第2話 義妹は好きが押しころせない
◆ 【薫視点】
カレーは上手くできただろうか。
今日はお母さんたちは仕事で遅いし、蓮君も委員会の仕事があるからいつもより帰ってくるのが遅いことはわかっていた。お母さんから出前でも取っていいよとは言われていたけどせっかくなら私が作ったものを食べて欲しいなと思ってカレーを作った。
玉ねぎは飴色になるまで炒めたし、圧力鍋を使って作るから水の量にも気をつけた。味の方はカレールーが上手く整えてくれているはず。
別にこのカレーで蓮君の胃袋を掴もうとかそういうのじゃない。
だって、蓮君が好きなタイプの女の子は私みたいなタイプではなくて、小柄で胸も大きくて、ふわふわした感じのいかにも可愛い系の子だ。本人から直接聞いたわけではないけど、隣の席から彼の様子を観察していると、時々目で追っているのはそういう感じの女の子だからだ。
だったらせめて義妹として嫌われない良好な関係……、できれば、友達みたいに仲良くできる関係ぐらいにはなりたいとは思っているのに、
「薫のカレーは美味しいから楽しみだな」
どうして自然にそんなことを言うのだろう。そこに特別な感情がないとわかっているのに自分の意志とは関係なくドクンドクンドクンと心臓が喧しく鼓動する。
な、なんでこんなに動揺するの。蓮君はただカレーが楽しみって言っているだけなのに…………。
平常心、平常心と言い聞かせながら深呼吸を繰り返して喧しい心臓を宥めて、熱くなった背中を冷ます。
……よし、大丈夫。
蓮君って時々こうやってクリティカルなことしてくるんだよね。でも、それに押されてそっちの方に流されたらきっと今の関係は維持できない。蓮君に特別な感情を抱くことなく家族として兄妹として上手くやっていく。それ以上の感情は持たない。
このカレーを蓮君が美味しそうに食べてくれるそれだけでいいではないか。
そのことを何度も自分に言い聞かせながら皿にご飯とカレーを盛り付ける。
「はい、どうぞ、召し上がれ」
すでにダイニングテーブルに着いている蓮君にカレーを持っていく。すぐに自分のものも盛り付けて食べることにしよう。
「いただきm……」
蓮君の言葉が途中で途切れたのでどうしたのだろうと思って、もう一度ダイニングテーブルに向かうと蓮君がスプーンを持ったまま固まっている。
「どうかs……って!」
私が蓮君に盛り付けて渡したカレーは皿の真ん中にご飯が盛ってあって、その周りにカレーがかけてある盛り付けなのだが……、ご飯がハート型になっている。
な、なんでこんなことに。さっき気持ちを落ち着けようとして深呼吸をすることに集中しすぎたからなの? 気持ちを押さえようとしたら別のところからだだ洩れになっているじゃないの。
一気にさっきの何倍も心臓が喧しくなって、背中は熱いどころか一気に汗が噴き出してきた。
「ち、ちがうのこれは……、ま、まだ、盛り付けが途中だったら」
私はそう言い終える前に蓮君が持っているスプーンを奪い取り、真ん中のハート型のご飯を一気に崩してカレーと混ぜ合わせた。
「……こうした方が均等に混ざって、後からカレーが足りないってこともないから」
あー、私は何をやっているのだろう。絶対に今のは誤解されてる。
◆ 【蓮視点】
――同日、夕食後、風呂も済ました深夜の俺の部屋にて――
「ほら蓮君、落ち着いて、ちゃんと握って」
「うん、ここはゆっくりデリケートにしないと」
「大丈夫、ちゃんとサポートしてあげるから今日は最後までいける」
明日は土曜日ということで薫が俺の部屋に来て、薫の好きなオープンワールドアクションゲームをしているのだけど、俺はあまりアクションゲームが得意というわけではないので日々悪戦苦闘しながらこのゲームをしている。
このゲームの世界にはたくさんのダンジョンがあってそこをクリアするにはさまざまな仕掛けを突破しなければならなのだけど、それにはコントローラー自体を傾けることで仕掛けが動くものがある。これが意外と難しくて繊細なコントローラー捌きが求められる。
俺はコントローラーを傾ける操作が雑なので失敗することが多い。そこでそれを見かねた薫が床に胡坐で座っている俺の後ろから膝立ちになって腕を肩の上から回すように伸ばして、コントローラーを握っている俺の手を握って一緒に操作し始めた。
えっ!? なにこれ? ちょっと薫さん近すぎやしませんか!
「ほら、ここタイミングをよく見て」
近いうえに耳元で囁かれることでゾクッとしてしまう。
もはやゲームにだけ集中するなんてことはできない。
王子様系イケメンの薫ではあるが、俺の手を握っているその手は間違いなく女の子って感じだ。男のごつごつした手とは全然違う。
指は長いし爪も綺麗だ。こういうのを白魚のような手って言うんだっけ。
「あっ、これじゃ遅い」
薫の手に目をやってしまったせいで操作を誤ってしまった。
薫が動く度に風呂上がりのいい香りが薫と一緒に動いて、それが俺の鼻をくすぐるのでくらくらしそうだ。見た目はどう見てもイケメンの同性なのにそれ以外のところは女の子なので脳の処理が追いつかない。
「ほら、もう一回頑張ろう」
再挑戦を促されたところで俺は振り向いて薫の方を向いた。薫の顔は思っていたよりも近くて目が合った瞬間にドキッとしてしまう。
まずい、俺の心の開かずの扉が開こうとしている気がする。
目の前に広がる薫の白くまっさらな肌、ぱっちりとした目、整った唇。俺が女の子ならこの距離で目が合うだけで恋に落ちてしまいそうなほど綺麗だ。
「か、薫、サポートは嬉しいのだけどちょっと近くないか」
「…………」
白かった薫の顔があっという間に上気していくのがわかる。薫が握っていた俺の手は解放されて、回されていた腕もするすると元の位置に戻る。
そして、膝立ちから正座になって結ばれた手は腿の上に置かれて顔は俯いたままだ。
「ご、ごめん。蓮君がゲームやっているの見てたら私も楽しくなって……」
薫は恥ずかしさのあまりか泣きそうな声になっている。
楽しくなってテンションが上がって勢い余って俺の手を握ってしまったのだろう。それを俺が近いから離れてくれみたいな言い方をしてしまったから薫を傷つけてしまったに違いない。
きっと薫がこうやって一緒にゲームをしようと誘ってくれているのは家族になったばかりの俺たちの距離を縮めて早く仲良くなりたいと思ってのことなのに、それを無下にするようなこと言ってしまった。
俺が勝手に薫のことを変に意識してしまったからよくなかったな。
「俺の方こそごめん。せっかくサポートしてくれているのに今みたいなこと言って。えっと、その、俺は別に薫のことが嫌いとかいうわけじゃないんだ。なんていうか、薫って綺麗じゃん。そんな薫があんまり近くにいるとちょっと落ち着かないっていうか。ずっと一緒に暮らしている兄妹ならそんなことはないのだろうけど、俺達って最近一緒に暮らすようになったばかりだから俺もまだ慣れないというか――」
そこまで話したところで薫が今度は正面から俺をハグしてきた。
「蓮君は私が今みたいにしたら落ち着かない?」
これ以上の密着はこちらの城門が突破されてしまうと思って、俺は薫の肩を掴み一度引きはがしてから話した。
「当り前だろ。学校で薫推しの子たちに今みたいな事したら落ち着かないどころか、昇天しちまうぞ。薫にそんなことされて平常心でいる方が無理だっての」
「ふーん、そっか、蓮君は妹にハグされると平常心でいられないんだ」
「だ、だからそれは――」
「よかった。それじゃあ、そろそろ遅いから私は寝るね。おやすみ」
俺の言葉を遮るようにしておやすみを告げた薫は足早に俺の部屋から出て行った。
でも、その時に一瞬見えた横顔はさっきまでの恥ずかしそうな時と同じくらい赤かったけど表情は嬉しそうだった。
俺は薫が出て行ったドアに向かっておやすみと言ってからゲームの電源を切った。
〈終わり〉
こちらの作品の長編を現在創作中です。12月中には連載開始したいと思っています。
【短編版】可愛い義妹ができるので会ってみたら王子様系イケメンのクラスメイトがいた ~義妹は俺への好きがおしころせないようです~ 浮葉まゆ@カクヨムコン特別賞受賞 @mayu-ukiha2
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