくを助けてくれない無表情で眺めているだけだ。


(ヒューゴ、エアリス、ベアトリス…)

彼らもぼくを救えない。


ベアトリス…賢く先見の明を持つ君の事だ。

退魔の剣ニギライを持ち、皇位継承権を持つヒューゴに君は嫁ぐ事を選ぶはずだ。


(――ぼくはおじい様じゃない)


こんなに似ていてもなのだ。


 ーーーーー


ローゼリットはまた一歩ルートヴィッヒに近づいた。


「ね、ルー…」

「触るな!」

ルートヴィッヒの少しヒステリックに拒絶する様な声で、ローゼリットは一歩下がった。


「オレは…皇帝にならなければいけないんだ」

そしてキッと憎悪を含んだ目で、ヒューゴが退魔の剣ニギライを得た時のようなーローゼリットを睨んだ。


そして次の瞬間には、また氷のようないつものまなざしに戻り、

「…建国祭にまた来る」

と言い捨て、早足で部屋を出て行った。


ヒューゴもルートヴィッヒの後に部屋を出ようとした時、ローゼリットが心配そうに声を掛けた。


「ヒューゴ、あの子を助けてあげておくれよ。

…このままじゃあの子は壊れちゃう」


こんな日の光が入らない暗闇の部屋で 、手足に金属の枷を付けられた彼女は ヒューゴの記憶よりかなりやつれてはいたが、 瞳に宿る力強さは失われてはいない。


(どんな猛者もこの状況に心折れずにはいられないだろうに)


この部屋に普段と変わらず――目の前に立っているこの少女は一体何者なのだ。


(本当に人間じゃないのかもしれない)

では、魔物か?彼女は魔の存在なのか?


ヒューゴの背筋に一瞬緊張が走る。

すると、そのヒューゴの表情を読んだかのように ローゼリットは両手を上げて 微笑んだ。


「他意はないんだよ…ただあの子が心配になっただけさ」


ヒューゴに小さく言ってから、ふと思いついたように

「…あ、そうだ。二ギライによろしく言っといて。今日会えなくて残念だったと」

ヒューゴはその言葉に驚いた。


(何故ローゼリット嬢は退魔の剣ニギライの事を知っているのか?)

ルートヴィッヒの警護の時、特に学園内に剣は持ち込んでいない筈だった。


「行くぞヒューゴ。あまり話をするとその化け物女にたぶらかされるぞ」

 ルートヴィッヒが扉の外から顔を覗かせて言った。


「バカなこと言ってんね。この部屋は魔法全部吸収しちゃうのに」


ローゼリットは肩を小さく竦めてため息を吐いた。

その姿は人間の少女にしか見えなかったのだが。


 ーーーーー


地下牢からの帰路、ルートヴィッヒはずっと思考を巡らせているようだった。

 

ヒューゴもあえて声をかけずに後ろをついて歩いた。


すると、廊下の歴代の皇帝の書かれた肖像画の前でルートヴィッヒは歩みを止めた。

それは他の皇帝の落ち着いた絵姿よりも一際大きく煌びやかな額縁に縁どられている。

しかもその絵姿は躍動的で、派手な肖像画である。


それは――ルートヴィッヒ1世――ルートヴィッヒの祖父のものであった。


肖像画は、 魔物を討伐した後の絵だろう。

足元にはオークなどの魔物が累々と倒れている。


それを踏みつけるようにして立つルートヴィッヒの鎧姿で、もちろん退魔の剣ニギライを雄々しく振り上げている。


ルートヴィッヒはヒューゴに言った。


「…この絵にはひとつ重要な真実が抜けている。描かれていない」

「…とは誰ですか?」


ヒューゴはルートヴィッヒに訊いたが、先ほどの会見で予測がついていた。


「彼女だよ。…ローゼリットはドラゴンだ」


 ーーーーー


「――ドラゴン…ですか?」


ヒューゴは低い声でルートヴィッヒへと尋ねた。



ここ数十年、帝国内で魔物の姿は見かけられていない。


ヒューゴも騎士団を率いて魔物に対する訓練を重ねてはいる。

しかしその訓練もピンと来てはいなかったが、それも致し方のない事だ。


オーク、ゴブリン、エルフ(時折来る来賓の中では、かなり珍しい)ならともかく、ドラゴンといえば、一般的な魔物のように簡単に遭遇できる生物ではない。


魔物ですら見たことがないと言われる希少種なのだ。


「なんと…!では彼女は…?」


「メスの炎龍だ。6年前に北の森の結界を破って入ってきたようだ」

ルートヴィッヒは隠す様子も無くあっさりと言った 。


(なるほど結界のの原因は彼女か…)

と、ヒューゴは納得した。


 ーーーーー


「あたしさぁ、ガチンコ勝負したんだよね 」

あれは、学園で彼女に会って暫くしての事だった。


何時も訳の分からない事を云う少女、ローゼリットは両方の拳同士を当てた。

その姿は、まるで彼女自身が戦ったかのようだ。


「そんでさ。あんたとの約束通り一番になったんだけど…」

「……」

「…どうしたの?あたしと約束したの忘れちゃったの?」


目の前の女生徒ローゼリットはオレに向かって不思議そうに尋ねた。


(…相変わらず誰かと間違えているようだ)

「いや、それで…?」

オレは訊いた。


遠廻しにローゼリットには『オレがきみが捜した人物とは違う』と伝えたが今一つ伝わってないようだった。


しかし、彼女と過ごすわずかな時間は、皇帝へのプレッシャーを忘れさせてくれる。


ローゼリットと名乗るその女生徒は、入学園式にオレの所に文字通り突進してきて、オレにいきなり『久しぶり~!ルートヴィッヒ!』と抱きつこうとした為、慌てた近衛兵が壁のようにブロックし回収されたというエピソードがある。


聞けば、今一つ残念な学力を補って余りある、ずば抜けて高い魔力を持ち、母上ゆかりの男爵の紹介を経てこの学校に入学したらしい。


学年一の天才魔法師とされるアベル=バランタインよりは劣るらしいが、入学してきた女性徒の中で魔力量は、ベアトリス=ランカスター侯爵令嬢もぶっちぎりで抜く程のダントツの1位ということだった。


彼女が入学してきて3年ほど経った時の事だった。


昼休み時の中庭で彼女と5分ほどの会話が珍しく無くなった頃だ。


「…ね。人間ってさ、60年ぐらい経つと変わっちゃう?」

とローゼリットはオレに聞いてきたのだ。


「60年?」

オレは聞き返した。

人間であればそろそろ高齢の類に入る筈である。

(何故こんな当たり前のことを聞くのだろう?)


「そうだな。ご老人になっているだろうな」

彼女にそう伝えると、不思議だがまるで絵に描いたように『ガガーン!』とでもいうのだろうか、ショックを受けていた。


そしてそのまま何も言わずふらふらと歩きながら

「あいつらに…サヴォーのあいつらに問い詰めなきゃ…」

と行ってしまった。


オレは不思議に思った。

(サヴォー教団のことか…?)

彼らは父上が皇太子の頃より父上を支えてきた勢力の一つだ。


おばあ様バルミュラが亡くなってから、父上は更にサヴォー教団へ傾倒しているように見えた。

 

実は帝国内の信者の数も決して少なくはない。


魔力が十分ある貴族は見向きもしないが、魔力が少ない貴族もしくは魔力がわずか。もしくは魔力の無い庶民界隈には人気があり、確実に政治的にも影響を及ぼしているのだった。

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ごめんあそばせ魔力ゼロのモブ令嬢は乙ゲー攻略ゼッタイ致しません 花月 @Kagetsu77

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