第4話 ウミボウズ

 見事人食いマカラを釣り上げた私は、精根尽き果ててそれから三日も意識を失っていた。らしい。覚えてないから知らないよね。


 そして目覚めた瞬間に降ってきた言葉がこれだ。


「馬鹿なんじゃないか君は」


 ……なんというか、いくら何でも酷いのではなかろうか。どこのどいつよこんな無礼なこと言う奴は!


 と私がそっちの方を睨むと、椅子に座った一人の若い男性が、心底呆れかえったような顔で私を見下ろしていた。髪色はアッシュブロンド。目の色は茶色い。顔立ちは整っていて背は高い。なかなかのイケメンだ。裾が脛くらいまであるヒラヒラした綺麗な服に身を包んでいる。村の人の服とは全然違う。お金持ちっぽい。


 しかし、ため息を吐きつつ放つ言葉がいちいちひどいのだ。


「十年ぶりに聖女が出たというから慌ててやってきてみれば、当人は漁に出ていて不在だと? わざわざ先触れを出して待っていろと伝えたではないか。仕方なく帰りを待っていれば気絶して帰ってきて。三日も起きない。何を考えているのだ? 挙句になんだ。オリハルコンを釣り道具に変えてしまっただと? 信じられない馬鹿者だ。君は」


 こっちは気絶明けで、まだいまいち頭が動いていないのだ。それなのにこんなに続け様に言葉をぶつけられても、私には反応できないわよ。しかし辛うじて、何だか引っ掛かった事を尋ねた。


「・・・・・あなた、釣りを知っているの?」


「そこに反応するのか・・・・・」


 男は頭を抱えていた。私が目を覚ましたのを見て、村長の子供が冷たい水を持ってきてくれた、それを飲むと少し頭がスッキリしてきた、


「・・・・・何よ。釣り道具の何が悪いって言うのよ! あれのおかげで人喰いマカラを見事釣り上げたんだからね!」


「馬鹿なのか。魔物は魚形態の奴だけでは無いのだぞ? 陸上に出る魔物はどうやって退治するつもりだ?」


「オリハルコンの形を変えれば良いんじゃないの?」


「考えが浅過ぎる。一度魔力を込めてしまったオリハルコンは、大きな形状変更は出来ない。おかげで貴重なオリハルコンが役立たずの釣り道具になってしまったではないか」


 へぇ、やっぱりそうなんだ。


「しかも、二単位のオリハルコンを同時に使っただと? よく魔力が保ったものだ」


「え? 魔力?」


「オリハルコンを扱うには魔力がいるのだ。魔力を持った者を勇者、聖女という。一人の勇者や聖女に扱えるオリハルコンが一単位。二単位を同時に扱った聖女など聞いた事がない」


 ほうほう、随分詳しそうねこの人。


 私はようやく起き上がった。こっちの服の上に厚手の布を掛けただけの状態だ。敷布団なんてない。ゴザみたいのが敷いてあるだけ。しかし・・・・・。


「ちょっと! こんな格好で無防備に寝ている私をジロジロ眺めてたの? 変態!」


「人聞きの悪いことを言うな。魔力切れで死に掛けた君を誰が回復させてやったと思っているんだ」


 死に掛けた? おやまぁ。単に体力が尽きただけではなかったのか。話によると薬で少し魔力を回復させて、そこからは自然回復させるしかないのだが、その途中で魔力が暴走する危険があった為に目が離せなかったのだとの事。


「おかげで私はこの三日ろくに寝ていない。・・・・・何か言う事は?」


「ごめんなさい」


 私は即座に謝った、寝床に座っていたので計らずも土下座謝罪だ。


「よろしい。なので私は少し休む。そこを退きなさい」


「へ?」


「この家にはそこしか寝床が無いではないか。私が使うから君は退きなさい」


 苛立たしげに彼は言って私を退けると、布にくるまってすぐに寝てしまった。ほとんど寝ていないという言葉に嘘は無さそうね。


 それにしてもきちんとした身なりをしているのに、言っては何だがこんな粗末な寝床ですぐに眠れるなんて意外だわね。


 すると、村長の奥さんが入ってきて言った。


「あら? 神殿長さん、寝てしまったのかい?」


 神殿長? なんとも偉そうな人が来てしまったわね。それだけ聖女とやらは重要視されているのだろうね。この後村長や神官様も来て私の無事を喜んでくれた。釣り上げた人喰いマカラは既に解体して王都に売ったそうで、もの凄く儲かったとのこと。


 そしてその晩、私との別れを祝う宴が行われ、翌朝、私は神殿長と共に長く滞在したアンギャンの村を旅立った。


 神殿長は立派な馬車に乗っていた。御者も護衛も付いていて、この人はどうやら確かに高い階級の人物である事が分かった。そしてどうやらこの人も「落ちてきた者」だわね。釣りのこと知っていたし。私がそう尋ねると、彼はあっさり肯定した。


「私の名はブルック・エバート。出身はアメリカだ」


 何でも十年前にこちらの世界に「落ちてきた」らしい。現世で死んだ理由はお知れてくれなかった。


 そして彼こそが十年前に現れた「勇者」なのだそうだ。つまりそれ以来この世界には勇者も聖女もいなかったのだそうで、私が十年ぶりの聖女だったのだ。そのため、唯一の勇者として東西に奔走していたブルックは、聖女出現の報に大喜びしてわざわざ迎えに来てくれたのだ。


 それが釣り狂い女でオリハルコンを釣り道具に変えてしまったともなれば、それは失望されて当たり前かも知れないわね。知ったこっちゃ無いけども。


 どうも勇者で神殿長という職務は激務らしく、そこら中に出る化け物を退治するために年中王国中を旅しているらしい。そのため、どんなところでも寝られるようになってしまったのだとブルックは言った。


 そういえば、アメリカ人の筈のブルックと普通に会話が成立しているけどどうなっているのかしらね。私がそう言うとブルックは心底馬鹿にしたような顔で私に言った。


「今更何を言っている。こっちの現地民とも普通にしゃべっていただろうが」


「それはそうだけど、それはあの人達が日本語しゃべっているのかと思って」


「そんな訳が無いだろうが。落ちてきた者には何故か翻訳機能が備わっているらしく、どこの言葉も通じるし通じさせる事が出来るのだ」


 ご都合能力ね。ふーん。私が納得すると、ブルックは呆れたようだった。


「日本人はこの手の事への順応性が高すぎる」


 落ちてきた者は勇者や聖女だけでは無く、結構いるらしい。そういう者は神殿長であるブルックが一度引き取り、状況の説明やカウンセリングをして、本人の希望を受けて王国での役職に就かせるのだそうだ。


 当然だが、落ちてくる前に現世で色々な職業に就いていた彼らは、この異世界に色々な技術を齎していて、その技術はいろんなところで使われているらしい。


「その割には馬車だし、道路の舗装も出来ていないのね」


「簡単に言うな。例え自動車整備をしていた者がいたとして、エンジンをゼロから造れるものか。考えても見ろ。君が好きな釣り竿。カーボンやグラスファイバーで作って見ろと言われてそう簡単に生産出来るのか?」


 カーボンは確か、カーボン繊維を丸めて釜で焼くんだっけ? 駄目ね。そのくらいしか分からないわ。


「道路舗装もアスファルトを探し出す事から始めねばならぬ。それでも色々とこちらで再現出来ることはしている。君も何かの役に立って欲しいものだ。得意なことはなんだ」


「釣り」


 ブルックは聞くんじゃ無かった、という顔をしてそっぽを向いてしまった。


 そうした話をしながらガラガラと馬車は進み、途中で宿に泊まったりしながら王都へと順調に近付いていた。のだが。



 その日は川を渡るのだという話だった。結構な大河で、橋は架けられていない。渡し船に馬車ごと乗って渡るらしい。へー。私はこの世界の海は見たけど川は見ていないのでちょっとワクワクしていた。


 ところが渡船場に行くと、渡し守が大変困り果てたという顔で「今日は渡れない」と言った。それはまた何故。


「ウミボウズが出てしまって、しばらく川が渡れないんです」


「川なのに海坊主なの?」


「黙れ」


 渡し守曰く、そのウミボウズとやらは船を襲うらしく、危なくて船が出せないのだそうだ。何者なんだろうねそのウミボウズとやらは。


「いやー、でっかいナマズなんですよ」


 と渡し守が言った瞬間、私の釣り師センサーがピコーンと反応した。な、ナマズとな! じゃあ釣れるじゃん! ルアーで釣れるんじゃ無い?


 目の色を変えて乗り出した私を面倒くさそうに押しのけながらブルックが言う。


「通常は何日くらいでいなくなるのだ? そのウミボウズとやらは」


「さー? 前に出た時は半月は商売になりませんでしたね」


 ブルックが沈黙する。ほら! ほら! そんなに待ってられないよね。これはもう、退治一択だよね!


 そして馬車の中で聞いた話では、ブルックの武器は槍だと聞いた。何でも、こっちに来るまではそんなもの使ったことが無かったものの、オリハルコンを握った時につい「武器なら」と槍を思い浮かべてしまったらしい。今では長年使い込んだから槍の達人として知られるまでになっているらしいけど。


 それは兎も角、槍では水の中の魔物とは戦えまい。舟に乗って近付くにしても限度があるだろう。それならもう私の出番よね! そうよね!


 期待に目を輝かせる私を見て、ブルックはうーむと唸り、しかし結局上手い方法が思い浮かばなかったのだろう。私にウミボウズ釣りを、もとい、退治を命じた。


  ◇◇◇


 私、現世にいた時に動画サイトでよく、世界の釣りの動画見ていたのよ。そうしたらヨーロッパの川でオオナマズ釣る動画を見つけたのよね。


 こう、川沿いのオーバーハングの下にルアー投げこんで、ポロポロ音が出るルアーを引いてくると「ガバー!」ってナマズが食いついてくるの。二メートルくらいの。そんで釣り人はフローターって言う浮き輪みたいので浮いて釣りしているから、ファイトが目の前なのね。凄い迫力なの!


 それを見てから私、大ナマズが釣ってみたかったのよね! 凄い凄い! 異世界ありがとう! 流石に舟を襲うっていうくらいだからフローターって訳にはいかないだろうけど、ちょっと舟を出して貰って川沿いを流して貰えば行けると思うわ。ナマズはナマズでしょ? 日本のナマズならルアーで釣ったことあるしね。


 そんな考えで私が渡し守に舟を出すよう頼んでみると、彼は胡散臭そうに私を見ながら断った。


「嬢ちゃん。馬鹿な事は止めときな。ウミボウズが舟を襲うってのは伊達じゃ無いんだ。こう大口でな。ガバーッと舟を丸呑みにしてしまうんだ。とてもじゃないが退治とか、そういう事が出来る代物じゃ無い」


 舟を丸呑みする? そ、それは凄い。人喰いマカラよりも凄いかも知れない。これはどうしても釣って見せなければ!


「大丈夫! 私は聖女なんだから! 魚なら何でも釣り上げてみせるわ!」


 それでも渡し守は胡散臭そうな態度を崩さない。しかし、ここでブルックが出て渡し守に何やらペンダントのようなものを見せた。


「え? そ、そりゃぁ!」


「分かるか。そうだろうな。この渡し場は王家の急使も通るからな。私は王国神殿の神殿長だ。その権限で其方の舟を徴発する。さっさと舟を出すがいい」


 ブルックの言葉に、渡し守は慌てて舟の準備を始める。どうやら王国のお偉いさんの権限で渡し守に言う事を聞かせたようだ。


「あなた、本当に偉いのね?」


「馬鹿なのか。当たり前だろう。それより早く準備をしろ。勝算はあるんだろうな?」


 私は胸を張って答えた。


「当たり前じゃ無い! 私に釣れない魚なんて居るはずが無いんだからね!」



 渡し守が渋々出した舟に乗って、私たちは川面に浮かんだ。同乗しているのは私とブルック、そして渡し守だけだ。幅は百メートルくらいもある堂々たる大河だ。水量は多いけど流れはそんなに速く無い。水は少し濁っていて、如何にもナマズが居そうよね。


 ナマズは基本夜行性だ。夜に隠れ家から出て来て獲物を探す。なので昼間は基本的には隠れ家でジッとしている。


 だから昼間にナマズを釣るなら隠れ家をルアーで直撃しなければならない。動画でもルアーを木々のオーバーハングの下に投げ込んでいたのはそのためだ。だから私は舟を深みの岸際に寄せてもらった。うんうん。良い感じ。岸には大きな木がぐっと迫り出していて、如何にも魚が隠れていそう。絶好のポイントだよね。


 私はオリハルコンロッドとオリハルコンルアーを取り出した。それを見てブルックが嫌そうな顔をする。


「また二単位一緒にオリハルコンを使うつもりか? 死んでも知らんぞ?」


「大丈夫よ! 倒れたらあなたがなんとかしてよね!」


 ブルックが処置なし、という感じで首を振るのが見えたが無視よ無視! それよりお魚だ!


 まず、ロッドはピンポイントに投げ易いように短めに。六フィートくらいかな。そんで、当面は投げ易い堅さで。ルアーは、どうしようかな。動画のルアーは尻尾がパタパタ動くタイプだったけど、そんなの私は持っていなかったし。要するにナマズ釣りは音が出るルアーなら何でも良いのだ。ならアレにしてみようかしら。


 私はオリハルコンルアーに念を(魔力を)込める。するとオリハルコンが変形して一つのルアーを形作った。


「……なんだそれは。ふざけてるのか?」


 ブルックが渋い顔で言う。ふふん。これをみたら百人が百人そう思うだろうね。釣りを知らなければ。


「空き缶にフックを付けたように見えるが、それでもルアーなのか?」


「そうよ! これこそ世界一ふざけた名作ルアー! ビッグバドよ!」


 形状は本当に空き缶。それにリップとブレードとフックが付いていて、水に浮かべつつ引いてくると、お尻に付いているブレードが振る舞わされてガッチャンガッチャン音を立てるというやかましいルアーだ。こういうやかましいルアーをノイジーと呼ぶ。


 どう見てもふざけているとしか思えないが、これが面白いことによく釣れるルアーなのだ。ブラックバスはもちろん、ナマズ釣りでも定番のルアーである。


 そしてこの時、私がこのルアーを選択したのはイメージが出し易いからでもあった。こうやって大きさを普通のサイズで出す分には、私は持っていたルアーを詳細に思えているので何でも自在に出せると思う。私、家に居る時はルアーコレクション見ながらニヤニヤしていたからね。しかし、魔魚釣り、巨大な人喰い魚を釣るにはそれだけでは駄目だ。


 私はロッドを横に振るい、ルアーを低く飛ばした。そして上手いことルアーをオーバーハング下に送り込む事に成功する。よしよし。しかしながら、ここからあの普通サイズのルアーを引いてきたら、普通サイズの魚が釣れてしまう事だろう。それでは駄目だ。ではどうするか。


 小さい魚が食えないくらいにルアーを大きくすれば良い訳よね。そう人喰いマカラの時と同じだ。私はロッドを通して魔力を流し込みつつ念ずる。すると、ルアーがムクムクと大きくなり始めた。そう。大きく。ウミボウズ対応なくらい大きくなれ!


 ウミボウズは舟を丸呑みにするという。なら、半端な大きさでは駄目よね。コーラ缶? いやいや、小さい。じゃあ、ビールのロング缶? でも小さいだろうね。


 そうビッグバドは胴体が空き缶風だから大きさの想像がし易いのだ。一リットルのペットボトルはどうだろう。いや、マッチザベイトの観点からするとそれでも小さすぎる。そう。相手は人喰いなのだ。


 じゃあ。私は思い切ることにした。そう。ドラム缶サイズにしてしまいましょう!


 私が念ずると、ルアーはムクムクと大きくなった。そうドラム缶サイズに。……流石にデカすぎかしら。どう見てもドラム缶そのものが川面にぬぼーっと浮いているようにしか見えないわね。ビッグバドは頭に目が描いてあり、この再現ルアーにも大きな目が付いていた。シュールだ。シュール過ぎる。


 ブルックが頭を抱えてしまう。


「なんだあれは。あんなもので魚が釣れるのか? もう少し小さくしなさい」


 で、でも、本当に舟を丸呑みするなら、これで大きさは良い筈よね! 私はブルックの言葉を無視してリールを巻き上げ始めた。


 途端、巨大ビッグバドのお尻のブレードがドラム缶にぶつかってガッコンガッコンと大音響を上げ始めた。ドラム缶を思い切りぶっ叩くのとまったく同じ音だ。ぶっちゃけうるさい。耳を塞ぎたい。


 ブルックも渡し守もそれはそれは迷惑そうな顔で耳を塞いでしまっている。な、なんか申し訳ない。でもビッグバドの持ち味はこの煩さなんだから仕方ないじゃ無い!


 しかし巨大ルアーがオーバーハングを出てしまっても何の反応も無い。駄目か。一度ピックアップして、ルアーを小さくして、またキャストね。何度もルアーの大きさを変えると、私の魔力の消費も大きくなりそうだから、なるべく少ないキャストで決めたいわね。


 そんな事を考えながら巨大ルアーが舟のすぐ側までやってきた。その時だった。


 ドガーン! ともの凄い音を立てて水柱が上がった。えーっ!? 一瞬私にも何が起こったか分からない。水柱の中に黒い何やら棒のようなものが見えた。って、あれは、尻尾?


 途端、ロッドがぐしゃっとへし曲がった。ここれは! ヒットだ!


 そう、ドラム缶バドに大ナマズが、おそらくはこの辺を騒がしているウミボウズがヒットしたのだ。や、やったー!


 ところが、ウミボウズはルアーを咥え込むと一気に水中深くに潜り込み始めたのだった。うわ! ヤバい! 想定以上の引きに私は慌ててロッドに魔力を流し込んで強化を行う。リールも大径の両軸リール。人喰いマカラと戦った時と同じくらいの仕様だ。よーし! これなら大丈夫! どんと来なさい!


 しかし、ウミボウズはググググっとロッドティップを水面下に引き込むとそのまま突っ走り始めた。


「うわあ!」

 

 渡し守が慌てて舟を操る竿で抵抗しようとしていたが、私は叫んで止めさせる。


「駄目よ! 引っ張らせて! 舟ごと引っ張らせてウミボウズを弱らせるの!」


 下手に喧嘩すると舟が転覆してしまうかも知れない。魚に引き回されるに任せた方が良い。それにしても舟を引き回すなんてどういう大きさなんだろう? とりあえずさっき見えた尻尾は五メートルくらいありそうだったけど。


 何しろナマズはパワフルだししぶとい。波打つように泳ぎ、ぐるぐるとローリングしながら暴れるから独特の引き方をするからすぐに分かる。間違いなくこいつはナマズね。ヒャッホー! 凄いわ! 異世界万歳!


 そうやってもの凄い引きを楽しんでいると、突然後ろで大きな舌打ちが聞こえた。おや? 見ると、ブルックが上を見上げて何やら睨んでいる。


「君が遊んでいるから妙なものを呼び寄せてしまったではないか!」


 遊んでいるって……。楽しんでいるのは確かだけど、これ、立派に魔物退治だからね! ウミボウズ退治しないと街道を通過するみんなが困るんじゃ無いの!


「仕方ない。良いから君はそいつをさっさと釣り上げなさい!」


 そしてブルックは突然右手を天に突き出した。な、何? するとその右手から光が飛び出す。そして落下してきたモノに突き立った。


『グギュアアアアア!』


 ともの凄い悲鳴を上げてソレは吹き飛ばされ、水の上に落ちる。は? 何アレ? 鳥、にしては大きいけど。


「ハーピーだ。この辺に巣があるようだな」


 は、ハーピー? ってあの人面鳥っていうあれ? 言われて空を見上げると、何やら人間サイズの鳥がバッサバッサと羽ばたきながらこちらを狙っているのが見えた。な、何あれー! 確かになんか人間の顔みたいのが鳥の頭のところに付いている。やだやだ! 気持ち悪い!


 初めて見る魔物の姿に背筋が寒くなる。魚なら大きくなるのは大歓迎だけど、こういうのは御免被る。気持ち悪い。


「いいから! 君はそっちに集中しなさい!」


 見るとブルックはいつの間にか金色の長い槍を持っていた。あれがブルックのオリハルコンの変形した姿なのだろう。ハーピーが急降下してくると、ブルックがサッと槍を繰り出す。しかし、最初の一匹がいきなりやられたからだろうか、槍先がかすめる寸前でハーピーは急上昇して槍を避けた。頭が良いようだ。ブルックがまた舌打ちをする。


「面倒な!」


「ちょっと! 大丈夫なんでしょうね!」


「君はそっちに集中しろと言っただろうが!」


 その通りだった。その時いきなりウミボウズが方向転換をした。よそ見をしていて集中していなかった私は対応出来ず、ロッドが引き倒されてしまう。まずい!


 ロッドは船縁に倒れ込み、舟を傾かせ始める。ぎゃー! 水が、水が入ってきた。必死に立て直そうとするのだが、ハーピーと戦うブルックが動くもんだから舟が安定しない。傾く舟。増える浸水。くっ! おのれー!


 こうなったら出し惜しみは無しだ。あんまり魔力を使い過ぎると死んじゃうらしいけど知ったことか! 私は釣りガールよ! 魚を釣り上げるためなら命なんてくれてやるわ!


 私はロッドを掴むと全力で魔力を流し込んだ。途端、ロッドが光りついでに私の全身も光り輝き始める。


「馬鹿! 止めろ!」


 ブルックが叫ぶのが聞こえるが無視だ。私はロッドを力任せに抱え上がると、必死にポンピングしてリールを巻き上げた。こんにゃろー! どうだぁ!


 ぐいぐいとリールを巻き上げると、だんだんウミボウズが上がってくる気配がした。よーし! あと少し! 私は全身から汗を吹き出しながら必死でリールを巻きロッドを起こす。


 そして遂に、ウミボウズが水面まで上がってきた。……げ!


 それはもう途方も無いサイズだった。いや、現世でもヨーロッパ大ナマズは体長五メートルとかになるらしいけど、こいつはどうも人喰いマカラよりも長いだけなら長そうだ。


 そしてその口だ。私のドラム缶バドががっぷり口の中に入っている。もの凄い大口なのだ。これは確かに舟を食べてしまうというのも納得だ。


 目の前に上がってきても油断は出来ない。ナマズの類いは兎に角しぶとい。生命力も強い。しかし、こんな巨大なお魚舟には乗せられないし、どうしようか。


「まさか、取り込みの事は考えていなかったのではあるまいな?」


 ブルックの声に冷や汗が伝う。うん。考えていませんでした。


「馬鹿なのか。仕方が無い。そのナマズをこっちの方に寄せなさい」


 見ると、ハーピーはいつの間にか居なくなっていた。あれ? どこ行った?


「君が魔力を全力で放出したのを見て驚いて逃げたのだ。あいつらにとって魔力は毒だからな」


 へぇ。そうなんだ。私はリールを巻いて一気にウミボウズを舟の方に引き寄せた。


 その瞬間、ブルックが鋭い動きで槍を投擲した。槍はウミボウズに過たず突き立つ。そして槍が刺さると同時にブルックが魔力を槍に流し込んだ。槍からは光の紐のようなものが繋がっていたのだ。するとウミボウズはバシャン! と一度大きく暴れたが、すぐにグデーっとなってしまった。なるほど。魔力は毒だというのはこういう意味なのね。


 し、しかし、これは凄い! 長さで言ったら多分新記録だ。こんな凄い魚を私が釣ったなんて! 凄い凄い!


「やったー! 神様ありがとう! 異世界最高ー! きゃー!」


 と私は叫び、万歳をし、そしてそのまま船底にひっくり返った私は魔力切れのせいで気を失ってしまい、またしてもブルックに世話を掛けることになってしまったのだった。 


 


 


 

 

 

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異世界に来たら私は聖女? そんな事より魚釣りだ! 宮前葵 @AOIKEN

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