第94話 最後の王子⑥

 起きた事象に理解が追いつかない僕。


 グレンは確かに死んでいた。

 ……僕に殺されていた。


 それなのに。


 なぜかグレンの姿になった僕。


 この部屋に、亡骸となったグレンと、グレンの姿をした僕がいるという理解しがたい状況。


 混乱した僕は、とりあえず元の姿に戻れないか念じてみる。


 すると、鏡に映った僕(今はグレン)の姿が歪んだかと思ったら、元の僕の姿に戻った。


 あまりにも不可思議な現象。


 自分の命より大事なグレンを殺したせいで、僕は錯乱してしまったのではないか。

 もしくは、グレンが死んだショックで僕は失神していて、夢でも見ているんじゃないか。


 そう思ったが、すぐにその考えは間違いだと気付く。


 姿は元に戻っても、体の奥底から感じる、今までの僕にはなかった感覚。


 得体の知れない不思議な力だ。


 僕は、その力を手に集中させてみる。


 その力の正体がなんなのかは分からない。

 でも、それが強力な力を秘めていそうなことは、なんとなく分かった。


 その力について、思い当たるのは一つしかない。


 魔力だ。


 魔力の使えない僕に魔力が宿っている?


 ますます分からないことだらけの僕。


 試しに、僕は手に集中した魔力を、炎に変えようと念じてみた。


 ーーボッーー


 手のひらの上に、小さな炎の球が生まれる。


 この結果で、僕はこの得体の知れない力が、魔力であると確信した。


 でも、なぜだろう。


 これまでどれだけ頑張っても、かけらも存在しなかった魔力が、突然生まれたのか。


 その答えは、一つしか思いつかなかった。


 グレンを殺したから?


 僕は、この不思議な現象の正体を探るため、恐る恐る念じてみる。


 グレンの姿になりたい。


 そう念じた瞬間、鏡に映る僕の姿が歪み、金髪紅眼の魔族の姿が現れた。


 なぜかは分からない。


 でも僕は、グレンを殺すことで、グレンの姿になれるようになった。


 僕は、グレンの亡骸まで歩いていく。


 両手両足を失い、僕に首を絞められて殺された無惨な姿。

 見ているのが辛い光景。


 でも、僕は目を逸さなかった。


 僕が殺した、僕の最愛の人。


 お父様の亡骸は、邪神の使いたちによって辱められた。


 万が一にも、グレンの体を奴らの好きにさせるわけにはいかない。


 大好きなグレン。

 僕の全てだったグレン。


 グレンの命を奪った僕にそんな資格はないのは分かっていたけど、グレンの生きた証が何か欲しかった僕は、大好きだったグレンの綺麗な金髪をもらうことにする。


 使えるようになった魔力を込めた爪で、グレンの髪を切った僕。


 今度は、その亡骸に右手を向ける。


「さよなら、グレン」


 グレンの姿をした僕は、グレンの亡骸に向かって炎を放つ。


 燃えるグレンの亡骸を、僕はじっと見つめた。


 しばらくして、グレンの体の形が崩れたのを見た僕は、魔法を止める。


 ずっと使ってみたかった魔法。


 ようやく使えるようになった今、初めて用いたその魔法は、愛する人の亡骸を燃やすのに使われた。


 楽しかった思い出も。

 ただ見つめるだけで幸せな気分になれた記憶も。


 亡骸と共に燃えてしまうような気がした。


 グレンの亡骸が灰になったところで、僕はその灰に背中を向ける。


 グレンを焼いた炎が、いつの間にか部屋に燃え移っていた。


 このままグレンと一緒に焼け死のうか。


 改めてそう思ったが、僕は思い直す。


 僕にはまだ大事な人がいる。


 邪神の使いたちに犯され凌辱されたお母様。


 お母様を助け出す。


 なぜかは分からないが、グレンの力が使えるようになった今の僕なら、お母様を助け出すことができるかもしれない。


 お母様は王の寝室にいると言っていた。


 僕は燃える部屋を後にし、王の寝室に走って向かう。


 部屋の扉の前に二人の男がいるのを見つけて、僕は廊下の角に隠れながら様子を伺う。


「なあ、今なら中の女と簡単にヤレるから、交代でヤろうぜ。こんな極上の女とヤレる機会ないだろうし」


 ヤるというのがなんのことか察し、怒りと吐き気が、同時に浮かんでくる。


「バカ。これから先、女ならいくらでも抱けると仰ってただろ。この国には色んな種族の女がいるし、選びたい放題だ。もし次の聖女様を産む予定のこの女を、お前が孕ませでもしてみろ。女神様の使徒の皆様に、この国の奴らみたいに無惨に殺されるぞ」


 殺そう。


 僕はそう決めた。

 グレンの姿になったことで、相手の魔力量も分かるようになっていた。


 この二人の男の魔力は大したことはない。


 初めて使うはずの魔法も難なく使えたし、見張りの二人のことは簡単に殺せるはずだ。


 この国の王族として、国民に害をなそうとしている奴らを見逃すわけにはいかない。


 僕は右手を、扉の前に立つ見張り二人に向ける。


 魔法を放ち二人を殺そうとしたその時だった。


 突然後ろから口を塞がれ、後ろへ引っ張られる僕。


 当然、周りのことは警戒していた。

 誰かが近づいてくれば気付くはずだった。


 それなのに。


 全く気配を感じることもできずに、僕は捕まった。


 気配を感じなかったということは、たまたま誰かと遭遇したということではないだろう。


 逃げる僕たちを狙ったのか。

 お母様を助けようとする者を狙ったのか。


 いずれにしろ、敵であるのに変わりはない。


 僕は、爪に魔力を込め、後ろに向かって腕を振る。


 敵は僕を離し、攻撃を避けた。


 振り返って追撃しようとした僕に、敵だと思っていた相手は、唇に人差し指を当て、音を立てないよう合図する。


 その顔を見て、僕は攻撃をやめる。


「シャーロット?」


 僕の問いに無言で頷いたシャーロットは、お母様の部屋とは反対の方へ行くよう、僕を促す。


 シャーロットは僕が生まれる前からお母様に使えるメイドだ。


 小さな頃は僕もよく遊んでもらった。


 シャーロットなら信頼できる。


 そう判断した僕は、シャーロットに促されるまま、お母様の部屋から離れる。


 少し歩いたところで、シャーロットが僕の両肩をギュッと持つ。


「グレンさん、ご無事で何よりです。ただ、ルーク様はどこですか? お二人が監禁されていた部屋に行きましたが、部屋が燃えていました」


 シャーロットの問いかけに、僕は答えるのを躊躇う。


 そんな僕の様子を見たシャーロットは、僕の両肩を掴む。


「まさか、ルーク様まで?」


 いつも冷静に見えていたシャーロットの、初めて見る動揺した姿。


 僕は、シャーロットに対して、全てを話すことにする。


「シャーロット。僕はグレンじゃないんだ」


 頭の中で念じた僕は、元の姿に戻る。


「ルーク……様?」


 シャーロットが驚きの表情を見せた。


「……グレンは僕が殺した。そうしたら、グレンの姿に変われるようになって、グレンの力も使えるようになったんだ」


 突拍子もないことを言っているのは分かる。

 シャーロットも、すぐには理解が追いつかないだろうと思ったが、その反応は違った。


「ルーク様、貴方はきっと邪神の加護である『称号』の力が使えるのだと思います。二千年前に記された大賢者様の禁書の中に記述がありました。ルーク様の今のお話は、まさに、直接殺した相手の全てを奪う『簒奪者』の称号の力そのものです」


 僕はシャーロットの言葉に驚きを隠せない。


 なぜ僕に邪神の加護の力なんてものがあるのだろうか。

 実は僕も邪神の使いで、この国に害を与える存在なのだろうか。

 僕がこの国にいたせいで、お父様は殺されてしまったのだろうか。


 動揺する僕に、シャーロットが説明を続ける。


「記述によると、『簒奪者』の称号を持つ者は、その強大な力と引き換えに、自分自身は全く魔力がなかったそうです。ルーク様が魔力を使えなかった理由もそのためだったのでしょう」


 そう言った後、シャーロットは微笑む。


「ルーク様のお母様である王妃様も、邪神の加護である『聖女』の称号の力をお持ちです。神国でのルーク様や王妃様のご先祖が、邪神の加護の力を引き継いできたのでしょう」


 自分の力の正体が分かったところで、シャーロットが僕を抱きしめる。


「陛下を目の前で殺されて、婚約者であるグレンさんをご自身の手で安らかに眠りにつかせて、さぞ苦しいかと思います。王妃様ではなく、私ごときが差し出がましい真似をして申し訳ありませんが、少しでも気持ちが楽になればと思い、失礼します」


 シャーロットの胸の中で、僕は少し恥ずかしい気持ちを感じながら、首を横に振る。


「シャーロットは第二のお母様みたいなものだから。すごくありがたいよ」


 実際、少しだけ気持ちが楽になった気がした。


 でも、僕はそんな居心地のいいところから離れる。


 僕は楽になってはいけない。


 今の惨状は僕が弱かったせいだ。

 それに、どんな理由があれ、大好きな人をこの手で殺したのには変わりがない。


 そして、今の僕にはやることがある。


「ありがとう、シャーロット。だいぶ楽になった。でも、僕はこれからお母様を助けに行かなければならない」


 僕は自分の姿をグレンの姿に変える。


 僕の姿のままでも魔力は使えたが、グレンの体の方がしっくり使えたからだ。


「ルーク様。王妃様は私が助け出します。ルーク様はここでお待ちを」


 シャーロットの言葉に、僕は首を横に振る。


「嫌だ。これ以上、何もできないままなのは絶対に嫌だ」


 僕の強い思いを聞いたシャーロットは、少しだけ考えて首を縦に振る。


「分かりました。でも、絶対に私の前には出ないでください」


 僕はシャーロットの言葉に力強く頷く。


 そんな僕を見て、小さく頷いたシャーロットは、お母様が監禁されている部屋へ向かって歩き出した。


 角のところまで来たところで、僕の方を振り向く。


「こちらで少しお待ちを」


 そう言うと、シャーロットは胸元を緩め、無防備なまま見張りの二人の男の方へ歩いていく。


 そんなシャーロットを見つけた見張りの男たちは、シャーロットへ剣を向ける。


「何だ、お前は?」


 見張の男の問いかけに、シャーロットは、普段とは全く違う物腰で、体をくねらすように見張の男の方へしなだれかかる。


「神国の皆様が来られて、無理やり乱暴されそうになり逃げてきたところです。ただ、無理やりされるのは嫌ですが、好みの異性に抱かれること自体は嫌ではございません。お礼は体でしか返せませんが、助けていただけないでしょうか?」


 シャーロットの胸元を見ながら鼻の下を伸ばす見張の男たち。


「へへへ。いい……ぞ?」


 鼻の下を伸ばした男が返事をしている最中、突然首から血を撒き散らす。


ーーブシャッーー


「へっ?」


 それを見たもう一人の男の首からも、同様に血が吹き出した。


ーーブシャッーー


 いつの間にか手に握られたナイフで、シャーロットが、首を切ったようだ。


 ナイフの血をピッと払ったシャーロットが、僕を手招きする。


 あまりにも手慣れた手つきに驚きを覚えたが、今はそんな話をしている暇はない。


 シャーロットに呼ばれるがまま、僕はお母様の部屋の前へと近づく。


「少し離れてください。何かしらの罠で私が倒れた場合は、気にせずお逃げください」


 横たわる二つの死体と、血飛沫に足を取られないよう気をつけながら、扉から少しだけ離れる僕。


 扉には鍵がかかっているようで、倒れた見張の体を探り、鍵を見つけたシャーロットは、ゆっくりと鍵を開く。


 特に罠はなかったようで、部屋を見渡した後、僕を手招きするシャーロット。


 一目で僕と分かるよう、僕は自分の姿に戻り、扉へ近づく。


 ところが、突然シャーロットの動きが途中で止まった。


「……ルーク様、見ないでください」


 シャーロットがそう言ったが、僕は見てしまった。


 シャーロットの目線の先にいたのは、お母様だった。


 お母様が裸でベッドの上に仰向けになり、自分の股間を弄んでいた。


「あっ……、あぁっ!」


 矯正をあげながら弄り続けるお母様。


 そんなお母様が、こちらに気付く。


「あなた!」


 満面の笑みで駆けてくるお母様。


 むせかえるような匂いを放ちながら、僕に抱きつくお母様。

 お母様はそのまま僕の唇に自分の唇を重ね、舌を入れようとしてくる。


 慌てて、お母様を突き飛ばし、離れる僕。


 お母様は仰向けに倒れ、すぐに上半身だけ起こす。


 そして、何事もなかったかのように、僕のズボンに手をかけるお母様。


「早く脱いで、あなた。子どもを作りましょう」


 お母様の手を払う僕。

 それでもお母様は止まらない。


「男の子も女の子もいっぱい作りましょう」


 そう言いながら、片手で自分の股を弄り出し、もう片方の手で、僕のズボンを脱がそうとするお母様。


 そんなお母様から僕を引き剥がす、シャーロット。


 そして。


ーーパンッ!ーー


 お母様の頬を力強く平手打ちするシャーロット。


「王妃様! 正気に戻ってください。その方は貴女の大事なお子様ですよ」


 しばらく頬を押さえ、シャーロットを見ていたお母様。


 でも、すぐに立ち上がる。


「……子ども。子どもを作らなきゃ」


 そう言って裸のまま外に出ようとするお母様。


 そんなお母様を見て、涙を流すシャーロット。


「おい、お前たち何してる!」


 廊下の先から声を上げる神国の兵士。


「……くっ」


 手にしたナイフを兵士の首へ投げるシャーロット。


ーーバタンッーー


 神国の兵士は一撃で倒れた。


「このままでは敵が集まってきます。すぐに逃げましょう」


 僕は、お母様の方を向く。


「私が抱えて逃げます」


 そう言ってお母様を抱えようとするシャーロット。


「いや! 離して! 子ども! 子どもを作るの!」


 暴れるお母様をシャーロットは抱えることができない。


「失礼します、王妃様」


 そう言ってお母様を気絶させようと、手刀を繰り出すシャーロット。

 ただ、お母様はその攻撃を難なくかわす。


 元聖女候補だけあって、お母様の戦闘能力は高い。

 それは、敵の力で狂わされた今でも変わらないようだった。


 一緒に逃げることもできない。

 気絶させて無理やり連れていくこともできない。


 シャーロットが、スカートの裾からナイフを取り出す。


「な、何するの、シャーロット?」


 シャーロットが涙を流しながら僕の方を向く。


「残念ながら、王妃様を連れて逃げることができません。かと言って、このままここへ残しても、神国のケダモノどもに、動物のように犯されて子どもを生まされるだけです。それならいっそのこと……」


 そう言って、手にしたナイフを見つめるシャーロット。


 僕はお母様を見る。

 お母様はまた、自分の股を弄んでいた。


 大好きだったお母様。

 尊敬していたお母様。


 どうするのが最適なのか。


 尊厳を取るか。

 命を取るか。


 考える時間はなかった。


「……僕がやるよ」


 そう呟いた僕の顔を、シャーロットがパッと振り返る。


「いけません!」


 そんなシャーロットに僕は微笑みかけると、シャーロットは何も言えなくなった。


「子どもを作りましょうか」


 僕がそう言うと、お母様は目を輝かせて近付いてくる。


 シャーロットと対峙した時とは違って、無防備な姿。


 愛する人への信頼に満ちたお母様を抱きしめるふりをして……僕はその首に手をかけた。





「うぅ……苦しいよ、あなた……」





 お母様の声が耳を離れない。

 お母様の首を絞めた感触が手から離れない。


 ……僕はこの日、世界よりも大事な人を、二人も自分の手で殺した。

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全ての欲深き転生者に終焉を ふみくん @fumikun

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