第92話 最後の王子④
ーードサッーー
大量の血を撒き散らしながら、お父様の体が、地面に倒れる。
涙を流して泣きじゃくるお母様。
呆然として立ち尽くすグレン。
誰よりも強かったお父様。
尊敬する王だったお父様。
そんなお父様が死んだ。
……僕のせいで。
その事実が飲み込めず、僕は泣くこともできなかった。
「コイツ、マジでガキのため死んだよ」
茶髪の男がそう言った。
「魔王っつっても大したことなかったな」
ずっと後ろの方に控えていた陰気な男がそう呟く。
「クソがっ! コイツのせいで痛い目みたじゃねえか」
筋肉の塊のような男がお父様の亡骸を蹴る。
「やめろ!」
それを見た僕は思わず声を上げる。
誰よりも偉大なお父様の亡骸を穢すことは許せなかった。
僕の声を聞いた筋肉の塊は、ずかずかと僕の方へ歩み寄り、僕の頭を片手で握ると、玩具のように持ち上げる。
「お前のせいで親父が死んだのによくそんなことが言えるな。親父だけじゃなく、これからこの国も滅ぶ。全てお前のせいだ」
そんなことは誰よりも僕が分かっていた。
敵に捕まった時、すぐに僕が自害していれば、こんなことにはならなかった。
筋肉の塊が、僕の腕を軽くはたく。
ーーバキャッーー
男の強大な力で、僕の腕の骨は粉砕する。
気が遠くなりそうな痛み。
それでも僕は耐える。
「魔力も使えない雑魚が。魔王も馬鹿だよな。こんな使えない役立たずのために、自分の命も国も捨てるなんて」
悔しい。
でも、僕には何もできない。
どれだけ必死に鍛えても、何の意味もなかった。
大事な人を守るどころか、軽く撫でられただけで骨が砕け、戦えなくなるひ弱な子どもだ。
痛みに耐え、泣き声をあげないことだけが、唯一の抵抗という情けない子どもだ。
奥歯をギリギリと噛み締めながら俯いた時だった。
ーードンッーー
僕の頭を持っていない方の、筋肉の塊のような男の腕が、鈍い音を立てる。
俯いた顔を上げると、真紅の瞳に憤怒の炎を宿した僕の最愛の人の拳がめり込んでいた。
「取り消せ。ルークは使えなくもなければ役立たずでもない」
そんなグレンを、筋肉の塊が睨みつける。
「いてぇじゃねえか」
筋肉の塊はそう言うと、グレンの頭ほどの大きさはありそうな拳でグレンを殴りつけた。
ーードンッーー
巨大な質量が壁にぶつかるような音がする。
ただ、筋肉の塊の攻撃を、グレンは片手で受け止めていた。
グレンは、空いた右手を筋肉の塊に向ける。
『紅蓮』
『さ、聖域(サンクチュアリ)!』
グレンが呟くのと、敵の一人が叫ぶのはほぼ同時だった。
グレンが放った燃え盛る豪炎が、筋肉の塊の周りに突如現れた光の壁ごと、筋肉の塊を飲み込む。
しばらく当たりを赤く照らした後、グレンの放った炎が徐々に消えていくと、中から、無傷の光の壁に包まれた筋肉の塊が姿を現す。
「あ、あっぶねぇ」
光の壁の中の筋肉の塊がそう呟く。
「ちっ」
グレンは舌打ちすると、右手を筋肉の塊に向けながら、光の壁を生み出したと思われる白い服を着た女の方へ左手を向ける。
「邪神の使いが持つ、邪神の加護については、神話で読んだ。その壁は二千年前の魔王の力でも破れなかったけど、同時に二つは出せないことを知ってる」
グレンの言葉に、白い服の女が焦る。
ただ、他の邪神の使いたちは落ち着いていた。
他の邪神の使いたちは、僕に向かって一斉に右手を向ける。
「お前の大事な婚約者を守りたければ、両手を下ろせ」
鋭い目をした男にそう命じられたグレンは、歯を食いしばりながら、両手を下ろすか迷っていた。
「私の大事な息子に、その汚い手を向けないで」
邪神の使いたちに向かって、お母様が力強くそう言った。
お母様はグレンの方を向き、笑顔を作る。
「ルークのために怒ってくれてありがとう。さすがは私の娘になる子ね」
お母様は邪神の使いたちの方へ視線を移すと、険しい顔で睨みつけた。
「先ほど夫と、私たち三人には手を出さない誓約をしたはず。今すぐ私たちを解放しなさい」
お母様の言葉を聞いた邪神の使いたちが笑う。
「何を勘違いしてる? お前たちに手を出さない約束なんてしていない。したのは命の保証のみだ」
金髪の男の言葉に、茶髪の男が続く。
「元聖女候補のあんたには、次の聖女を産ませるため、家畜のように種付けさせることになっている。紅眼のガキはロリコンのオッサン神官の性奴隷だ。そっちのガキもショタ好きの仲間のペットになってもらう」
その言葉に、お母様は怒りを露わにする。
「もしその言葉が事実なら、全力で抵抗した後、仮に負けるようなら自害するわ。ただ、あなたたちの数人は確実に地獄送りにするから覚悟しなさい」
お母様の言葉を聞いた鋭い目の男が、表情を変えないまま言葉を返す。
「まともに戦えばそうだろう。元聖女候補で『聖女』の称号の力の使えるお前は脅威だし、その紅眼のガキの力も侮れない。ただ、俺たちが、お前たちとまともに戦ってやる理由はない」
鋭い目の男の言葉を聞いたお母様は身構える。
「あなたたちが邪神の加護で不思議な力を使えるのは知っているわ。私は油断しない」
そんなお母様を鼻で笑う鋭い目の男。
「何がおかしいの?」
不快そうに尋ねるお母様が、次の瞬間固まる。
「あ、あなた……。生きていたの?」
お母様の目線の先にいたのは、死んだはずのお父様だった。
お父様は首から血を流しながら、それでもしっかりと立ち上がっていた。
お父様が生きているなら、僕が人質にならない限り、こんな敵蹴散らしてくれる。
敵に操られないよう身構える僕。
お父様はそんな僕には視線も送らず、まっすぐにお母様の方へ歩み寄る。
お父様に抱きつき、涙を流すお母様。
しばらく抱き合った後、お父様はお母様を優しく地面に横たえる。
お母様は逆らわず、地面に横になるとそっと目を閉じた。
お父様は、横たわったお母様から音もなく離れる。
それを見た邪神の使いの男たちが、ニヤニヤと笑い始めた。
「お母様! 起きて!」
叫ぶ僕の言葉に、お母様は反応しない。
「無駄だ、ガキ。その女はもう俺たちの言いなりだ。弱った心に希望を見せた後、幻惑を見せながら洗脳をかければ、どんな奴でも簡単に堕ちる」
目を閉じたまま横たわるお母様の近くに群がって来る邪神の使いたち。
「これで子持ちの母親っていうのがエロいな」
「人妻なんて興味なかったがこれはヤレる」
口々に勝手なことを言う邪神の使いたち。
その穢れた手がお母様に触れそうになる。
「触るな!」
そう叫んでお母様の元へ駆け出そうとする僕。
ーードテッーー
でも、足をかけられて転んだ僕は、筋肉の塊に踏みつけられて身動きが取れなくなる。
「大好きなママが子作りする姿が見れて良かったな」
一歩も動けない僕の前で、お母様の衣服が剥ぎ取られていく。
「死体を操られた夫と、ガキの前で実の母親犯すなんてシチュ、AVでも見れないから興奮するな」
ズボンのベルトに手をかけ、僕の方を見ながらそう呟く陰気そうな男。
「……死体?」
僕はお父様の方へ目を向ける。
青白い肌と虚な目。
その目は焦点が合わず、全く生気がなかった。
「……お父様の死体を弄んでいるのか?」
僕の言葉に、茶髪の男が笑う。
「そうだ。そしてこれからは、お前の母親も違う意味で弄ぶんだがな」
怒りのあまり血管が切れそうなくらい、頭に血が上る。
でも、踏みつけられた僕は身動きが取れない。
そんな僕の代わりに動いたのはグレンだった。
「王妃様から離れろ!」
そう告げるグレンに、邪神の使いたちが目を向ける。
「こいつ魔力が高い上に冷静だから、幻覚も洗脳も効きづらくてやっかいなんだよな」
金髪の男が頭を掻きながらそう言った。
「じゃあ、両手両足落とそう。ロリコン神官もその方が安心して楽しめるんじゃないか?」
グレンまでこんな奴らの餌食になったら。
お父様とお母様も助けられない無力な僕だけど、せめてグレンにだけは無事でいてほしい。
「グレン、お父様のことも、お母様のことも、僕のことも。助けなくていいから大人しくして」
僕の言葉を聞いたグレンは首を横に振る。
「陛下も、王妃様も、ルークも。みんな私を助けてくれて、家族のように過ごしてくれた。逆の状況なら、絶対に私のこと見捨てないでしょ? だから私も絶対に見捨てない」
グレンは邪神の使いたちに向かって右手を向ける。
「馬鹿が。大人しくしていればいいものを」
鋭い目の男がそう言って他の邪神の使いたちを見た。
「やれ」
その言葉で動き出す邪神の使いたち。
『魔族狩り』
その言葉で、邪神の使いたちの魔力が跳ね上がる。
それでもまっすぐ前を向くグレン。
燃えるような意思で、力強く立つグレンの後ろ姿。
僕が好きになった大好きな背中。
それが僕が見た、グレンの最後の勇姿だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます