第7話 それから
市の競技場からの帰り道の遊歩道で。
「優太、お姉ちゃんはどうだった?カッコよかった?」
短いポニーテールをふるり、と揺らして微笑む深優。
「かっくいかった!」
その横を歩く優太が深優を見上げて、右手を空に向かって掲げた。
「そかそか!なら、だい!まん!ぞく!」
「ぞくっ!」
「次はもっとカッコいーとこ、見せるからね!」
「おー!」
中学二年生になった深優と四歳になる優太が空に向かって拳を突き出す姿に、顔を見合わせて微笑む秀二と優奈。
●
目覚めた後、検査とリハビリテーションを一つ一つ地道にこなし、順調に体力と筋力を回復させていった深優。
主治医のお墨付きをもらって、深優が中学で入部をしたのは陸上部だった。
部活紹介と見学の時に、ポニーテールを靡かせて100メートルを駆け抜ける女子の先輩の凛々しさに心を奪われた深優は、その日のうちに入部届を出したのだ。
小さい頃から駆けっこが大好きで足の速かった深優は正式な指導を受けて頭角を
そして日曜日の今日は、競技会に参加した深優を家族で応援した帰り道であった。
先輩の背中に届かず惜しくも女子100メートル準決勝で敗退した深優だったが、その顔には悔しさよりも楽しくてしょうがない!といった表情を浮かべている。
●
優太の『かっくいかった!』に気を良くした深優。
「じゃあ!お姉ちゃんが抱っこしてあげるから、優太もかっくいー!しちゃう?」
「するー!」
だっこ!と手を伸ばし、顔いっぱいの笑みを浮かべる優太を深優は抱え上げた。
ガッ!!
だが、そこで。
「ふあ?!」
秀二と優奈の手が深優の両肩をがっちり!と捕らえた。
「あ、あれ?」
「深優、まさかとは、思うけど?ま・さ・か!とは思うけど?優太を抱いて駆け出したり遊歩道を全力疾走したり駆け抜けたり、しないわよね?」
「ほあ?!」
図星を付かれ、冷や汗をたらたら、と掻き始める深優。
「深優と優太がそれで怪我をしちゃったら二人が治るまで、お母さん毎日毎日涙をいっぱいこぼして、大声で泣きながら看病しちゃうかも……しちゃうかも、ね……」
あっという間に瞳を潤ませる優奈。
「は、はーい!危ないことはしません!ね?ゆ、優太!」
「うー?」
目配せする美優に、優太は意味が分からず首を傾げる。
そんな深優と優太を見た秀二が、言い放った。
「優太、どれ……深優の代わりにお父さんが優太と一緒に風に……」
「お父さんはお尻、蹴っ飛ばされたいの?!」
「ごめんなさい!!」
「ごめんなさいっ!」
「ごえん、なしゃーい!」
ふしゃあ!!と怒りの表情を見せる優奈に向かって指先まで綺麗に揃えた気を付けから直角に頭を下げた秀二に、深優と優太も真似をして頭を下げた。
「まったくもー……はいはい、おふざけはこれでおしまい。今日は深優、よく頑張りました!優太、応援お疲れさまでした!のご馳走作るから、食べたい物作るわよー」
「ほんと?じゃあ私、チーズ入りハンバーグ!優太は?」
「おむらいす!おむらいす!」
深優と優太が顔を輝かせる。
が。
名前を呼ばれなかった秀二が、恐る恐る問いかけた。
「あ、あれ?お母さん?お父さんも応援頑張ったんだけど、食べたい物聞いてくれないのかな……?」
「お父さんは、深優の代わりにまた美味しい美味しい『負け丼』作ってあげるわよ?深優が次こそ先輩に追いつけるように、いっぱい食べてあげてね!」
「ええー?!」
優奈の言葉に、顔を仰け反らせた秀二。
「あ、あれ確かに美味しいんだけど……見た目がへんにょりしてて……お父さんは力が抜けそうになるんだ……」
「お父さん、ごめんね?でもでも、へんにょりしててもカッコいいよ!お父さんは」
「かっくいー!」
しょぼーん、と肩を落とす秀二に掴まっては飛び跳ね、トン!と体当りをし、しがみついたりと体いっぱいに愛情を表現する深優と優太を見て、自らも秀二の服の裾をそっと
●
夕焼け色にゆっくりと変わりゆく空の下で。
四人は今日も、楽しげに寄り添いあう。
きっと、今夜も。
そして明日も。
これからも。
大好きな家族の側で、顔いっぱいの笑顔で。
【新】深優の日記。 マクスウェルの仔猫 @majikaru1124
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます