第197話 再会






「た、小鳥遊……」


 俺は驚きのあまり二の句を告げないでいた。

 エウリフィアに呼ばれて建屋の影から現れたのは、まぎれもなく元の世界の後輩の小鳥遊 夏海だった。


 小鳥遊は死んだ魚のような目をしていて、どんよりと落ち込んだ雰囲気だ。

 はっ、と俺に気づいたかと思うと、駆け寄り胸に飛び込んできた。


「先輩先輩先輩先輩先輩先輩……」


 俺は泣きじゃくる小鳥遊に、どうしたもんかとオロオロと狼狽える。

――夢じゃないよな?

 俺は足元がふわふわと覚束ない感覚に陥りながらも、考えを巡らす。


「あらぁ~? 知り合いだったの~? ちょうど良かったわね」


 エウリフィアは金色の瞳をキョトンとさせながら腕を組んだ。


「フィア……これは、どういうことだ?」


 俺は未だに取り乱している小鳥遊の背を撫でつつ、エウリフィアに疑問をぶつけた。


「どうもこうも無いのよう~。勇者の一人が精神的に不安定だから聖堂にお鉢が回ってきたのよう~。聖堂も勇者の面倒の見方なんて知らないから、お姉ちゃんに相談してきたってわけ」


 ふむ。エウリフィアが言うには、小鳥遊はどうも召喚された勇者の一人、ということか……。


「それで、ウチで面倒を見るとしてもどうすればいいんだ? 小鳥遊なら一向に構わないが……」


 俺は勇者であるらしい小鳥遊の扱いに疑問を覚えながら、逡巡する。

 勇者ということは、魔王を打倒しに行かなければならないはずだ。

 できるのか? 小鳥遊に。


 俺は厚い雲に覆われる空を睨みつけた。

 因果なものだな。俺がこの世界に飛ばされてきて一年後、小鳥遊まで来るなんて。


 小鳥遊が落ち着くまで待ち、俺たちは小屋の中に移動した。

 小鳥遊はまだスンスン言っているが、当初よりはマシになった。

 居間でエウリフィアに今後の動きを聞く。


「フィア、他の勇者はどうなっているんだ?」


「ん~、お姉ちゃんも詳しくは知らないけど、国がお供をつけてそれぞれ修練しているらしいわよ~?」


 ズズズとお茶をすすりながら答えるエウリフィア。

 ほうほう。ウチからスティンガーのダンジョンに通えば、修練の名目は立ちそうだな。


 そこへ狩りから戻ってきたミーシャとガーベラが意気揚々と居間に入ってくる。


「今日はなかなかの大物だったな」


 汗を拭きながら上機嫌のミーシャ。赤毛の尻尾がゆらゆらと揺れている。


「うむ。我もあのような見事な鹿はなかなかお目にかかったことはないぞ」


 ガーベラも若干興奮気味で今日の成果について話している。


「む? お客さんか」


 ピタリと止まるミーシャ。落ち着きつつある小鳥遊を碧の瞳で見つめる。


「ぬ? 我にそっくりだぞ?」


 ガーベラは瓜二つの小鳥遊を見て、オレンジの瞳を丸くさせていた。


「おう、おかえり。今日は大物だったようだな?」


 俺はミーシャとガーベラの二人に労いの言葉をかけた。


「コウヘイ、何の話をしていたのだ?」


 ミーシャが俺に疑問を投げかけてくる。


「う~ん……勇者の今後について、かな?」


 俺は腕を組んで宙空をにらみながら答える。


「なんと! そこの女子は勇者であったか!」


 ガーベラが驚きの声を上げる。なんだか嬉しそうだ。


「はい、弓の勇者に、選ばれました」


 小鳥遊が浮かない表情で答える。


「ウチからスティンガーのダンジョンに通うってのを考えていたんだけど……」


 俺はミーシャとガーベラに説明した。

 顔見知りの俺がいるこの拠点なら小鳥遊の心もいくらか晴れるかも知れない。

 小鳥遊はウチでゆっくりしつつ、勇者の修練とやらを続ければいいんじゃないか?


「ふむ、一人では難儀だろう。ミーシャがついていくぞ」

「うん、我も名乗りを上げよう。子供の頃に読んだ物語の勇者と、行動をともにできるとは光栄なことだ」


 ふむふむ。そうすると盾役がいるな……。


「じゃあ、アインを連れて行ってくれ。これでバランスがとれるはずだ」


 俺はミーシャとガーベラに提案した。


「えっと……そのう……」


 流れるように決定した様子を見て、小鳥遊がアワアワと狼狽えている。


「おっと! まだ紹介していなかったな。彼女は小鳥遊 夏海だ。夏海が名前な」


 俺は小鳥遊を紹介していなかったことを思い出し、付け加えるように紹介した。


「ふむ、ミーシャだ。よろしく頼む」


 ミーシャが小鳥遊に握手を求めて手を差し出した。


「夏海です……よろしくお願いしますっ」


 ミーシャの手を両手で握る小鳥遊。


「我はガーベラだ。なんだか自分そっくりな人物が勇者なんて、神のいたずらみたいだな」


 ガーベラも苦笑気味に手を差し出す。


「はい。私も不思議な気分です……」


 ガーベラの手を握り返しながら答える小鳥遊。

 こうして彼女たちが並んでいると、まるで双子みたいだな。

 角や尻尾、髪の色の違いなんかはあるけどさ。


「して、夏海は何の勇者なのだ?」


 ガーベラがワクワクとした面持ちで俺に尋ねてくる。


「えっと……それはまだ聞いてなかったな。小鳥遊、何の勇者なんだ?」


 そういえば、と小鳥遊に聞く俺。


「弓の勇者です。弓に選ばれました」


 小鳥遊が自信なさげに答える。


「おお! 弓か! 弓もいいな! 我は剣の勇者の話が好きだったのだ!」


 ガーベラが興奮気味に答える。


「ミーシャも勇者のおとぎ話はよく読んでもらったな。ミーシャは短剣の方が素養があったので変えてしまったが、最初は剣の訓練から始めた」


 ミーシャがしみじみと答える。

 勇者の話で盛り上がる彼女たちを置いて、俺はそっと夕飯の準備に立ち上がるのだった。

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【Web版】異世界に射出された俺、『大地の力』で快適森暮らし始めます! らもえ @Mr-Panty

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