第3話
これは私が生まれるずっと前のお話です。
この小さくも豊かな王国が、貧しく荒れ果て捨てられた土地だった頃のお話。
誰もが今日死ぬか、明日生きるか分からないような状況の中、その苦楽を共にし支え合う人間の慈悲深い姿に感銘を受けた神、レア神がその地に祝福を与えました。
荒れた土地に生命が芽吹き、勤勉だった人間の手によって、その地は豊かな発展を遂げたそうです。
さらには豊かになった土地を略奪しようと目論み攻め入った隣国の兵を退けられるよう、レア神の夫であるクロノ神が人間達に戦い方を授けた事により、この国は一つの王国として成り立ち、大きく躍進を続けて来たといいます。
人間達は神々に敬意を示し、国の名をクロノレア国とし、以来この国は千年以上の長い間、レア神とクロノ神という二人の神に守られてきました。
そしてこれは、私が生まれるほんの少し前のお話です。
長い歴史の中で、レア神は人間達が慈悲の心を失ってしまった事を嘆き悲しむようになりました。
…と、表向きはなっていますけれど、彼女の事ですから、ロクに信仰もしないで好き勝手している人間に愛想をつかしたか、単純に飽きたのだと思います。
この国には、至る所にレア神とクロノ神が祀られていますが、今を生きる人々にとってそれは、邪魔なオブジェでしかなく解体を望む人も多いのです。
協会は廃れ、心からの祈りをささげる人間は皆無。
神父でさえ「レア神とクロノ神の伝説などおとぎ話だ」などと言ってのける体たらく。
神に守られているという認識など、彼らの中には存在しないのが実情です。
嘆かわしいですわね……。
そんなわけで、レア神とクロノ神は王国を見限る旨を国王に告げましたが、国王はそれを二つ返事で呑む様な人間ではありません。
何故なら、今もなお、この国は神の加護があってこそ成り立つ事を誰よりも知っているからです。
大きな政策を進める時、国に不穏な気が漂っている時、代々伝わる方法で神と交信し、国王はその力に頼って解決を図って来ました。
勿論それを、自らの采配・力だと偽り、神の存在を露見させる事はありませんが。
神々が国を見限る事に焦った国王は神に交渉を持ち掛けたと言います。
執拗に御託を並べた国王が手に負えなかったのでしょうね。
レア神は、国王にこう言ったそうです。
「では、もうすぐ生まれる我が娘を、第二王子の婚約者として側に添わせなさい。慈愛に満ちたその子から何を学ぶのか。あなた方の行く末は、我が娘らに委ねるとします。」
こうして、全てを丸投げされた私ヘスティアは、生まれながらにしてスキロス様の婚約者となりました。
私に与えられた使命は、スキロス様が成人を迎えるまでスキロス様を愛し慈しむ事。
その間に起こるであろう様々な不遇に対して私が早々に彼らを見限らないよう、私の心は封印され、審判が下されるまではただただ一心にスキロス様を愛することしか出来なくなりました。
では、そろそろ現実に戻りましょうか。
「さて、スキロス様。国王夫妻は私との婚約破棄を了承していないようですが、婚約破棄でよろしいのですよね?」
「当たり前だ! 貴様など要らん! さっさと出て行けっ!!」
「スキロフ! お前、何を言っておる! ヘスティア様との間には何も問題無いと言っていたではないか!!」
「えぇ父上。 ヘスティアは従順で使い勝手の良い何の問題もない駒でしたよ。ただ、私の支援者達が揃った今、もう用済なのです。大体、顔が好みじゃ無いんですよね。私はメリッタの様な愛らしい娘が好きなので。」
「愚かな……」
「そういう事です国王陛下。まぁ、懇願されてもこちらからお断りさせていただきますけれど。」
メリッタさんと見つめ合って2人の世界へ入り込んでしまったスキロス様の、場の空気の読め無さは一周回って尊敬に当たる気がします。
では、これ以上ここに居ても仕方がありませんし、審判を下しお暇すると致しましょう。
「スキロス様は端的に言って傲慢な方。アリストス様に劣る事を認識しながら努力もせず人に当たり散らかす、劣等感の塊のような貴方には嫌悪感しか感じませんでしたわ。
そんな貴方が国王? 宜しい事ですが、次期王妃として貴方の隣に立つなど想像するだけで恐々とし、この身が震えます。正直、1秒たりともそんな場所には立ちたくなかったですわ。
ですから、あなたが身分も弁えない男爵令嬢の熱に当てられて何かと世話を焼き、大切なパーティーに婚約者以外をエスコートするようなてクズ野郎で良かったです。
メリッタさんも、今日スキロス様の隣に居て下さったこと、心より感謝いたしますわ。
ただ、気を付けなさって。
彼が熱い夜を共にしたのは、貴女だけではないですから。
今日あなたがそこに立った事で、良くも悪くもあなたは人の目に晒されましたわ。
あなたに向けられた殺気立った視線、浮かれていたあなたは気づかなかった様だけれど、これから夜道は気を付けた方が良いですわよ。」
今まで言えなかった言葉がスラスラと流れ出る。
そして、言葉が発せられる度に国王夫妻の顔が青ざめて行く。
国王の顔色は、青ざめすぎてもう緑色になってしまっているわ。
スキロス様は、初めて聞くであろう私の暴言に「不敬だぞ!!」と顔を真っ赤にしているけれど気にせず私は言葉を続けました。
「私に常に厳しく接して来たスキロス様。
貴方の過ちを正しすたびに、修羅のようなお顔で私を罵倒し手を上げましたわね。
アリストス様に論破され、苛立ちから私を池に落としたのは、雪も降る頃。
薄氷の張る池の水はとても冷たかったですよ。
それから、貴方がいつか壊したのは、まだ力が上手く使えない私が、スキロス様をしっかりお守りできるようにと
私、内心は笑いをこらえるので必死でしたわ。」
あの時既に、
約束は約束だと残った
愛妻家のお父様は、女性を蔑ろにすることを非常に嫌いますの。
すでに二人は、新天地にて人間達と楽しく過ごしておられるそうです。
「スキロス、お前は何て事を……。ヘスティア様が、スキロスを王太子にと進言したから、儂はてっきり……」
「私のモノを好きに使って何が悪いのです? ストレスの捌け口には丁度良いサンドバッグでしたよ。」
「嘆かわしい。……ならせめて、もっと上手くやりなさいな……。」
「何言ってるんですか母上。ヘスティアを使えば王太子になれると教えてくれたのは母上ではないですか。助かりましたよ。本当にその通りでしたから。しかしながら王太子となった今、命じれば動く都合の良い人形はもう要らない。不用品は処分しなくては。」
「お黙りなさいっ!!!」
「なっ、お前達……ヘスティア様とスキロスの婚約は遊びじゃないんだぞ!!」
「煩いわね。大体あなたがアリストスにばかり構うから、スキロスがこんな風に。忌々しあの女の息子っ。」
「遊びじゃないならこそ、こんな奴との婚約など破棄だっ!!」
あぁ、ご家族で罵り合いを始めてしまいました。
まぁ、婚約者をスキロス様に指定した時点で、
母が課したのは、幼いスキロス様が私から何を学び成長するのか。です。
幼少の頃よりロクデナシの素質は十分だった様ですからね。
結果、スキロス様は何も学ぶことなく自滅の道を歩みましたけれども。
彼の愚行に気づきもしなかった国王夫妻は、スキロス様が王太子となった事を私に認められた証だと思っていたようですから滑稽です。
素直にスキロス様を信用して委ねずに、少しでも国民達に神への信仰を即していたら違っていたかもしれませんのにね。
「他にも色々ありましたけれど、もう十分お判りいただけたようですね。と、いう訳で、もうあなた方に手を貸す理由も価値はございません。」
お互いを罵倒し合っていて聞いていない国王一族と、周りで困惑している貴族の方々に背を向け、天に向かって手を合わせて祈りを込めると、私の背中には真っ白な翼が生えました。
隣ではアリストス様も同じく翼を生やしていますわ。
国の中でも希少種となった、神を信仰し口伝を続ける家系に生まれた、今は亡き前王妃セラピア様。
その忘れ形見となったアリストス様は、母親と同じく信仰心を持った、慈愛に満ちた青年でした。
彼は、スキロス様に蔑まれ続ける私を陰でずっと心配してくれていましたのよ。
正体はおろか本心すらも明かせぬ私に、時に優しく、時に厳しく。
この国で唯一、私を一つの人格として尊重してくれていた方でした。
きっと、
「この国を見限って、私について来ませんか?」
アリストス様は首を横に振りました。
国王・王妃・義弟に国を任せたら、国民が路頭に迷うから、と。
その答えに私はアリストス様がますます欲しくなって、彼を手に掛け、手に入れてしまいました。
「要らないと言われましたし、そろそろお暇させていただきますね。」
私とアリストス様が空へと羽ばたこうとしている事にも気づいていなかった愚民どもが、こちらに汚い言葉を喚き散らし始めたけれど私の知った事ではないですわね。
神の加護を失くしたからか、各所に置かれたレア神とクロノ神のオブジェが独りでに崩れ落ち始めたらしく、城のダンスホールも天井から亀裂が入ったようです。
逃げ惑った人間達が物凄い勢いで外へと押し寄せてきました。
「そういえば、この国が元々荒れ果てた貧しい土地であったのは、この地に眠る魔物のせいらしいですよ。育たない作物、流行る疫病、そして……」
「きゃぁ――――ッ」
言い終わる前に叫び声が上がりました。
地面から植物のツルが這い出ては、適当な人間を地中に引きずり込んでいる様です。
神々によって眠らされていた魔物が、めでたく目を覚ましたのでしょう。
「では、皆様ごきげんよう。」
「お父様、お義母さま。スキロス。さようなら。」
必要のなくなったおとぎ話は、終わりを迎えましたけれど、それはこの国の国民が望んだ結果です。
この国の行く末は、
私達にはもう関係ありません。
私とアリストス様は手を取り合い、そのまま空へと羽ばたきました。
地上では群衆が逃げ惑い、騒がしいけれど、私とアリストス様を包むのは二人だけの世界。
「アリストス様、私……」
「それは私か言わせていただけませんか?」
「………?」
アリストス様のいつになく真剣な眼差しに、言葉を失ってしまいました。
胸を締め付けるような、だけど心地よいような不思議な静寂が私を包んでいます。
「ヘスティア様、どうぞ私の国へいらして下さい。そして、出来たら私の伴侶となり、王妃として国を見守っては下さいませんか?」
私が国から消したアリストス様と元家臣の皆さまは今、
その活躍が
生まれてこの方、無意味な茶番に付き合わされていたのです。
スキロス様とは築けなかった「愛」とやらを探しながら、国造りの真似事に加担してみるのも悪くないですわね。
「えぇ、喜んで。」
私の返事に、アリストス様は安堵の様な微笑みを浮かべて小さく息を吐く出しました。
そうして私達は心を通わせて飛び立ちます。
新天地での生活、楽しみですわ。
~ 捨てられ令嬢は国を捨てる事に致しました END ~
☆ お読みいただきありがとうございました ☆
捨てられ令嬢は国を捨てる事に致しました 細蟹姫 @sasaganihime
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