第93話 最後の王子⑤
「あ……あっ。気持ちいい。そこ」
耳にこだまするお母様の声。
邪神の使いたちが、お母様を犯す仲間をニヤニヤと見つめている。
一部の女は目を背けているが、止める様子はない。
少し離れたところでその様子を見つめる、操られたお父様の死体。
僕の横には、ボロボロになり、両手両足を切り落とされたグレンが転がっていた。
一人で奮戦するも、邪神の加護による卑怯な力に敗れてしまった僕の愛する人。
何もできない。
大事な人たちが殺され、犯され、人としての尊厳を傷つけられても、僕は何もできなかった。
地獄のような光景。
耳を切り落とし、目を抉り出したくなるような光景。
そこで寝そべり、何もできない僕。
「やっべえ。こいつの中、気持ち良過ぎ」
「早く代われよ。俺ももう一発ヤりたい」
大好きなお母様。
そのお母様が、目の前で凌辱されているのに何もできない。
「うぅ……ルーク……」
大好きなグレン。
そのグレンが両手両足を失い、苦しんでいても何もできない。
永遠に続くかのような地獄の時間。
僕の耳に届き続けるお母様の嬌声とグレンの呻き声。
「そろそろ外も片付いただろうし、終わりにしろ。その女なら、孕むまでいつでもヤレるから」
鋭い目の男がそう言った。
名残惜しそうにしながらお母様から離れていく邪神の使いたち。
「このガキと紅眼は適当な部屋に閉じ込めておけ。元聖女候補の女はとりあえず魔王の寝室だ」
鋭い目の男にそう命じられ、僕とグレンは客間の一つに放り込まれた。
薄暗い部屋で二人寄り添う僕とグレン。
僕の腕は邪神の使いたちの魔法で治されたが、恐らく敵にとって脅威になり得るグレンの怪我はそのままだった。
更には魔力による回復を許されない呪いのようなものをかけられているのか、自分の魔力での回復もできないようだった。
両手両足を失い、身体中怪我だらけで、身動きの取れないグレンを、僕は抱き締める。
「ごめんね。グレン。僕が弱いせいでグレンをこんな目に合わせて」
僕の言葉にグレンは答えない。
この後、僕とグレンは邪神の使いたちの奴隷として、好きなように弄ばれるのだろう。
これまででも十分地獄なのに、それ以上の地獄が待っている未来。
両手両足を失ったグレンは反抗さえできない。
僕はグレンを幸せにしてあげたいと思っていた。
僕と出会う前、酷い生活を送っていたグレン。
そんな過去が消えてなくなるくらい、幸せにしてあげたいと思っていた。
それなのに。
グレンはこれから、もっと酷い目に遭う。
僕に出会ったせいで。
僕に力がないせいで。
お父様が殺され。
お母様が犯され。
グレンが壊された。
僕にはもう、生きる希望がなかった。
仇を討つ力どころか、グレンを抱えて逃げる力すら、僕にはない。
静かに僕に抱きしめられていたグレンが、耳元で囁く。
「……殺して」
グレンの言葉に息を呑む僕。
少しだけ体を離してグレンの目を見る。
「私はもう、ルークを守れない。このまま、知らない誰かに犯されて、死ぬまで玩具になるのなんて絶対に嫌」
僕はグレンの言葉に何も返せない。
グレンを殺す?
そんなことできるわけがない。
大好きなグレンを。
一生一緒にいる予定だったグレンを。
殺すことなんてできるわけがない。
「……できないよ。僕はグレンのことが好きだから」
グレンを守れる男になってから告白しようと決めていた。
でも、グレンを守れなかった以上、そんな決意は意味がなかった。
手遅れとなった僕の告白に、グレンは弱々しく笑顔を見せる。
「嬉しい。私もルークのことが好きだから」
遅すぎる告白。
この言葉だけで。
僕たちは幸せになれるはずだったのに。
今の僕たちに待っているのは地獄だけだ。
僕はもう一度、グレンを抱きしめる。
「僕にとってグレンが全てだ。そんなグレンを殺すことなんてできない」
たとえ地獄が待っているのだとしても。
世界と引き換えにしてでも守りたい大事な人を、自分の手で殺すなんてこと、できるわけがない。
でも、僕の腕の中で、グレンが首を横に振るのが分かる。
「ルークに嫌なお願いをしているのは分かってる。でも、私は自分で死ぬことすらできない」
そう言って手首から先のなくなった腕で、僕の頬をそっと触るグレン。
「私はルークが好き。私の全てはルークのもの。ルーク以外の人が私に触れるのも、私の体を自由にするのも。絶対に嫌。ルーク以外の人のものになるくらいなら、死んだ方がいい」
グレンはそう言うと、手首から先のない腕を僕の頭の後ろに回し、僕の唇に自分の唇を重ねる。
柔らかくて、なんだか甘い唇の感触。
しばらくその唇が僕の唇に触れた後、ゆっくりと離れた。
「大好きだよ、ルーク。生まれ変わってもまた貴方に会いたい。会ってまた恋したい。だからまだ、私の体がきれいなうちに、私を殺して」
グレンは手首のない腕で、僕の両手を自分の首に持ってこようとする。
僕の両手が、グレンの首に触れる。
あまりにも細いグレンの首。
「……殺せない。殺せるわけないよ」
涙がボロボロと溢れてくる。
グレンと出会ってからの僕の人生。
全ての中心がグレンだった。
グレンのために強くなりたくて。
グレンのために立派な王になりたくて。
一緒にいる時も。
離れている時も。
常に考えているのはグレンのことで。
そんなグレンのことを思うと、涙がどうしても止まらなかった。
そんな僕に、微笑みかけるグレン。
目の前にある大好きな笑顔。
見るだけで胸があったかくなって、幸せな気持ちにさせてくれる笑顔。
ただ、涙で霞む今の笑顔を見ても、幸せな気持ちにはなれなかった。
僕の両手の上に、手首のない腕を重ねるグレン。
「お願い」
僕の両手に、自分の意思と離れたところで、力が加わっていく。
指先と手のひらにはっきりと伝わるグレンの首の感触。
徐々に苦しそうに変わっていくグレンの表情。
どれくらいの時間が経っただろうか。
途中から記憶がない。
ただ、目の前には動かなくなったグレンがいた。
……グレンだったものがいた。
「あ……あぁ……あああああああああっ!!」
僕は自分のものとは思えない叫び声を出すと、グレンの亡骸から離れ、嘔吐した。
記憶が曖昧でも、手の感触は残っていた。
徐々に締まっていく、グレンの首の感触が。
しばらく吐いて、落ち着いた後、僕はグレンの亡骸の元へ行く。
物言わぬ亡骸となったグレン。
僕の手で殺されたグレン。
もちろん、人を殺すのは初めてだ。
しかも、世界で一番好きな人を殺した。
僕も死のう。
僕は迷うことなくそう思った。
グレンのいない世界で生きてなんていけない。
大好きな人を殺した自分が生きていいはずもない。
人殺しの僕は、グレンと同じ天国にはいけないかもしれないけど、それでももう、生きていることなんてできない。
自分で自分の首を絞めるわけにもいかなかったので、何か刃物のようなものがないか部屋の中を探そうとした時だった。
僕は気付く。
自分の体がいつもと違うことに。
今まで感じたことのない力が体に満ち溢れていることに。
僕は両手を開いて目の前に持ってくる。
白く細い華奢な手。
よく見慣れた大好きな人の手。
僕はぱっとグレンの亡骸の方を見る。
その際にふわっと膨らみ、僕の目に入る金髪。
グレンの亡骸はそのままだった。
胸を締め付けられる思いをしながら、僕は自分の髪を触る。
滑らかでサラサラとした美しい髪。
僕は部屋中を見渡し、鏡を探す。
部屋の中にあった鏡台を見つけ、急いで駆け寄る。
鏡に映っていたのは、美しい金髪に燃えるような紅眼の、美しい少女。
「……グレン?」
僕の姿はグレンに変わっていた。
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