玉手箱④
「……え?」
初夏の日差しに晒されて、空の広い地元に降り立った俺は自分の目を疑った。
地元の駅に着くと見慣れない真新しい駅舎に迎えられたからだ。俺が知っているボロくてみすぼらしいものじゃなく、近代的な建物。本当にここで合っているのかと少し不安になる。
駅舎を出て目に飛び込んできたのは、正面のロータリー中央に鎮座している見たこともない綺麗なオブジェ。駅舎の隣の砂利敷きだった駐車場は、ちゃんとコンクリートで舗装され、駐輪場にはLEDのライトもついている。
なんだこの変わりようは。これじゃ浦島太郎じゃないか。
「よう! 久しぶり! 元気してたか?」
「あ……、忙しいのにわざわざ悪いな」
「いいっていいって、友達だろ」
迎えに来てくれたのは結婚式の招待状をくれた翔太だった。
翔太は学生の頃、野球部でキャッチャーだった。体格のいい筋肉質な男だったが、実際に会ってみると年相応に腹が出てきている。でも、屈託のない笑顔や、これだけ地元を離れていた俺のことを「友達」だと言い切ってしまえる辺りは変わっていないようだ。
「駅、変わったんだな」
「ん? あー、もう七、八年前になるか? 駅舎を新しくしたのは」
「この通りも、こんなチェーン店も、昔はなかったのに」
「駅舎を新しくするタイミングでいい道になったんだ。俺たちにとっては昔から住んでる土地だし、買い物はしやすくなったし、いいことだらけだ」
翔太が運転する助手席の窓から、見慣れない故郷の景色を眺めた。
ずっと変わらない場所だと思っていた。何一つ変わらずに在り続けるものだと思っていた。
浦島太郎も、こんな気持ちで故郷の景色を眺めたのだろうか。
「そういえばお前、加代と結婚するんだな。招待状見てびっくりしたじゃないか」
「あれ? 言ってなかったか、すまんな」
加代。本気で好きになった、初めてできた彼女だった。招待状をもらってから、何故だか美しかった思い出ばかり目に付く。
「お前が東京出ちまってから大変だったんだぞ」
「え、なにが?」
「加代だよ。それまで明るくて元気な子だったのにふさぎこんじまって……。相当ショックだったらしい」
「そう、か」
「そん時に俺、決めたんだ。加代を幸せにするって」
「……なんだよ、早速惚気かよ」
「あ、バレた?」
がははと豪快に笑う翔太は俺の知っている翔太なのに、真剣に言うその言葉は俺の知っている翔太じゃなかった。
変わっていくことを、成長したとか大人になったなんて言うけど、俺はなんだ? 何をしている? どういう状態でいる?
変わらないことがあんなに嫌だったのに、いざ本当に変わった事実を目の前にすると置いていかれたような気がしてしまう。
「そういうのは変わったかもしれんけど、変わってないよ、俺たち。こうして友達だから迎えにも来たし、お前が帰って来てくれて本当に嬉しい」
心からそう思っているように、顔をほころばせながら言う翔太は、俺の知っている翔太ではなくなっていた。
つけっぱなしのラジオからはニュースキャスターの無機質な声が、遠い国で兵器が使われたと告げていた。
―完―
Special Thanks:ふう太(兵器)、KNOW (野球)、みーすけ(六甲のおいしい水)
聖徳太子小説 燈 歩(alum) @kakutounorenkinjutushiR
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