第90話 最後の王子②

 城に戻った僕は、グレンを連れて王座の間へ向かう。


「ただ今戻りました」


 そう告げる僕に、お父様が険しい顔で告げる。


「先程、神国の使者と会った」


 神国の人間が来ていたのは街で見かけて知っていたから、特に驚かない。


「これまでも、国交を回復させるために会話はしてきたが、今日決裂した」


 僕は素直に疑問をぶつける。


「なぜ決裂したのですか?」


 お父様は答えてくれる。


「奴らの条件が絶対に飲めないからだ。奴らの要求は、この国に暮らす人間以外の種族全員の殺害もしくは去勢。そして、王妃の神国への引き渡しだ」


 あまりにもふざけた提案。

 そんな提案、普通に考えて飲めるわけがない。


「私の引き渡しだけじゃダメなのか聞いたんだけど、それじゃダメって言われたのよね……」


 横からお母様が口を挟む。

 その顔に、いつもの笑顔はなく、今まで見たことのないような陰鬱さが浮かんでいた。


「君を売るようなことは絶対にしない。たとえ国が滅んでもだ」


 王としては失格の発言。

 でも、息子としてはこれ以上なくカッコよく思える台詞だった。


 それでも、お母様は首を横に振る。


「私がこの国に来たせいで、こんな要求をされたかもしれないから」


 そう話すお母様に、今度はお父様が首を横に振った。


「何度も話したじゃないか。邪神が蘇るタイミングで、神国はこの国を攻めてくる。君がこの国に来てくれたおかげで、対策が打てた。全くの犠牲なしとはいかないだろうが、十分に戦える算段はついている」


 お父様がそう告げても、お母様の顔は晴れない。


「貴方が強いのは知っています。四神を始め、他の皆様が強いのも。でも、不安なんです。聖女という名のあの悪魔が、それを知った上で敵対してくる以上、何かあるんじゃないかと」


 そう言って俯くお母様。


「さすが元聖女候補。よく分かってるね」


 突然見知らぬ声がした。


 声がした方を振り向くと、空間がひび割れるようにして、何人もの人間が、突然現れる。


「後ろに隠れなさい」


 余りにも突然の出来事に、何が起きたか分からない僕とグレンとは対照的に、お父様は落ち着いてそう言った。


 目の前に現れたのは十人ほどの人間たち。


「神国の者か?」


 お父様の質問に、金髪の男が答える。


「まあ、一応そういうことになるかな。正確に言うと、悪の魔王であるお前を倒し、世界に破滅をもたらす亜人たちを滅ぼすために、異世界から召喚された勇者だ」


 魔王?

 世界に破滅をもたらす?


 この人間は何を言っているのだろう。

 僕には理解できなかった。


「ただ、俺たちだって悪魔じゃない。使者が言った通り、あんたの奥さんを差し出し、あんたの国の亜人たちを全員去勢すると言うなら、誰かを殺すつもりはない。平和的だろ?」


 茶髪の人間がニヤニヤしながらそう言った。


「私だでよければ……」


 そう話しかけたお母様を右手で制し、お父様が毅然として言い放つ。


「受け入れられない。交渉は決裂だ」


 そんなお父様の言葉を聞いて、屈強な外見の男が笑う。


「だから言っただろ。低脳な亜人にまともな判断はできないって。オスは皆殺し。メスは性奴隷。それ以外ないだろ」


 それを聞いた金髪で派手な服を着た女が口を挟む。


「ちょっと! オスでもイケメンはできるだけ殺さないでよ」


 それを聞いた屈強な外見の男が頭を掻く。


「分かってるって」


 なんなんだこいつらは?

 なんの話をしているのか、言葉は分かっても頭では理解できない。


「それを私が黙って許すとでも?」


 お父様から膨大な魔力が溢れてくる。


「二千年前の言い伝え通りだ。自らの欲のことしか考えない邪神の使い。この世界に暮らす人々を欲望の捌け口だとしか思っていない異世界の鬼畜。それがお前たちだ」


 お父様の言葉を聞いた茶髪の男が笑う。


「それが何か? 女神様から亜人は悪で、どう扱ってもいいと言われてるんだ。神が許してくれるなら何したっていいに決まってるだろ」


 その言葉を聞いたお父様が、ため息をつく。


「お前たち邪神の使いに言葉が通じるとは思っていない。今すぐ去れ。それができないなら全員殺す」


 身内の僕でも身震いしたくなるような、恐ろしい威圧。


 それでも茶髪の男たちはニヤニヤとした笑いを崩さない。


『魔王狩り』


 その言葉が聞こえた瞬間、邪神の使いたちの魔力が跳ね上がる。


「これでも余裕ぶっていられるかな?」


 その言葉を聞いてもお父様は表情を崩さない。


「邪神の加護か。その力は知っている」


 邪神の加護の力なのか、強力な魔力に強者の雰囲気まで兼ね揃えた敵に対し、お父様は冷静に答える。


「余裕ぶっていられるのも今のうちだけだ」


 巨大な斧のような武器を持ってお父様に斬りかかる屈強な外見の人間。


 思わず叫びそうな僕の手を、グレンが握る。


「大丈夫だよ」


ーーガキッーー


 お父様の肩口を捉えたかに見えた巨大な斧は柄の途中から折れていた。


「クソがっ!」


 そう言って殴りかかる屈強な外見の男。


ーーボキャッーー


 殴りかかった方の男の拳が砕ける。


「ぐわあっ!」


 拳を抱えて蹲る屈強な外見の男を蔑むような目で見た後、お父様は残りの人間たちの方へ目を向ける。


「次は?」


 そう尋ねたお父様に、邪神の使いたちは一斉に右手を向けた。


「死ねぇっ!」


 室内なのに大量に放たれる魔法。


 そんな魔法の乱れ打ちを、眉毛一つ動かさずに、難なく受ける。


ーードドドドッーー


 大量の魔法は、お父様に傷ひとつつけることなく、虚しく消えた。


 炎も。

 水も。

 氷も。

 雷も。

 土も。

 風も。


 全てが虚しく消えていく。


 不思議な力で底上げされた敵の魔力も相当な者なはずだけど、お父様には全く通用しない。


 二千年前の伝説の勇者様には及ばないまでも、この一千年では最強と聞くお父様の強さは圧倒的だ。


「今すぐ帰って二度と攻めてこないというのなら見逃してやる。そうでないのなら残念ながら皆殺しだ」


 これまで見たことのない厳しい表情で、一度も聞いたことのない恐ろしい口調でそう告げるお父様。


 でも、その言葉を聞いた邪神の使いの人間たちはクスクスと笑う。


「これだから脳筋は困る。ちょっと力が強いだけで勝った気になってやがる」


 そんな邪神の使いたちに対して、お母様が大きな声で反論する。


「現にあなたたちは、夫一人に手も足も出ないじゃない」


 お母様の言葉を聞いて僕はふと疑問に思う。


 そういえば、これだけ派手な攻撃をされているのに、誰も駆けつけてこない。


 四神全員とはいかなくても、刀神さんや他の誰かがすぐに来ても良さそうなのに。


 そんな疑問を口にも出せず、僕はグレンの手を握りながら状況を見守る。


「舐めやがって!」


 屈強な外見の男がそう叫んで立ち上がると、その体がみるみる肥大化し、その筋肉が隆起していく。


 倍ほどの大きさになった男。


「死ね!」


 魔力も体の大きさも大きくなった男の、無事な左手から繰り出される一撃。


 そんな男の一撃はと王様に触れることなく、男の攻撃より遥かに速いお父様の拳が、男を吹き飛ばす。


「……答えは皆殺しということでいいな?」


 お父様の落ち着いた言葉。


 それを聞いた邪神の使いたちが声をあげて笑う。


「あははは。勝った気になってて面白いわね。私たちは遊んでいるだけなのに」

「仕方ないだろ? こんな未開の世界じゃお山の大将できてるんだから」


 力が全く通用していないはずの邪神の使いたちがケタケタと笑いながら口々にそう言った。


 現に負けてるじゃないか、と言いかけて、吹き飛ばされた筋肉男がむくりと立つのを見て、僕は口を開けなくなる。


「ああ、痛え。おい、怪我治せ」


 筋肉男が、邪神の使いの一人にそう言うと、砕けたはずの拳と、お父様に殴られて赤黒くなった腹部が、一瞬にして治る。


「そろそろ遊びは終わりにしようか」


 金髪の男がそう言ってニヤリと笑った。

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