第91話 最後の王子③

 どう考えてもお父様が負けるわけがない。


 それに、こちらには四神も刀神さんも剣聖もいる。

 王国には他にも強い人たちがたくさんいて、戦って負けることは絶対にない。


 ただ、これだけ派手に戦っても誰も駆けつけてこないのはおかしい。


 僕が王座の間の外の様子を気にして、扉の方を向くと、胸元の大きく空いた派手な服を着た女がふふふと笑う。


「助けなら来ないわよ、ぼうや。この空間は外からも中からも出入りできない」


 まるで心の中を読まれたかのような言葉に、僕はドキりとする。


「助けなど必要ない。貴様らは私一人で殲滅する」


 そう強く口にするお父様。


「ああ、そういうのいいから。お前がどれだけ強くても関係ない」


 茶髪の男がそう言って僕の方を向く。


「お前には明確な弱点がある。だから、わざわざこのタイミングを狙ったんだからな」


 言っている意味が分からない。


「この子たちのことを言っているなら無駄だ。この子たちを守りながらでも、お前たちに私が負けることはない」


 お父様の言葉で僕は気付く。


 邪神の使いたちが言っている弱点とは僕のことだと。


「ふふふ。それは無理よ」


 何が無理なのか分からず立っていると、突然僕の足が勝手に歩き出す。


「ルーク!」


 お父様が叫ぶのを無視して、僕は自分の意思とは関係なく、邪神の使いの方へ向かって駆け出した。


 慌てて僕を捕まえようとするお父様。


『紅蓮(ぐれん)』


 そんなお父様に向かって、自分の名前を冠する魔法を放つのはグレンだ。


 燃え盛る炎がお父様を襲う。


「くっ」


 邪神の使いの魔法は難なく防いだお父様だったが、グレンの魔法は、魔法障壁で受ける。

 グレンの魔法は、魔神さんが認めるほどに強力に育っていた。

 お父様といえど、まともに受ければ無事では済まない。


 お父様がグレンの攻撃を防いでいる間に、僕の体は派手な服を着た女に捕まる。


「……グレン?」


 突然裏切ったかに見えたグレンの方を見たが、グレンは目に涙を浮かべて首をフルフルと左右に振っていた。


 僕と同じく、自分の意思に反して体が動いたのだろう。


「これでお前は俺たちを攻撃できない」


 そう言ってニヤニヤと笑う金髪の男。


 それに対して、お母様が声を上げる。


「その子を離しなさい!」


 今まで聞いたこともないお母様の大きな声。


 いつも優しいお母様が、美しい顔わ歪め、怒りに満ちた顔で邪神の使いたちを睨みつける。


「仮にも聖女になろうとしていた人間がそんな顔するもんじゃないぜ」


 そう口にした金髪の男を睨みつけるお母様の魔力がどんどん膨らんでいく。


「黙りなさい」


 お母様はそう言うと、右手を金髪の男へ向ける。


「あら? 攻撃したら私の手が滑っちゃうかも」


 いつの間にか、僕の首筋にナイフを当てながら、派手な服の女がそう言った。


 僕は何とかその手を振り解こうとしたが、びくともしない。


 女は腕に魔力を込めているようだった。


「ぼうやに魔力がないのは確認済み。死にたくなければ大人しくしてなさい」


 女はそう言うと、お父様とお母様を見る。


「降伏しなさい。そうすればこのぼうやの安全は保証するわ」


 派手な女の言葉を聞いたお母様は、僕の首筋のナイフを見て右手を下ろす。

 先程の険しい表情は消え、泣きそうな顔になる。


 そんなお母様とは対照的に、お父様は僕を抱える派手な女へ右手を向けた。


「いいの? 貴方の大事な息子が死んじゃうわよ」


 派手な女の言葉に、お父様は表情を変えずに答える。


「その子も王族だ。私が降伏すれば、この国の民はお前たちの欲望の捌け口となり、人間でない者は殺し尽くされるだろう。国の多くの命と息子一人の命。王としてどちらを取るべきかは決まっている」


 お父様の言葉に、僕は震えていた膝を落ち着かせる。


 僕は、お父様のような王を目指していた。

 国のために死ぬ覚悟はできている。


「お父様。僕ごとこの女を殺してください。人質さえなくなれば、お父様がこいつらなんかに負けることはない」


 お父様は頷き、僕の目をまっすぐに見つめる。


「ルーク。お前のことは愛している。だが、王として国より身内を取るわけにはいかない」


 そう言って右手を僕に向けるお父様。


 死ぬのは怖い。

 でも、国のために死ねるなら本望だ。


 そう思って目を閉じようとした時、僕の目に信じられない光景が映る。


 目に飛び込んできたのは、お父様へ右手を向けるグレンの姿。


「グレン、また操られてるの?」


 そう尋ねる僕に、首を横に振るグレン。


「私にとってルークが全て。国よりルークの方が大事。ルークを殺すと言うのなら、陛下でも許せない」


 僕はグレンに向かって声をかける。


「グレン。これは僕が望むことでもあるんだ。国のために死ぬのは王族の勤め。グレンなら、僕がいなくなった後でも幸せになれるよ」


 僕の言葉に首を横に振るグレン。


「ルークが死ぬなんて絶対に嫌。ルークのいない世界なんて地獄だよ」


 そう告げるグレンに、お父様が尋ねる。


「ルークを救えば、この国こそ地獄になる。そして、この国に暮らす人間以外の種族百万の命を犠牲にすることになる。たった一人の命と百万の命を引き換えにすると言うのか?」


 お父様の言葉にグレンははっきりと答える。


「たとえ世界と引き換えでも、私はルークを取る」


 グレンの言葉を聞いて黙るお父様。


「あなた。王妃としては失格だけど、私もグレンちゃんと同じ。国より息子の方が大事なの」


 お母様の言葉に、お父様は頷く。


 その様子を見た僕は、お父様が何を言おうとしているか気付く。


「ダメです、お父様! 僕は死ぬ覚悟できてますから!」


 僕の言葉には答えず、お父様は邪神の使いたちの方を向く。


「その子だけではなく、妻とこの紅眼の女の子の命も保証できるか?」


 そう尋ねるお父様。


「お父様!」


 僕の言葉にお父様は微笑む。


「私はダメな王だ。王国二千年の歴史に幕を下ろし、王国全体に不幸をばら撒く最低の王だ。先ほどは邪神の使いたちを騙せないか試してみたが、やはりダメだった。私には国より家族の方が大事だ」


 まだ納得のいかない僕に、お父様は言葉を続ける。


「私は守りたいものを守るために強くなった。自分より国が大事で、国より家族が大事だ。先ほどは演技をして油断を誘ってみようかと思っただけで、初めからルークを見捨てるつもりなどない」


 お父様の言葉に、僕はそれ以上何も言えなくなる。


「私も一緒に。貴方のいない世界に、私は耐えられない」


 お母様がそう訴える。


「ダメだ。君にはルークと一緒にいて欲しい。君もまた私にとって、自分の命よりも、国よりも、ルークと同じくらい大事な存在なのだから」


 お父様の言葉に、お母様も何も言えなくなる。


「邪神の使いたちよ。三人の命を保証できるなら、我が首貴様らに差し出そう」


 邪神の使いたちは頷く。


「ああ、女神様に誓ってこの三人の命は保証する」


 金髪の男の言葉に、お父様は首を横に振る。


「邪神への誓いなど宛にならない。奴隷魔法の魔法式をもとにした誓約の魔法を貴様らにかける。それに合意できるのであれば私は自害する」


 お父様の申し出を聞いて、ヒソヒソと話す邪神の使いたち。


「いいだろう」


 金髪の男がそう答えるのを聞いたお父様は頷き、右手を前に出す。


『我、汝らに命ず。我が妻、我が子、我が子の婚約者の命を保証すべし』


 お父様がそう唱えると、邪神の使いたちの額が順次光っていく。


「そこの男。この誓約は本人が了承しないと成立しない。拒むと言うのなら、この取引は無しだ」


 鋭い眼光をした男は、お父様を睨んだ後、チッと舌打ちしたが、すぐにその額が光る。


「全員了承したな」


 お父様はそう言うと、お母様を抱きしめる。


「死ぬまで幸せにしてやりたかったがすまない。ルークのことを頼む」


 お母様はお父様に抱きしめられ、涙を流しながら首を横に振る。


「私は貴方と出会えて幸せでした。ルークのことは任せてください」


 お父様はお母様から少し離れると、僕の方を向く。


「ルーク。ルークは私の自慢の息子だ。母さんのこと頼んだぞ」


 お父様はそれだけ言うと、腰の剣を抜き、自分の首にその剣を当てる。


「二人とも、愛している」


 剣が動く。

 お父様の首から噴水のように血が飛び出す。


「お父様ぁっ!」


 邪神の使いたちによって封鎖された空間に、僕の声が響き渡った。

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