第4話 申し出

 明確に襲われているのならば、当然の如く助ける。

 しかし、彼女達はおそらく冒険者――仕事をしている途中なのだとしたら、それは助けではなく邪魔になるかもしれない。


「よし、まだ奴らは様子を窺っているから……ボクが時間を稼ぐ。その隙に、二人は逃げて」

「な、何を言ってるのよ! 三人で戦わないと無理に決まってるでしょ!?」

「アリシャの言う通り」

「……けれど、今のボク達じゃやっぱり、勝てない可能性の方が高いよ。それなら、二人が助かる道を――」

「バカ! あんたはいっつも自分を犠牲にしようとして……っ! 三人一緒じゃなきゃ意味ないでしょ!」

「うん、一緒に戦う」

「二人とも……」

「グルァッ!」

「――っ!」


 少女達が話している間に、魔物達は徐々に距離を詰めて――ついに襲い掛かった。

 彼女達の話を聞く限りでは、どうやら危機的状況であることには違いないようだ。

 だから、ここは『助けるべき』なんだろう。

 そう判断して、ヴェーテはすでに行動に移していた。


「キャンッ!?」

「……え?」


 情けない鳴き声と、少女の驚く声。飛び掛かった狼の前に降り立って、ヴェーテは剣を振るい――軽く斬り伏せた。

 突然の姿を現したヴェーテに驚いたのは少女達だけでなく、魔物達も後方へと跳ぶ。

 だが、ヴェーテは様子見をする暇を与えるつもりはない。

 地面を蹴って距離を詰めると、すぐに二匹目へと剣を振り下ろす。

 数は七体で、残りは五体。

 ヴェーテの動きを見てか、魔物達はやがて怯えた様子を見せて逃げ出していく。

 先ほどの威勢はどこへやら――一目散に魔物達はこの場から去っていく。逃げるのならば、深追いはするつもりはない。

 ヴェーテは剣を鞘に納めて振り返ると、そこには呆気に取られた表情を見せる少女達がいた。


「無事か?」

「は、はい……えっと、あ、ありがとうございます!」


 先ほど、命がけで仲間達を守ろうとした少女――確か、エルゥと呼ばれていたか。

 ヴェーテの問いかけに、彼女が頭を下げる。


「気にしなくていい。怪我はないな?」

「だ、大丈夫です。二人も、怪我はないよね」

「え、ええ……まさか、一瞬で狼の魔物を蹴散らすなんて……」

「すごい人」

「ね、そうだよね! お姉さん、お名前を聞いても……!?」

「私はヴェーテ――」

「ヴェーテ……!? ヴェーテ・ランクイズ様ですか! あの凄腕の冒険者の……!?」


 先ほどまでは動揺していたエルゥは、今度は興奮したように問いかけてきた。

 どうやら、彼女はヴェーテの名を知っているらしい。

 凄腕の冒険者――間違ってはいないが、ヴェーテはその地位を捨ててここに来ている。


「……いや、残念ながら名前が同じだけだ。私は君の知るヴェーテ・ランクイズという冒険者とは違う」

「あ、そ、そうなんですね。噂程度にしか聞いたことないですけれど、ランクイズ様もきっとあなたみたいな人なんだろうなって……」

「それは、どうだろうな」


 ――まさにヴェーテ本人のことであるが、ここは同名の他人、ということで白を切る。

 姿を見られていなかったことが幸いした、というべきか。


「あ、ヴェーテさんは、ランクイズ様のことはご存知ですか?」

「ま、まあ、噂程度には、な」

「やっぱり! ここだとあまり知られていないらしいですけれど、他の大陸ではわずか七人しかいない『Sランク』の冒険者の一人で、しかも女性なんです! ボク達の憧れで……あっ、すみません、名前も名乗らずに! ボクはエルゥって言います」

「あたしはアリシャよ。こっちはリッタ」

「どうも」


 三人の少女からそれぞれ紹介を受ける。

 仲良し三人組、といった感じか。


「ああ、君達は……冒険者なのかな?」

「はい。まだ新米ですけど、三人でパーティを組んでいるんです。でも、今の魔物達は……ヴェーテさんが来てくれなかったら危なかったです」

「そうね……あたし達も、まだまだ全然実力が足りないわ」

「……うん」


 三人はそれぞれ、魔物に追い詰められたのが悔しかったのか、俯いている。

 こういう時、どう声をかけたらいいものか……。


「あー、その……なんだ。気にする必要はないよ。誰だって最初はそんなものだ。私も最初から、魔物に勝てたわけじゃないしな」

「そうなんですか……?」

「もちろん。君達だって修行をすれば強くなるだろう」

「それって、ヴェーテさんくらいに、ですか?」

「……まあ、修行をすればいずれはいけるかもしれないな」


 ヴェーテくらいと言うと、『Sランク』の冒険者になってしまうので簡単に『いける』とは言えない。

 だが、冒険者を目指す少女達に、素質を確認することもなく「無理だ」と言い切るようなことはできない。

 すると、ヴェーテの言葉を聞いたエルゥは、何やら考え込むような仕草を見せる。そして、


「……あの、ヴェーテさん。不躾なのは分かっているんですが、これからどこかに向かわれる予定とかって、ありますか?」

「ん? いや、別に予定はないよ。実のところ、これからどこに行こうか決めようとしていてね」

「そうですか。なら――少しの間だけでもいいので、ボク達の師匠になってくれませんか?」

「な、ちょっと勝手に……」

「アリシャ、ボク達だけじゃ今の戦いで死んでいたかもしれないんだ。強くなるためには、やっぱり誰かに教えを請わないとだめかもしれない」

「それは……そうかもしれないけれど」

「わたしはいいよ。お姉さんがいいって言うなら」

「え、ええ……?」


 少女達の視線が、ヴェーテに向けられる。

 新天地に辿り着いて、いきなりこんなことになるとは思ってもいなかった。

 断るのは簡単だが、思った以上に少女達――特に、エルゥの表情は真剣だ。


「お願いします」

「あー、その……うん、別に少しの間だけなら、いいかな」


 ――ヴェーテは、昔から頼み込まれると断れない性格だった。


「! 本当ですか!? やった、やったよ二人とも!」

「あ、あたしは別に納得してないけど、まあ……教えてくれるって言うのなら」

「やったね」


 三者三様の反応を見せる少女達。

 まさか、助けた少女達の『憧れの人』がヴェーテだとは思わなかったし、『師匠になってほしい』と頼まれるとも思っていなかった。

 でも、少しの間だけなら面倒を見るくらいはいいだろう。

 どうせ、ここでやることを決めていたわけではないのだから。

 ――それから、少女達が『英雄』になるまで一緒にいることになるとは、ヴェーテは思ってもいなかったのだけれど。


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有名になりすぎたSランク冒険者、旅に出る ~旅先で自分に憧れている冒険者を正体隠して弟子にすることになった~ 笹塔五郎 @sasacibe

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