第89話 最後の王子①
ーーガキンッーー
僕が持つ剣と、刀神さんの独特な形の剣が切り結び、僕の剣が後ろへ弾かれる。
魔力を持たない僕は、魔力を持つ相手との戦いでは、どうしても力負けしてしまう。
それでも僕は剣を振る。
弾かれた勢いを活かして回転し、遠心力も加えた力で刀神さんの足を斬りつけた。
足元を狙うのは、剣聖さんの教えでも、刀神さんの教えでも、どちらから見ても邪道。
ただ、力のない僕が、魔力を持つ格上の相手と対等に戦えるようになるためには、正道だけを進んでも無理だ。
僕の攻撃を難なく躱した刀神さんは、真っ直ぐ僕の頭を割るように刀を打ち付けようとする。
魔力の込められた攻撃をまともに受けてしまうと、魔力の使えない僕の剣は耐えきれない。
並の相手ならともかく、一流の相手との戦いでは、相手の攻撃は避けるかいなすしかない。
僕は横や後ろには避けず、下にしゃがむ。
腕を絞るように振るわれた刀神さんの攻撃は、的確に頭だけを斬り、深く下には撃ち下ろされない。
仮に無理やり下へ切りつけてきたとしても、力の入っていない攻撃なら、魔力のない僕でも何とか防げる。
そう判断した僕は、刀神さんの攻撃をしゃがんで下に回避した後、膝を伸ばして立ち上がる勢いを前に向け、刀神さんの懐へ潜り込むようにして剣を突く。
「お見事」
刀神さんを捉えたかに見えた剣は、右手を剣から離して、腕に魔力を込めた刀神さんに防がれていた。
「魔力なしの戦い、もしくは、ルーク様が魔力を使えたなら、ルーク様の一本でした」
刀神さんの言葉に、僕は首を横に振る。
「魔力がないのは言い訳にできない。持てる力全てを持って戦うしかない。刀神さんがいつも言ってることですよ」
僕の言葉に頷く刀神さん。
「そうですな。ただ、ルーク様の成長には驚かされるばかりで、つい口にしてしまいました。並の相手なら、魔力を使われたとしても十分戦えるでしょう」
刀神さんの言葉を聞いて嬉しく思い、思わずにやけてしまいそうになる僕に、金髪紅眼の少女が駆け寄ってくる。
「ルーク! すごくカッコよかった!」
そう言って目をキラキラさせて僕を見つめる少女。
「グレン。君は自分の訓練はどうしたのか?」
少し厳しい目になってグレンを見る刀神さん。
そんな刀神さんに向かって胸を張るグレン。
「今日の分はもうも終わったもんね。魔神さんからルークのところに行ってきていいって許可もらったし」
自慢げにそう答えるグレンに、刀神さんはため息をつく。
「あの女は自分がサボりたいからといつも手を抜く……」
そんな刀神さんの言葉はまるで聞こえなかったかのように、グレンは右手で僕の左手を握る。
「ルークも終わったなら遊ぼうよ。勉強と訓練ばかりで疲れちゃった」
奔放なグレンの言葉に、僕は刀神さんの方を向く。
「先程の試合でかなり集中されておりましたので、お疲れでしょう。今日はここまでにしましょうか」
刀神さんの言葉を聞いたグレンが満面の笑みを浮かべる。
「ありがとう、刀神さま!」
そう言って走り出そうとするグレンに引っ張られながら、剣を鞘にしまった僕は刀神さんに頭を下げる。
「今日もありがとうございました!」
僕の言葉に、笑顔でゆっくり手を振って答える刀神さん。
刀神さんと別れた後、どんどん進むグレン。
この国に連れてきた時からは考えられないくらい、明るくて元気になったグレン。
影のある感じも好きだったが、今の明るい感じはもっと好きだ。
この国に来たことで、グレンの本来の性格になれたのだとしたら、本当に嬉しい。
「どこにいくの、グレン?」
しばらく歩いたところで、僕はグレンに質問する。
「特に考えてないよ」
脇目も振らずどんどん歩いているからどこか目的地があると思っていた僕は、思わず笑ってしまう。
「こんなにどんどん進むから、どこか行きたいとこあるのかと思った」
僕の言葉に、グレンはてへっと舌を出す。
「久しぶりにゆっくりルークと遊べると思ったら、嬉しすぎて何も考えずにここまで来ちゃった」
そんなグレンの仕草が可愛らしい。
会えない時間も。
一緒にいる時間も。
常に僕の中心はグレンだ。
強くなりたいのも。
立派な王になりたいのも。
全てはグレンのためだ。
グレンと過ごす時間。
人生でこれ以上の時間はない。
グレンを見ていると、つい好きだと言ってしまいそうになる。
グレンに気持ちを告げるのは、自分で自分を認められるようになってからと決めたのに。
それくらいグレンの魅力が強過ぎる。
「僕もグレンと一緒に遊べて嬉しいよ」
僕の言葉に満面の笑みを浮かべるグレン。
「それならよかった」
眩し過ぎるグレンの笑顔。
こんなグレンと一緒にいられて、僕はなんで幸せなんだろう。
そう思っていると、急にグレンの表情が変わる。
「ルーク、あの人たち何だろう?」
ルークの視線の先に目を向けると、白い衣服に身を包んだ大勢の集団がお城に向かって歩いていた。
王国では見慣れない衣服を纏った、無表情な人たち。
かつて一度だけ見たことのある服装。
確か、お母様の出身地である神国の服だ。
神国と王国には国交がない。
でも、神国の次期聖女だったというお母様のおかげで、最近はやり取りをするようになったと聞いていた。
邪神を信仰するよく分からない国。
でも、お母様の育った国なら、そんなに悪い国じゃないんだと思う。
僕が王になったら、神国とも仲良くなり、もっと平和な国にしたいと思っていた。
「隣の神国の人たちだよ。きっと神国出身のお母様に会いに来たんじゃないかな?」
神国からの使者は前にもお母様のところへ来たことはある。
だからまた会いに来たとしても不思議ではない。
少し離れたところから神国の人たちを見ていると、突然、先頭を歩いていた一人がこちらの方を向く。
僕と目が合うとニヤリと笑ったように見えた。
何だか不気味に感じた僕はグレンの手を握る。
「行こう」
グレンを連れて足早にその場を離れる僕。
しばらく歩いたところで、グレンが立ち止まる。
「どうしたの、ルーク?」
心配そうな目で僕を見るグレン。
特に何かがあったわけじゃない。
どう答えるか迷っていると、グレンがそっと僕を抱きしめた。
「グ、グレン?」
無言で抱き締めるグレンに、初めはドキドキしていたが、次第に落ち着いていくのが自分でも分かる。
グレンは何も言わない。
でも、グレンが僕のことをどう思ってくれているのかは分かる。
グレン、大好きだよ。
僕と結婚して。
思わずそう言ってしまいそうになるのを何とか我慢する。
僕はまだ自分が納得できるほど成長できていない。
グレンを守れるほど強くない。
グレンに告白するのは、ちゃんと自分で納得できてからだ。
以前より、少しは成長したとは思うけど、まだ、僕は誰かに守ってもらわなければならない子どものままだ。
僕はグレンからゆっくりと離れる。
「ありがとう。グレンのおかげでだいぶ落ち着けたよ」
僕の言葉を聞いたグレンが嬉しそうに微笑む。
「ルークの役に立てたならよかった」
グレンがただそばにいてくれるだけで、十分だよ、という台詞は飲み込む。
「お礼に甘いものをご馳走するよ。お母様から少しお小遣いもらったんだ」
国民から貰っているお金だから、無駄遣いはダメだよって言われたけど、元気づけてくれた子に対してお礼するのに使うはきっといいはす。
僕の言葉を聞いたグレンの目が輝き、僕の腕をキュッと掴む。
グレンの、少し膨らみ始めた胸が当たり、心臓がバクバク状態だったけど、何とか表に出さないように平静を装う。
最近お母様に教えてもらったアイス屋さんへ向かう僕とグレン。
大賢者様が考案したというアイスは、王国民なら当たり前に食べられるが、周辺国では貴重なものらしい。
神国出身のお母様は存在すら知らなかったみたいだし、大陸中の珍しいものが集まる商国でも滅多に見られないと聞いた。
最近では外観にこだわったアイスも増えてきていて、その中でも今から行く店は、王都の若い女の人の間で人気らしい。
グレンが驚いて喜ぶ顔を想像して、僕はこれからが楽しみになる。
お店に着くと、若い女性の店員さんがにこやかな笑顔を見せてくれた。
「ルーク様。それに未来の王妃様じゃないですか。お二人に来ていただけるなんて大変光栄です」
未来の王妃という言葉に、グレンの顔が赤くなる。
グレンとはまだ恋人関係でもない。
でも、僕は否定しなかった。
「母から紹介されてきました。この子にこのお店で一番おすすめのアイスをください」
僕の注文に、店員さんがにこっと笑って頷く。
「承知いたしました。とびっきりの品をご用意いたします」
しばらく待ってできてきたのは、真っ赤な苺で彩られた、塔のようなデザートだった。
「す、すごい!」
グレンの顔が驚きと喜びでキラキラと輝く。
「苺のスペシャルパフェでございます。王国南部で採れた厳選された苺に、その苺を用いたムース。それに、アイスは商国から仕入れた最高級のミルクを使用して作りました。本人には内緒ですが、魔神様が『大賢者の書』からヒントを得られ、レシピを考案された特別製です」
僕のお小遣いはこのパフェでほぼ吹き飛んでしまったけど、グレンの喜ぶ顔が見れるなら安いものだ。
ふとパフェの下を見ると、細長いスプーンが二つ付いていた。
「お互い食べさせ合うのが、最新のトレンドです」
店員さんに言われるまま、僕とグレンはお互いの口にパフェを運ぶ。
「はい、あーん」
グレンが差し伸ばした手で、僕にパフェを食べさせる。
その様子を店員さんがワクワクした目でじっと見ていた。
すごく恥ずかしかったけど、僕はスプーンを咥える。
ドキドキし過ぎて、正直味が分からない。
でも、最近の流行りだというだけあって、グレンとの距離は近づいた気がする。
「美味しかったね」
パフェを食べ終わり、店の外に出た後、グレンが嬉しそうにそう言った。
「うん」
グレンにドキドキして、味が分からなかったとも言えず、僕は頷く。
楽しくて幸せな時間。
こんな日がずっと続くのだと思っていた。
結婚するまでも、してからも、グレンと一緒に過ごしていくのだと思っていた。
グレンの手に僕の手が触れる。
僕は少しだけ考えた後、グレンの指に僕の指を絡めて恋人繋ぎをした。
恥ずかしさで顔が燃えるように熱かったが、平静を装ってそのまま歩き続ける。
告白はまだできないが、手なら友達同士でも繋ぐから問題ないだろう。
グレンの顔をまともに見れないまま、歩き続けていると、突然声をかけられた。
「ルーク様!」
僕は慌ててグレンから手を離し、声のした方を向く。
「陛下と王妃様より、至急ルーク様をお連れするよう指示がございました」
ただならぬ様子の兵士が僕にそう告げた。
「分かりました。すぐに城へ向かいましょう」
不安そうな顔のグレンに微笑みかけ、僕は兵士の後に続いて城へ向かった。
いつまでも続くと思っていた日常が今日で最後になるとは夢にも思わずに。
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