入学試験

 端的に状況を整理しよう。

 今俺の立っている地面はプリンになっている。どうやら彼女-リンリンが触れたものはプリンに変わってしまうらしい。ただ、その作用は無機物だけのようだ。有機物にも作用するなら、この間暴発した時に俺もプリンになってしまうはずなのだ。


「くそっ」


 底なし沼のように一歩踏み込むとどんどん下に落ちて行ってしまう。


「謝る気になったかしら?」


 今、無事なのは彼女の足場だけのようだ。

 はっきり言って、なめていた。彼女の能力が物体をプリンに変えると聞いた時は、そんな能力なら無い方がましだ、とまで思ったほどだ。

 しかし、彼女はそんな一見すると短所とも捉えらえる能力を認め、訓練していたのだ。まるで、俺が自分の無能力を認め、修行に励んだように。


「まだ、俺は諦めてないぜ」

「……へえ、じゃあこれは?」

『受験生、試験を中止しなさい! 建物まで変換する気ですか?!』


 彼女が力を入れたとたん、柱、天井、目に見えるあらゆる物がプリンに変わり始めた。

 彼女との間合いを詰めれば勝算は十分にあるが、いかんせん足場がもろいおかげで、足に力だ入らない。

 今手にあるのは持ち込みを許可された木製の片手剣と盾だけだ。


「大丈夫です、変換するのは表面だけなので」

『建物もそうですが、彼がおぼれ死んでしまいます!』

「大丈夫ですよ、このままじゃ俺不合格になっちゃうんで、中止しないでください」


 リンリンが不敵な笑みを浮かべる。

 

「へえ、この状況を打破する策があなたにはあるのかしら?」

「ああ、まあ見てな」


 そう言うと、俺はプリンの海から飛び出した。

 仕組みはいたって簡単、持っていた盾を足場に蹴り上がったのだ。盾を失うことにはなってしまうが仕方がない。

 続いて、俺は彼女の足元に向って剣を投擲した


「きゃっ」


 かわいらしい悲鳴と共に、ドボンという音が聞こえた。リンリンもプリンの海に落ちたのだ。これで彼女は能力を解除するしかない。


「やってくれたわね!」


 彼女は思惑通り、プリンの海の表面を触り、その場所が地面に戻り始めた。徐々に解除の波は俺の着地地点にも到達した。

 リンリンは地面に上がった瞬間、また能力を使うだろう。

 だが俺には一瞬でよかったのだ。


「しっ」


 短い気合と共に、俺は20メートルの間合いを一瞬で詰めて、彼女の顔面の前にこぶしを置いた。わずかな風圧が彼女のブロンドヘアをなびかせた。


『そこまで! 勝者、天ヶ瀬隼人!』


 俺は一息吐きながら、周辺の惨状に目をやった。一度、プリンに変換された天井の金属などは奇怪な形で俺の目線まで垂れ下がり、試験会場の地面は波打っている形で固まっていた。

 ……これ、想像以上にえぐい能力だったな。

 外で使えば地形まで変えかねない。

 そもそも、口の中にいくらか入ってしまったプリンは問題ないのだろうか?


「試験は私の負けだわ」


 リンリンは俺に手を差し出す。


「試験は? まるで勝負は勝ったみたいな言い方だな」

「さあ、どうでしょうね。明日お食事でもいかがかしら?」

「いや、俺は一回実家に帰らないと」

「あら、残念だわ。じゃあ、一つだけアドバイス」


 彼女のはニヤッと口角を上げて、言い残していった。


「明日の予定、キャンセルしたほうがいいわよ」


 次の日、俺は飛行機がギガフロートを立つ時間になってもホテルの自室のトイレから出ることはできなかった。

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あなたのOSは最新の状態ではございません。 青山碧 @aoyamaaoiro

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