「柿の種食っていい?」
斎藤秋介
「柿の種食っていい?」
「ねぇ、柿の種食っていい?」
とか言いつつ、もう食ってんだけど。
ボリボリ。
ボリボリ。
ボリボリ。
「あ、なんか馬鹿にしてるでしょおれのこと。おれ本気で柿の種美味いと思うんだけどなぁ。ベビースターラーメンとどっちが美味いと思う? ……うん、知ってるよ。じゃがりこが好きなんでしょ。はいはい。こんどお菓子が食べれるラブホに連れていってあげるよ。ラピアっつーんだけどさ。おれラブホ名人なんだよね」
ボリボリ。
ボリボリ。
ボリボリ。
「おい、無視すんなよブス。……いや、ウソウソ。冗談だって。……え、なんでスマホこっち向けてんの? やめろよオイ。晒すなよ。晒すしたら殺すからな? てめぇふざけんなってマジで。スマホおろせよ。画面バキバキにすんぞっ!」
そんなわけで一人目は失敗だった。
まあぶっちゃけいまの女はブスで貧乳だったからな。いらん。あの身体ではイケねぇわ。ウォーミングアップみてぇなもんだな。女なんて星の数ほどいるんだ、気にするこたぁねぇよ。
目の前をグラマラスな女が歩いていった。
おれはさっそく横に並ぶ。
「うわっ、エロっ! なにやってんの? 大学生? ……キャバでしょぶっちゃけ? まあこの時間に歩いてるってことは売れないキャバクラ嬢でしょ? お仕事おつかれさまーっす! ほら、1000円やるよ、雌豚」
雌豚はおれから1000円札をひったくると、無言でそそくさと出勤していった。
そういうわけで二人目は失敗だった。
まあ、冷静に考えてキャバクラ嬢を引っかけるのは無謀にもほどがあったな。1000円返せよ。柿の種4個くらい買えるんだが。
「お、きみ大学生でしょ? いや絶対そうだって。このへんにいるってことは慶応でしょ? でもきみ超頭悪そうだから看護学部だろ。おれフリノロジーってやつの使い手だからわかるぜ。理科三類で精神医学学んでんだよね。だからこういう推理得意なんだ。……とりあえず金くれよ、金。慶応ガールって馬鹿だけど金持ってそうじゃん。おれの女になってよ。……え、なに? なんで無言で蹴ってくんの? お嬢様は人のこと蹴らねぇだろ。もしかしておまえ桜美林大生か? 馬鹿そうだし上智って感じではねぇもんな。わざわざこんな遠くまで出張してんじゃねえよ。慶応のふりすんなよ低学歴がっ!」
おれはペッ、とツバを吐き捨てる。
そういうわけで三人目は失敗だった。
これだからキリスト教徒は……。
馬鹿は二度と信濃町の土地踏むんじゃねえよ。ここは創価学会の本部だからよっ。
宗教戦争で勝てるのはシヴィライゼーションの世界だけだっつーのっ! 壺でも買わされとけっ! まあそのくだらねぇ学生証がすでに壺みてぇなもんだけどなっ!
――ガラララッ! ――ガラララッ!
「おっ、ぴえんじゃん! ぴえんぴえん! おまえ悲しくなんねぇの? みんながキラキラ・キャンパスライフ謳歌してるこの時間にキャリーケース転がしてさぁ。転々虫のやりすぎで職場なくなっちまうぞ。……おれ? おれはスカウトマンだが? 見ろよこの全身ハイブランドの頭悪そうな見た目を。おれは明らかにスカウトマンだろうが。おまえコミュ障陰キャっぽいから個室待機の店紹介してやるよ。はい、これおれのLINEIDね。困ったら連絡してこいよ。おれにとって都合の良い条件の店紹介してやるから」
そういうわけで四人目は失敗だった。
まあ見えている地雷だったからな。正直これは声をかけるまでもなかったな。なんつーかさぁ、黒マスクしてああいうフリフリのエロい格好とメイクしておけば誰でも可愛く見えるんだって。
関わんないほうがいいよ、ああいう女は。危ねぇし。頭ぶっ飛んでるから開示請求上等で晒し行為とかしてきそうじゃん。情報与えないほうがいい。火に油をそそぐようなもん。カイオーガにしおふきだよ。それくらいヤベぇ。
ボリボリ。
ボリボリ。
ボリボリ。
5人目、6人目……その後も声かけを続けていったが、今日はなかなかちょうどいい穴が見つからない。――なんでかなぁ。柿の種とか食ってるからかなぁ。素直じゃねえよな、日本人って。道ばたで柿の種食っちゃいけないってルールあるの? もっと自由に生きようよ。
そんなわけでおれは秋葉原にやってきた。
「えっ、きみ可愛くない? エロゲとかやんの? その見た目で? え、めっちゃ可愛いじゃん。しかもなんでそんな陵辱物のエロゲばっかチェックしてんだよ。シナリオゲーじゃないんだ、女の子が好きなのって。……てかさ、そのゲームと同じようなこと現実でしてみたくない? おれのバズーカ砲でけつあな確定だぞ。……おれ? おれはポケモンカード買うと見せかけて遊戯王カード買いにきた。おれみたいなイケメンが遊戯王やってるとか馬鹿にされんじゃん。ポケモンは馬鹿にされないけど。アキバでしか買えないよね、遊戯王は……んでなんか運命感じたからこのエロゲショップ入ってみたらきみがいた。……え、マジ? 飲みいく? え、きみの店? 2000円? マジ? 2000円で飲めんの!? 行くわっ!」
そこは違法なコンセプトカフェで、そのときボクはレモンサワーに酔っていた。
たぶん、10杯くらい飲んだと思う。
お会計を済ませようとすると、30万円だと言われた。
おれは走って逃げた。
逃げて逃げて逃げたその先には、異世界があった。
ボクは最強無敵の勇者になり、いくつもの世界を救った。だいたい100万個くらいだ。この数字はだいたい違法なコンセプトカフェの3時間分の時給に匹敵する。ボクはすべての世界を救いきるまで、あの秋葉原のエロゲショップで出逢った女の子のことを忘れたことはなかった。何人もの女の子を性奴隷にし、ハーレムの山を築き上げた。しかし、ボクの頭にはいつもあの女の子の顔が落ちないマン臭事変のようにこびりついていた。
――「破壊神を破壊した男」
そんなフレーズを思い出した。
とどのつまり、ボクはたしかに最強無敵の異世界勇者だが、現実世界に戻ればコンカフェ嬢ひとりにすら歯が立たないほど無力な存在なのだ。
それからというもの、ボクはすっかり戦うことをやめ、たいそうな使命感のすべてを捨てた。
そんなことよりスローライフを満喫しよう。
ボクは田んぼを耕し、稲を育てた。
そのお米で柿の種を作った。
ボクは子種を撒くかわりに、柿の種を異世界人に撒き散らした。――ボクはすっかり去勢されていた。
柿の種により食糧難を解決した異世界人はどんどん子どもを作っていった。やがて、人口爆発が問題化した。
人々は戦争を始めたが、ボクには関係がなかった。
ボクは東京の風景を思い出していた。
そこには疲れ果てた人々の顔があった。
ボクは若いころ、東京で何者かになりたかった。それはおそらく他の誰もがそうだったのだろう。いま思えば東京はそこそこ醜い都市で、「金こそがすべて・勝者こそがすべて」という絶対的な価値観に支配されていた。東京に暮らしていて、“お金”を意識しないことは難しい。金を稼ぐためなら多少の手段は問わない、という感じだ。「騙されるほうが悪い」という考えは異世界にはないものだ。
そんな若者の健気な夢を邪悪な紙幣に変換していたのが東京という都市だったのだ。
裸の王様が集まったら東京のような都市ができあがるのだろう。――誰もが知っているとおり、彼らが着ているのは“お金”なのだ。
だからボクは資本主義を憎み、柿の種によって異世界に共産主義をもたらした。
異世界人は馬鹿だから共産主義の功罪を論じることなどできない。
魔法を商売に活かす知能も持っていない。
――つまり、これが人類の“答え”なのだ。
文明が原始時代に回帰すれば、あらゆる階級・格差はなくなる。そこには真に平等な世界がある。
けっきょくボクは寿命がおとずれる1919歳まで戦争を見届けたが、ついぞ終わりを見ることはなかった。
石とこん棒で消える命よりも生まれる命のほうが多いのだ。
「ねぇ、柿の種食っていい?」
ボクの目の前におれが立っている。
若かりしころのおれが、空気に抵抗している。
暴走しそうな自我のなかで、見えない敵意と戦っている。
ボクはもう歯が抜け落ちており、ボリボリ、と音を立てることはできない。
噛まずに流し込むと、おれの喉は簡単に詰まった。
「柿の種食っていい?」 斎藤秋介 @saito_shusuke
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます