捨てられ令嬢は国を捨てる事に致しました
細蟹姫
第1話
王位継承権第一位であったこの国の第一王子、アリストス様が12歳で行方不明となって3年。
必死の捜索の甲斐もないまま時間だけが過ぎ、国内外から様々な意見が飛び交う中、国王は苦渋の決断を民衆へと告げました。
「第二王子であるスキロスを王太子とする!」
その御触れが出されるや否や、待っていましたとばかりに貴族たちが動きを活発化させたのは言うまでもありません。
というのも、アリストス様は亡くなった前王妃の息子なのです。
たおやかで愛くるしく、国民からの指示の厚かった王妃・セラピア様の息子であり、幼くして慈悲深さと聡明さを覗かせていたアリストス様を次期王にと望む民意とは裏腹に、政界は既に後妻であるケローネ様の息がかかった貴族たちで溢れかえっている始末。
むしろ、良く3年も待ったなと感心する程にスキロス様を時期王に望んでいる声は大きかったのです。
さて……
そんなこんなで、本日は私の婚約者、スキロス様が成人と共に晴れて王太子となったお祝いのパーティーが開かれます。
私は今、その準備中。
思い起こせば長く険しい日々でした。
生まれる前に婚約者となる事が決まっていたスキロス様は、自身を卑下されるお方でしたわ。
何においてもアリストス様に劣ってしまう彼は劣等感の塊で、そんな彼を私は愛おしく感じていました。
彼は私に常に厳しく接していましたが、それは私の至らなさからでしょう。
時には手も上げられましたけれど、常に微笑むことを忘れませんでしたわ。
うっかり彼の過ちを正してしまった時には、己の未熟さを呪いましたわね。
あの時のスキロス様の修羅のようなお顔は、今思い出しても苦笑してしまう程です。
アリストス様に論破され、むしゃくしゃした彼に池に落とされたこともありました。
母から頂いた大切なお守りを踏み壊されたこともありましたわ。
それでも彼を愛する事を止められない私は、彼に寄り添い続けました。
彼のどんな些細な願いも聞き逃すまいと、常にお傍に控えて手を差し伸べ、彼の間違いをそっと正し、先回りしてはその願いを叶え、気分を害した際にはお怒りをこの身をもって静めてまいりましたわ。
おかげで彼の周りには、彼の信者しか残っておりません。
スキロス様とケローネ様の御希望通りに整え固められたこの国で、スキロス様は時期王となるのです。
「ヘスティア様、随分楽しそうですね。」
私の自慢の絹の様に艶やかな黒髪を結いあげていた侍女が鏡越しにほほ笑んだので、『顔に出ていたかしら?』と、緩んだ頬を引き締めるも、どうしたって高鳴る気持ちは止められそうにないから困りもの。
「そうね。今日までの苦労が、やっと報われるもの。」
いつもアリストスに話題を搔っ攫われ、惨めな思いを嘆いていたスキロス様が、今日は王太子として胸を張ってパーティーの主役を務める。
その横に、次期王妃として慎ましやかに肩を並べる私。
想像するだけで―――。
「ふふふっ。出来ましたよ。」
侍女が最後の髪飾りを射しこんで一歩下がる。
私は立ち上がり姿見に全身を映した。
ボリューム満点のフワフワなスカートに反してキュット引き締まったウエスト。
大きく胸元を開けつつも、細腕をしっかりと覆う長袖。
少しすぼめた袖口にはレースのフリルをあしらった、クリノリンスタイルの白を基調としたドレスは、今日の為にお父様が用意して下さった大切なもの。
「よくお似合いです。」
「ありがとう。スキロス様はドレスを贈って下さらなかったけれど、おかげでこんなにも美しいドレスを身にまとう事が出来ましたわ。」
鏡の前で身体を揺らし、その出来栄えをチェック。
所々にあしらわれた黒いレースと金刺繍がお気に入りのドレスは、特別な素材で出来ている為見た目に反して軽やかで、走る事も容易な程に動きやすいの。
髪飾りも、装飾品も、化粧の仕上がりも、今日と言う日に相応しい完璧さです。
――― トントンッ
丁度その時、部屋の扉が控えめに叩かれ、執事と共にスキロス様の側近がやってきました。
「お美しい……」
彼は深いため息を漏らしながら頬を赤く染めて私に惚けていますが、「貴方に言われても全く嬉しくないですわ」と言うのが本音。
「準備に時間をかけてしまって申し訳ありませんでしたわ。」
惚けていないで、さっさと行きますわよ!
と、遠回しに即すと、彼はやっと私に手を差し出しエスコートを始めました。
今日のエスコートはスキロス様ではなく、名前も知らない側近の彼。
スキロス様ったら、エスコートですらも代理をよこすなんて、余程忙しくされている様ですわね。
何でも最近、彼に付きまとうメリッタとか言う名前の男爵令嬢いるらしく、その対応に追われているそうです。
王太子となった途端に近寄って来る令嬢なんてロクなものでも無いでしょうに、スキロス様は無碍には出来ないと甲斐甲斐しく世話を焼いているご様子。
本日のパーティーも、相手のいない彼女をエスコートして差し上げるそうでわ。
本当に、スキロス様は人々の上に立つに相応しい模範的な人ですわね。
「………」
「………」
馬車の中は、沈黙に次ぐ沈黙。
私は名前を忘れる程彼に興味は無いし、彼もまた、ずっと私の胸元に顔を赤らめ鼻の穴を膨らませています。
これ以上無いほどに居心地は悪いけれど、我が家から城まではそう遠くないのがせめてもの救いです。
あぁ、スキロス様。
早くあなたにお会いしたいですわ。
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