愚か者は嗤う
街の明かりがあるとはいえ、外は夜だ。
独特な暗闇に、オメガの白い肌がより一層引き立った。
「よく、見て」
そう言って蒼也は顎を上にそらした。細い首に巻かれたネックガードが蒼也をオメガだと知らしめている。それを恨めしいと思いつつも、外させなかったのは城崎だ。番うわけではなければ、それは外すべきではない。ただ、今日がまだその日ではないだけだ。
「もっと、見せろ」
城崎の舌が、自身の薄い唇を舐めた。
「いいよ。もっと見て」
城崎の後頭部に回していた手を放し、自分の体を完全に背後の窓ガラスに預けた。見せつけるように背を伸ばし、胸をそらせた。同時にゆっくりとフェロモンを出していく。緊張で乾いた唇を舐めると、その舌に城崎がすかさずくらいついてきた。軽く食まれ、それから強く吸われる。舌の付け根がピリピリと痛かった。けれどそれさえも甘い疼きを生まれさせるに過ぎない。
腰が揺れ、自分で持っている足をつかむ手に力が入る。下腹がうずき始めていることを自覚しつつも蒼也は空いている方の手を再び伸ばし、城崎のネクタイをつかんだ。そうして片手で強引にネクタイを緩めていく。蒼也の学校のネクタイと違い、弁護士先生なんかをしている城崎のネクタイは上質だった。布地が滑らかだからか、簡単に解けていき、蒼也はそれを確認すると、今度はシャツのボタンを外しにかかった。
上げていた足を再び城崎の体にからめる。それを待っていたかのように城崎が下半身を押し付けてきた。そこから城崎がずいぶんと熱を帯びていることがうかがい知れた。
蒼也の手が城崎の肌に触れた。弁護士のくせに随分と引き締まった体をしているのは、アルファだからだろうか。緻密な筋肉を指先で感じながらも、蒼也は城崎の体をまさぐり続ける。それに答えるかのように、城崎の手が蒼也の肌に触れた。薄い胸板についている赤い尖りはいまだ未発達で幼さを保っている。
指先に感じるその幼さに歓喜しつつ、城崎は丁寧に愛撫を始めた。シェルターで過ごした三年間、発情期を一人で過ごしたのだから、こんなとことをいじるなんて考えもしなかったのだろう。おおよそ男の子のする程度の行為で過ごしてきたとしか思えないほどに、蒼也の体はオメガとしてアルファを迎える作りに育ってはいなかった。
「いい子だ。俺が教えてやる」
城崎の指先が丁寧に裕也の肌を滑っていく。傷つけないように慎重に、それでいて反応があればそこを執拗に攻めた。
「肌の色が違うところは皮膚が薄いんだ」
そう言って城崎の指は唇から順に下へと移動していく。感触の違いを分からせるためなのか、皮膚の色の境目を何度もしつこく刺激して、蒼也の腰が揺れ始めると移動していく。臍のくぼみ、腰の括れの輪郭をなぞると、小さく震える蒼也をかすめるように指先を動かした。
「ここは、もう一生使わせない」
耳元で低い声が宣言した。
それを聞いて蒼也の体が大きく震えた。言葉の意味を聞き返そうとした時、城崎の指が蒼也の胎内に侵入した。
「っんん」
思わず鼻から抜けるような声が出た。驚きすぎて城崎のシャツをつかんでいた。あと少しで城崎のベルトに指がかかるところであったのに、蒼也の体は硬直して動けなくなった。
「ここは、弄ばなかったのか」
そんなことを口にするけれど、別段城崎は蒼也に問いかけているわけではなかった。いい加減、触ればわかるものである。このオメガが、何を知って何を知らないかなんて。
それは城崎が仕掛けた罠だった。
シェルターで長いこと過ごしてきたオメガは、よくも悪くも物分かりが良くなるものだ。居心地のいいシェルターで、よりよく過ごすためのことをよく見ている。だから、光汰は城崎を利用するために蒼也の面倒を見ていたのだ。ちゃんと、教えなくていいことを教えず、それでいて必要なことは余さず教える。それができる光汰であるから、洋一郎と番うことなく関係を保ったのだ。もちろん、そこには城崎の口添えがあってのことだ。光汰のおかげで蒼也はオメガらしくなり、それでいて城崎が最初に見た通り自我をはっきりとさせて成長した。
「だって、そんなとこ……きたな、い」
知識としては知ってはいても、怖くて発情期にさえ自分でそこだけは触れなかった。フェロモンを操ろうと意識をし始めた時、そこからなにか液体が出てきていることを自覚はしたが、怖くて確かめられなかったのだ。だから、シーツが変にごわついたり、下着が少し汚れても見ないふりをしてきたのだ。
「汚い?」
城崎が引き抜いた指を蒼也の前に出して見せた。指は二本。人差し指と中指で、なぜだか知らないが変な艶を帯びていた。
「な……っ」
蒼也が口を開いたとき、城崎が見せつけるように指を舐めた。しかも口を大きく開けて舌をゆっくりと大きく動かして。目線はしっかりと蒼也とあっていた。
「お前の甘い匂いがするな」
言われた途端、蒼也の体温が跳ね上がった。耳にうるさいほどの鼓動が聞こえてくる。一瞬で、城崎のアルファのフェロモンが蒼也を包み込んだ。尾てい骨から項まで、一気にしびれにも似た何かが駆け上がってきたのを自覚した。
「ほら、見せてやれ」
城崎が蒼也の体を反転させた。
そうすると、火照った体が冷たいガラスにピッタリと触れた。熱を覚えたばかりの尖りが冷たいガラス窓に押しつぶされた。
「ひゃあ」
その冷たさに蒼也が驚くと、ガラス越しに城崎が嗤ったのが見えた。
「見てもらえ」
城崎の声が耳元で聞こえた。目の前の暗いガラスに城崎の姿が映り、これから何をされるのかわかってしまう。いや、もとからこの部屋に入った時から何をされるのか分かっていた。知っていた。それを、どのようにするかさせるのか、駆け引きをしていたにすぎない。今日は負けることが分かっていた。
「ゆ、っくり、して」
蒼也は跳ねる体を落ち着かせながら言葉を発した。
「いい子だ。ほら、足を上げろ」
城崎は蒼也の片足をわざわざ上げて、ガラス越しに見えるように角度を変えた。
見せるのは、誰になのか。そんなこと、蒼也はわかっていた。だから、ガラス越しに眼下の夜景をながつつ、そこに映り込む肌色をしっかりと見つめた。
「あっ」
最初に来た衝撃は、腰に軽い衝撃を与えてきた。それから小刻みに揺り動かし、胎内がこじ開けられるような、脊髄を伝わって耳鳴りとは違う音が鼓膜に響いた。
「これを外せ」
外耳に響く声がして、軽くかまれた。外せと言われたものがなにかわかるだけに、この体勢でその行為をすることが恐ろしいと感じた。だが、蒼也は自身のフェロモンを制御して、そっと両手の指を所定の位置に押し当てた。
機械独特のアラームが鳴った。それがなんの合図なのか、蒼也はこの三年間でよく知っていた。
指を離せば、カチリとした小さな音がして、そのあとに足元で鈍い音がした。
「いい子だ」
喉の奥で嗤っているようなそんな声がした。それがなんの意味を持っているのか蒼也にはわからない。けれど、ガラスに映る城崎の手にはなにかがあった。それをゆっくりと蒼也の首に巻き付けてきた。
「卒業祝いだ」
柔らかな肌触りが蒼也の首をゆったりと包み込んだ。
「俺がいなけりゃ外せないから安心しろ」
そう言った途端、城崎の腰が鋭く蒼也に打ち付けられた。
「こうやって覚えさせるんだよ。数値がな、登録されるんだ」
言われた意味が分からなくて、蒼也は慌てて首に手をやった。滑らかな生地に冷たい金属を感じた。ここに何かがあるようだ。つくりは極めてシェルターのネックガードに似ていた。
「わかったか?ほら、いくぞ」
そう言って城崎の動きが激しくなった。蒼也はそのたびに首元から聞こえる音で正気を取り戻す。脳が揺さぶられて抗えない快楽が襲ってきて、それを蒼也が受け入れた時、蒼也の胎内に城崎の熱が放たれた。
「朝だ」
パチリと目が覚めた。
もともと寝起きはいい方なので、寝起きで頭がぼんやりすることはほとんどない。だが、今日に限っては体がだるかった。おまけに、なんだか自由が利かない。修学旅行で光汰と寝た時のようだ。
(ああ、そうだった)
寝返りを打つまでもなく、寝起きからクリアな頭ははっきりと昨夜のことを覚えていた。隣に眠る綺麗な顔をしたアルファとしたのだ。だが、番になったわけではない。
首元に手をやると、そこには新しいネックガードが巻かれていた。昨夜はよく見えなかったけれど、肌触りを考えるとモノはかなり良さそうだ。蒼也はそっとベッドを抜け出して、パウダールームへと移動した。白を基調とした綺麗な作りで、品よく金色の装飾が施されている。そこにある大きな鏡に身を乗り出して自分の首元を映し出した。
「すっげ、ブランドもの。さすがは弁護士先生」
そんなことを言いながら、スマホで鏡に映った自分の首元を撮る。鎖骨の具合と、執着の痕がいい感じに映せた。それを光汰に送りながら、ベッドに戻り腰かけながらSNSにアップする文面を考える。そこにはすでに色々な#卒業が並んでいた。
「やっぱ、番って出すといいねが増えるよな」
そんなことを呟いた蒼也を背後から大きな手が抱きしめた。
「こら、何してるんだ」
そんなことを言われても、穏やかなアルファのフェロモンでは意味はない。
「ん?幸せ自慢?」
嗤われるかもしれないけれど、愚か者の愛を手に入れたのだ。
愚者の愛 ひよっと丸 @hiyottomaru
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます