そして光の羽が舞う


 ──悪姫ラセツ。長身に黒いセーラー服をまとった少女。


 目元を覆う黒い仮面は、左右に角の生えた鬼面。

 全身にまとった「すごく嫌な感じ」──黒いモヤと混じり合った威圧感 オーラ のせいだろうか、腰下まである長い黒髪は、黒炎のようにゆらゆらうごめいて見える。


「愚か! 雑魚をかばう愚者ばか脆弱よわい!」


 校庭グラウンドの中央から不気味に響くラセツの声。

 彼女の足元で四天王の皆さんはすでに倒れ、土にまみれている。

 対峙する伊吹も地に片膝つき、しかし顔は伏せずに視線を上げ、ラセツをにらみつけていた。


 その背後に仰向けで倒れた千鳥。口元からは、鮮血がひとすじ流れている。


「ゆえに連合うちには不要いらぬ! ここで全滅みなしね!」


 宣告してラセツは右脚を、垂直に天へ振り上げた。

 闇色のストッキングに覆われた美脚から、ローファーの黒い踵ギロチンを伊吹の顔面に振り下ろす。


「──やめなさい!」


 予想外の事態と声に驚いたのだろう。

 黒いかかとは、体を割り込ませた私の肩を軽く叩いただけで、はね返っていった。

 反動でバランスを崩しよろめくラセツは、不思議そうに私の肩と自分の足を見比べている。


「藍崎……なぜ来た……いくらお前でも、そいつは無理だ……」


 背後から、苦しげな伊吹の声がする。

 なぜ来てしまったのか。

 確かに、あいかわらず不良ヤンキーのことは理解できない。

 けど少なくとも、五百鬼 ここ 彼女ヤンキーたちの矜持プライドらしき何かは、感じることができた。


 が、そんなことはぶっちゃけどうでもいい。

 こっちは前世経由 すじがねいり の人助け愛好家 マニア だ。

 したいようにする。理由なんかいらない。


 ──ここは自由な校風の、五百鬼女学園なのだから!


暴力ケンカはやめなさい」


 仮面の下の、ぎらりと血走る両眼を見つめる。

 前世ゆめで見たことがある、力に溺れ、闇にのまれた者の目だ。


「おまえ、理解不能 なんなんだ !」


 苛立ちを隠さずラセツは、両手をするりと私の喉に巻き付けてきた。

 そして尖った黒い爪を肌に突き立てる。

 しかしつけ爪ネイルチップだったのだろう、すぐポロポロ剥がれ足元に落ちた。


「グッ……異常キモいッ! おまえ消逝しねッ!」


 よほどお気に入りのネイルだったのか、本物の爪が剥がれたように表情を歪めつつ、歯を剥き出して必死に首を絞めてくる。

 しかし力の掛け方が悪いのか、まったく苦しくはない。


「こら! それはひとに言っちゃダメ!」


 暴力は大嫌い。物心ついて一度も、誰かに手を上げたことはない。

 でも前世ゆめの聖女さまは、生涯でほんの数回だけ、手を上げたことがあった。


 首を絞めさせたまま、右手をゆっくり振り上げる。青い、空のほうに。


 傷つけるためじゃない。

 だから拳ではなく手のひらで、彼女の頬に「痛み」をおしえる。

 他人ひとの痛みを知って、闇から目覚めてもらうため、私は振り下ろす。


 ──天掌聖裁パニッシュメント


 頭の中で聖女さまの澄んだ詠唱こえが聞こえた気がする。

 手のひらが頬に達する寸前、その軌跡キセキに白く光る羽毛はねが舞い、腕がぎゅんと加速するを見た。


 パン


 手のひらに頬が触れ、乾いた音が響いたのとほぼ同時に。


「──ぐぼぁッ!?」


 異様な声がして、私の視界にはラセツの黒髪のはしっこだけが映る。

 それは打った頬と逆方向に、彼女の体が猛烈な速さで吹き飛んでゆく瞬間だった。


「えっ?」


 理解が追いつかない。

 絶対にありえない話だけれど、私の平手打ちで吹き飛ばされたその体は、校庭上グラウンドを何度もバウンドしながら、どんどん離れて小さくなってゆく。


 そのたび、まとっていた「すごく嫌な感じ」──黒い威圧感オーラが剥げ落ちてゆく。


「「「えええ!?」」」


 並木道の方から不良ヤンキーの皆さんの声がハモって聞こえた。

 あっ、これ、完全に私がぶっ飛ばしたと思われてしまってる。


 えぇえぇぇェェェ……


 さらに校舎の窓からもたくさんの声が響いてくる。


 ……ぉぉォオオおおおお────!


 しかも途中から、歓声に変わっていった。

 まずい。全校生徒にまで、されてしまったかも知れない。


 ただ、今はそんなことよりラセツが心配だ。

 何が起きたかはわからないけど、あんなに吹っ飛ばされて無事では済まないはず。


 校庭グラウンドの端のほうで、地面に頭をめり込ませた彼女は、よろよろ立ち上がった。

 どこかで外れた仮面の下は、気弱そうな顔立ちの少女だった。

 困惑した様子で、周囲をきょろきょろと見回している。


 意外と平気そう。あの黒い威圧感 オーラ がクッションになったのだろうか。


 胸を撫でおろし、ふと微かな「嫌な感じ」に足元を見る。

 そこにラセツの黒い仮面が落ちていて、周囲に黒いモヤを漂わせていた。


 これが元凶か。私がにらみつけると、仮面はビクンと震えてからサラサラと黒い砂になり、風に運ばれ消えていった。


 彼女があんなに吹っ飛んだのは、平手打ちで仮面が外れたとき、抑えつけられていたものが解放されたから……とか……うん、そんな感じにしておこう。


ラセツさん あのひと 、たぶんそんな悪い人じゃないから、ほどほどに許してあげてください」


 足元のおぼつかない伊吹に手を貸しつつ、お願いする。


「お前がそう言うなら、そうするしかないだろう」

「……え?」


 彼女は立ち上がると、一歩退いて千鳥を抱き起こした。

 四天王の皆さんも彼女ちどりもボロボロだけど、立てないほどではなさそう。


「お前は四天王を倒し、あたしを降参させ、その上でこの学園を守った。そんなお前に、言わなきゃならないことがある」


 伊吹は私に向き直ると、まっすぐな瞳で私を見詰めてくる。

 ……この胸の動悸どきどきは、人見知りとは別のもの……?


「ようこそ五百鬼女学園へ。────第十三代目総番長、藍崎アイノ!」


 高らかに言い放って、十二代目 かのじょ は深々と頭を下げていた。


「──はい!?」


 あっ……今のは了承の「はい」ではなく!

 しかし見回せばすでに、四天王も他の不良ヤンキーの皆さんも全員がこっちに深々と礼をしている。


 その光景が、前世ゆめで見た聖騎士団からの敬礼に重なって、呆然と見上げた空はどこまでも、どこまでも青かった。



 ──これが、後に学園史上最強の総番長『無敵聖女 アイギス 』藍崎アイノとして名を馳せて私の、伝説の一ページ目である。

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藍崎アイノは聖女で無敵 〜前世が聖女なJKは、最凶ヤンキー学園でも聖なる加護で無自覚に無双してしまう〜 クサバノカゲ @kusaba

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