第2話

 金細工のあしらわれた装飾品、クリスタルが煌めくシャンデリア、天井にはこの国の守り神であるレア神とクロノ神が手を取り合う絵画が一面に飾られているお城のダンスホール。


 天から見守って下さる神々の慈悲深いお顔にそっと会釈してから、私は足を踏み入れます。

 すると鳴り響いていた音楽がゆっくりと止み、私に降り注いだのはそこにいらっしゃった皆様の視線。


 称賛……というよりは、哀れみ、困惑、同情。

 辛辣な表情を浮かべた皆様方は、私と誰かに交互に視線をやり、まるで首を振っている様です。


 その後、すぐに皆様方が私の為に道を開けてくださいましたから、すぐに状況は理解できましたわ。


「スキロス様……」


 皆様方の視線の先は王族席2階へと続く階段。

 その階段の真ん中で、スキロス様が私を見下ろしていました。


 傍らには噂の男爵令嬢・メリッタさんが、スキロス様にピタリとひっ付き彼の腕に胸を食い込ませているし、彼もまた、彼女の腰に手を回して密着し、そのただ事ではない親密さをアピールしていらっしゃいます。


 ふんわりとした銀髪に、幼さの残るあどけないお顔。

 お人形さんのように可愛らしい顔に似つかず、攻めた赤色のエレガントなマーメードドレスを着こなすメリッタさん。


 成程。

 これはまた、私とはまるで正反対の娘を傍に置いている事です。


 いつの間にか、私をエスコートしていた彼の姿も消え、静まり返ったダンスホールの中心には私一人だけ。


 今までに見たこともない程愉快そうに顔を歪めたスキロス様は、メリッタの腰に回した手にグッと力を込めて彼女を引き寄せ、反対の手を高らかに上げて宣言されましたわ。


「今を持ってヘスティア、貴様との婚約を破棄させてもらう!!!」


 ――― パリンッ ―――


 その言葉と同時に、何処からか耳に鳴り響いた何かが割れる音。

 その瞬間、身体に入っていた力が抜けて、私は生まれて初めて心からの笑顔でほほ笑むことが出来ました。


 心が躍り過ぎて、はしたなくもその場で弾んでしまいそうになった私は、すぐに気持ちを落ち着かせて淑女の礼を取ります。


「ありがとうございます。」

 

 スキロス様のお心が、私にないことなどとっくに分かっておりました。

 メリッタさんとは今日までに熱い夜を何度もお過ごしの様でしたし、こうなるであろうと予想はしていましたわ。


 けれど、こうも予想通りとは本当にでした。


 ( まぁ! お聞きになりまして? これで私の心は自由ですわ!!! )


 あぁ、もうこのクズ野郎に愛想を振りまく必要が無いのだと思うと、今すぐ飛び立ってしまいたい気持ちでいっぱいです。


 それも良いとは思いますが、全てを悟った瞬間から、この時の為に全てを捧げて来たと言っても過言ではありません。

 今はその集大成なのですから、去り際は清く美しく、堂々としていたいものですわ。


「はっ、納得いかぬか? ならば、今から貴様の罪状を―――」

「いえ、「ありがとうございます。」と申し上げました。あなた方がでっち上げた下らない罪に興味はありません、やりたければそちらで勝手にどうぞ。」

「な、貴様っ」

「ちょっとあなた、スキロス様の話聞いていましたの!? 婚約破棄ですわよ? あなたは王妃になれないんですわよ!?」


 スキロス様とメリッタさんがごちゃごちゃ言って来るけれど、用済みクズ野郎の話など大人しく聞いてやる義理はありません。


「それでは、メリッタさんは王妃になれるのですか? 凄いですね。頑張ってくださいませ。では、私がこのパーティーに参加する必要はもうございませんので、これにて失礼させていただきますわ。」


 私はピーピー喚いている2人と、騒ぎを聞きつけ2階の奥で狼狽えながら足早にこちらへ向かって来ようとしておられる国王夫妻に背を向け、スタスタと歩き会場を後にすることに致しました。


 ホールから玄関へと続く長い階段の先には、迎えの殿方が一人。


「もう、宜しいのですか?」

「えぇ。あのクズ野郎が婚約破棄を告げた段階で、封印は解かれました。もうこの国に用はありませんわ。」

「その様子だと……事実の様ですね。安心しました。では、行きましょうか。」


 私と同じく白に金の刺繍が施された正装に包まれた彼が差し出してくれた手を取り、私は彼と共に門へと歩きます。

 

 さぁ、このまま優雅に退散させていただきましょう。

 …と思いましたのに、無粋な方たちに呼び止められてしまいました。


「ま、待って!!」

「お待ちくださいヘスティア様!!」

 

 非常に面倒くさい事です。

 ですが、このまま永遠と追いかけられても困りますから、私は歩みを止めて彼らの方に身体を向けて差し上げました。


「ヘス…ティア様、どうか…どうか我が国に慈悲を……」

「あの愚…息は…無粋な令…嬢と共に僻地にでも送り……はぁ……に…二度とあなた様の目に届かぬよう……致します…故っ!!」


 驚いたことに、そこに居たのは国王夫妻。

 太ましいご老体で、頑張って走って来られた様で、息も絶え絶えに懇願しています。


 その後ろから「そのまま来たの?」と疑いたくなる程に、ホールに居た時と同じく腕を絡ませ腰を密着させたスキロス様とメリッタさんがやって来て、目を見開き私……ではなく、私の手を取る殿方を見下ろしました。


「アリストス……?」


 そう、今しがた私の手を取り帰りのエスコートをしているのは、スキロス様の為に私がこの国から消したアリストス様なのです。


「ご無沙汰しています。お父様、お義母様。そしてスキロス。その節は大変世話になったようだけれど、それはもうどうでもいい。安心してくれ。僕はこの国の王になるために戻ってきたわけじゃない。」

「そ、そうか……」

「うん。僕が欲しい物は既に手に入ったからね。もうすぐ消滅する国、君にあげるよ。この国の王には、スキロスが相応しい。」

「あ、ありがとう。兄上にそう言ってもらえて嬉しいよ。」


 アリストス様の存在を余程恐れているからなのか、馬鹿だからなのか。

 嫌みにも真意にも気づかず、王位継承権が自分にある事を安堵している愚かなスキロス様。

 しかし、その言葉を聞いて国王夫妻は、青ざめた顔を歪ませて膝をついた。


「そんな事を言わず、どうか……どうかヘスティア様!!」

「この通りでございます!!!!!」


 なりふり構わず顔を地面にべったりとつけて懇願する国王夫妻には、流石のスキロス様も若干引き気味の様子ですわね。

 もちろんアリストス様も私もドン引きです。


「そんなに仰るのでしたら……」


 それでも小さく囁いた私の言葉に、国王夫妻がガバっと顔を上げて一筋の希望でも見出したかのように涙の溜まった潤んだ視線を送ってくるのを、『人ってこんなにも醜い姿に成れるのね』と嫌悪感で細まった目に力を込めて一瞥すると、私の口からは大きなため息が一つ逃げていく。


 結論は、見ての通りで覆る要素などどこにもないと言うのに、本当に愚かな人達ですわ。


「約束は約束ですもの。私の、最後の仕事をさせていただきますわね。」

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