第3話 人喰いマカラとの戦い

 私は翌日、漁師の小舟に乗ってその化け物マカラがいるという岩礁に向かった。


 いや、私は船釣りもするので、船の揺れには慣れているつもりだったんだけどね。


 何しろ十人も乗ったら沈んじゃうような小舟だ。それに三人乗って海に乗り出すのだ。いや、半端な揺れじゃなかったわよ。


 揺れとかそういう事以前に、舳先が波に突っ込む度に頭から海水を被ったわよね。吹き飛ばされて海に落ちないように船縁にしがみついていないといけない。それどころか水がバンバン舟の中に入ってきて溜まってゆくのだもの。乗っている者全員で掻き出さなければ沈んでしまう。


 必死で桶で水を掻き出したわよね。沖に出てある程度波が落ち着けば波を被らなくなるのだけど、それまででもうヘロヘロだ。船酔いなんてしている場合じゃなかった。これを漁師たちは毎日やるんだって。・・・・・・私にこの世界の漁師は無理ね。


 そもそも沖に出て、網を仕掛けて、それに向けて魚を追い込んだら網を絞って引き揚げて魚を獲るのだ。それを手漕ぎのこんな小舟でやるのだから相当な体力と根性がなきゃ無理よね。


 良いのよ。私は聖女。魔物を釣り上げるのが仕事!


 という事で村から七百メートルくらい沖にある岩礁まで小舟はやってきた。ふむ。なるほど。


 高さ五メートルほどの沖磯だ。確かにここは釣れそうだ。シーバスはもちろん、根魚や青物、真鯛や石鯛、黒鯛なんかが期待出来そうだ。


 私が目をキラキラさせて見ていると、漁師が言った。


「気を付けて下さいよ。落ちると、マカラに呑まれちまうかもしれませんからね」


 ふふん。じゃぁ、その前に釣り上げてしまってあげましょう!


 私はオリハルコンのロッドを握った。もうルアーはバイブレーションルアーをセットしてある。


 そして岩礁の端で波が砕けているポイントに向けて気合を入れてルアーを投げ込んだ。気持ち良い振り抜けと共にルアーが飛んでゆく。ああ、良いロッドね!


 着水と同時にリーリングを開始する。まずは表層からね。ルアーを巻き出すタイミングによって色んなレンジを探れるバイブレーションルアーは釣り場のサーチにもってこいだ。


 表層から段々にレンジを刻む。ふむ。これは少し深いレンジの方が良いかもね。根掛かりしそうだけど。


 そして大体深さ五メートルのレンジを探っている時だった。


 リーリングしつつロッドアクションでルアーに変則的な動きを付けた瞬間「ゴツん!」ととんでもない感触があった。その瞬間、私の両腕に鳥肌がバリバリと浮き上がる。こ、これは!


 経験したことの無い感触だ! 船釣りで八十センチのブリをヒットした時よりもヤバい感触がする! 私は思い切り合わせをくれた。


 ギュウウーンっとバッドからロットがぶち曲がる。げ! 何これ! 一メートルのマカラを掛けても強引なやり取りができたオリハルコンのロッドがへし曲がり、引き倒される。半端じゃない。今まで釣ってきた魚と次元の違う引きに青くなる。


 私はお腹にロッドエンドを当て、左腕をロッドに絡めて無理やり引き上げる。ベイトリールのドラグがほとんど抵抗無くジジジジっと引き出されてしまう。まずい! 明らかにタックルの強さが足りない!


 このままでは完全に根に潜られ、ラインブレイク、もしくは動かなくなってにっちもさっちも行かなくなってしまう。ど、どうすれば良いのか・・・・・・。


 いや、違う。これはただのロッドでは無いんだった。これはオリハルコンで私の願いによって生み出されたタックルなのだ。


 なら、きっと強化も出来るはず。私は魚の引きに耐えながら念じる。


「オリハルコン! もっと強いタックルを! この魚に負けない強いタックルになって!」


 私が思わず叫ぶと、抱え込んでいるオリハルコンタックルがカッと光り輝き、熱くなる。眩しさに目を閉じる。


 目を開けると、タックルは一変していた。ロッドは明らかに太く、リールは大きくなっている。魚の引きは変わらないが、ロッドは弾力を失っていないし、リールのドラグはジリジリと出るくらいになっていた。


 よーし! 神様ありがとう!


 私は快哉を叫ぶと、ロッドを掴み身体全体で何度もロッドを煽る。そして少し上がったら、一気にリールを巻き取り、またぐいぐいと煽る。ポンピングという技術だ。すると魚が少しずつ上がってくる感触があった。


 よしよし。私は必死でリールを巻き上げる。それにしても物凄い引きだ。私はこの時夢中だったので気が付かなかったのだが、魚に引き回されそうになる舟を漁師の二人が必死にコントロールしてくれていたのだった。


 激闘する事多分一時間くらい。ようやく魚が水面近くまで上がってきた。私が必死にリールを巻き上げていると、水面上に魚が半身を躍り上がらせた。エラ洗いだ!


 ドーンと跳ね上がった魚体は・・・・・・。えー! 私は呆然とした。鯨かあれ? というサイズだ。見たこともないサイズだった。魚体の特徴や角、虹色の鱗からしてマカラに間違いなかろうと思うのだが、とにかく沿岸で釣れたのとは次元の違うサイズだった、こ、これが化け物マカラか。


 私は必死でファイトして、ようやく、どうにか魚を船縁に寄せる事が出来た。流石に疲れたらしく水面近くに魚体を横にしたマカラ。これは・・・・・・。


 次の瞬間、漁師が銛をマカラに突き立てた。マカラは血を流しながら大暴れするが、銛にはロープが結んであるし、銛は急所に命中している。程なくマカラはもう一度船縁に引き寄せられた。


 漁師二人と私で三人がかりで舟の中に引き上げる。ドン、と舟の底にマカラが落ちた瞬間、グッと船が沈むのが分かったわよね。


「やりましたね! 聖女様!」


 う、うん。私は呆然と頷いた。はー、こ、これはすごい。


 私の持っているメジャーは一メートル五十センチまでしか計測出来ない。なのでこの魚の大きさは測れない。


 つまり、目測で多分二メートル以上の怪魚だった。三メートル近いかな。とにかく、私の身長よりも遥かに大きい。なるほど。これは人を喰うという話にも納得だ。


 呆然を通り越すと、私は手が震えてきた。


 おおおおお、凄い! 凄いよ! 本当に私がこんな凄い魚を釣ったのね! 凄い! 自己記録とかそういう問題じゃない! 化け物よ! 私がこの化け物を釣り上げたのよ!


 私は嬉しさのあまり「きゃっほー!」と絶叫し、漁師二人が呆然とするのを尻目に舟の上でクルクル回って踊り狂った。危ない。


 ひとしきり喜んで、私は漁師に言った。


「これで、ここの化け物マカラはいなくなったのよね! これでこの辺の魚も増えるし、この岩礁の魚も獲れるようになるから、村も助かるわよね」


 私はニコニコしていたのだが、漁師はちょっと驚いた顔をした後、ああ、という顔になり、言い難そうに私に衝撃の事実を告げた。


「いや、聖女様。こいつは人喰いマカラじゃありません」


 へ?


「俺が昔見たやつはもっと大きかったです」


「そうだな。なにせ人をガッポリ丸呑みしたからな」


 ・・・・・・なんという事でしょう。まさかこれ以上の大物がいるとは・・・・・・。これ以上のサイズとなると、本当に鯨サイズ。化け物。モンスターだ。それは確かに勇者だとか聖女だとかが必要なわけだわね。


 ・・・・・・・なんて素敵な事なんでしょう!


 まだそんな凄い奴が潜んでいるなんて! まだあれ以上のファイトが出来るなんて! キャッホーイ! 私は喜びのあまり奇声を放ったのだった。


   ◇◇◇


 人喰いマカラじゃ無かったらしいけど、十分に大きなマカラを載せて村に帰ると(いや、何回も転覆しそうになった)村人は唖然としてたわよね。三メートルサイズでも誰も獲られたのは見た事が無いと言っていた。凄い凄いと讃えられたが、狙った人喰いマカラじゃ無いのだから微妙よね。ふふん。


 私はその日から毎日岩礁まで舟を出してもらった。岩礁は周囲三百メートルくらいでポイントは沢山ある。日替わりで色んなポイントを攻めた。


 私は毎日マカラを釣り上げた。大きさは大体二から三メートル。どうやら沿岸で釣れる一メートルくらいのは幼魚なんだわね。


 残念ながら、舟にはこんな巨大な魚は一匹しか載らないし、私の体力もさすがに一匹釣ったらヘロヘロだ。なので一日一匹。しかしそれでもデコは無かったわよ。えっへん。


 しかし、狙いの人喰いマカラは掛からない。十日連続で手を変え品を変えやってみているのだが。掛かるのは三メートルまで。むー、難しいわね。更に大きな奴はどこにいるのかしら。


 そして更に困った事態が発生した。ルアーが無くなってきたのだ。


 何しろ、私が持っているのはシーバス用のルアーだ。シーバスはマルでもヒラでも大きさは精々一メートル。それくらいのサイズを掛ける事しか想定していない。それなのにマカラは三メートルにもなる。


 つまり、ルアーが保たないのだ。フックが伸びる、リングが伸びるならまだマシで、最終的にはプラスチックで出来た本体部分がバラバラになってしまった。それでバラした魚も多い。


 これは困った。ルアーは補充が効かないのだ。釣具屋さんなんて無いからね。


 オリハルコンでルアーを作れば良いって? そんなの私も考えたわよ。でもこれが困った事に出来なかったのだ。どうもオリハルコンを持って最初に願った物以外には変形させられないようで、竿とリールとラインなら如何様にも変形させることが出来るが、それ以外の物。例えばネットだとかフッシュグリップだとかにはならないのだ。


 困った困った。このままでは早晩ルアーが尽きる。ルアーが尽きてしまえば釣りが出来なくなる。


 そして更に困ったことが起こった。ある日神官様が私が居候させてもらっている村長の家に来て私に「王都に行く事になった」と告げたのだ。


「王都に?」


「そう。王都の大神殿から返事が来ましてな。早急にウミネ様に王都に来るようにとのお達しが」


 そもそも「落ちてきた者」は王都に向かわせる決まりなのだそうで。それが私は「聖女」であるためどうしようかと問い合わせたらしいのだ。


 すると王都の大神殿からは「迎えを出すから用意して待て」と返事が来たらしい。


 その迎えが来るの予定が四日後だという。


「嫌よそんなの! まだ人喰いマカラを釣っていないのに!」


「しかしですな。これは大神殿の神殿長と国王陛下の連名のお達しです。逆らうことは出来ません」


 どうかどうかと神官様にお願いされたので、私は承知するしかなかった。


 ・・・・・・・あと四日。それで人喰いマカラを釣り上げられなければ、私はアンギャンの村を離れざるを得ない。王都がどこにあるかは知らないが、ここから遠い場合、二度とチャレンジ出来ない可能性があるだろう。


 そんなの! 許せない! 人喰いマカラは私の獲物よ!


 どうやら私が三メーター級を沢山キャッチしたおかげで、周辺の海に魚が目に見えて増え出していて、それだけでも村としては十分だと言ってもらってはいる。マカラは大きくなればなるほど角が立派になるので、それを売るだけでも莫大な儲けになるそうで、村長などは私に感謝する事この上なかった。


 しかしそういう問題じゃ無いわよ! 狙った獲物を残してここを離れるなんて絶対に嫌! 絶対にあと四日の内に人喰いマカラを釣り上げてやるんだから!


 私は考えた。あと四日、つまり四釣行で仕留めなければならないのだ。無策で釣りに出ても仕方が無い。これまでに手に入れたマカラの情報と、自分の釣り知識を合わせて考えに考える。


 ポイントは掴めてきた。マカラはやはり岩礁の隙間や穴か何かに潜んでいるようで、岩礁帯でも複雑な地形の場所で、海流の流れが複雑な所にいるようだった。


 時間や潮はまちまちだ。ただし、ベイトフィッシュが動く時がやはり良いようで、少し波があって岩礁にサラシが出来た時の方が反応は良い。


 うむむむ。後は何だろう。私は考えこむ。そうだ。私は知らない情報を漁師の誰かが持ってはいないかしら。私は漁師が集まって網を繕っている所に言って話を聞いた。人喰いマカラが出た時の状況を尋ねる。


「そうですねぇ。俺が見たのは五年前ですな。あの辺にハマチが入ってきてですね。喜んで獲りに行ったんですよ。そうしたら、落ちた奴が喰われた」


「ああ、そうだったな。俺はカツオが回ってきた時だったな。あの時は他にも馬鹿でかいマカラが飛び跳ねて魚を喰ってたなぁ」


 ふむふむ。と聞いていて気がついた。


 ハマチ? カツオ? 聞けば季節によってこの村がある近辺に入ってくる事があり、そういう時は危険を冒してでも例の岩礁地帯に近付くのだという。そうね。ハマチとかカツオとか美味しいものね。


 ・・・・・・・じゃない! そうよ! 大きさよ!


 家のあたりの八十センチくらいのシーバスは、おおむねボラの子供、イナッコを喰ってた。なので私はそのイナッコサイズ、七センチから十五センチくらいのサイズのルアーを使っていた。


 しかしながら、マカラはその大きさが三メートルだ。なので当然もっと大きなベイトフィッシュを食べている可能性があるのだ。それこそ、四十センチから五十センチの大きさであるハマチとかカツオサイズの!


 し、しまった! そんなの基本じゃん! 大きな魚は大きな餌を好んで食べる。大きなシーバスを選んで釣るには、二十センチ以上あるビッグベイトを使うこともあるじゃない! なんで気が付かなかったのかしら!


 まして、人喰いマカラは人間を丸呑みにするのだ。それこそ人間サイズのルアーにだって平然と喰ってくる理屈だ。そりゃ、シーバス用のルアーには喰って来ないわよ。


 そうよ! ビッグベイトよ! それも特大サイズのルアーがいるわ! そうすれば人喰いマカラに口を使わせられるに違いない。


 私はこの大発見に躍り上がった、のだが。


 そんなルアーがどこにあるのよ! 元の世界にならあるわよ? マグロとか、GTとか釣るルアーならかなり大きい。でも人喰いマカラにはそれでも小さいかもしれないけどね。


 しかしここにはそれさえない。というか、ルアーがない、漁師たちが私のルアーを感心して見ているくらいだから、ルアーの概念すらないようだ。というか、釣り竿で釣りをするという考え方も無いようなのよね。


 今から作る? 木を切って、それをルアー形状に・・・・・・・。無理。やった事ないもの。ちゃんと動くルアーを作るまでにどれほど掛かるのか。四日ではとても無理だ。


 どうしよう。どうするか。うぬぬぬっと私は考えた。考えて。一つだけ方法を思いつく。それしかない。私は神殿に駆け込んだ。


「神官様! オリハルコンは他にないの?」


 神官様は驚いて目を丸くして、ルアーが欲しいからオリハルコンがもっと欲しいという私の説明を聞いていたが、やがて首を振った。


「いや、この神殿に割り当てられているオリハルコンはあれだけです」


 どうやらオリハルコンは王都の大神殿に大元があり、そこから各地の神殿に切り分けれらている物なのだという。結構貴重品らしい。それにしては扱いがぞんざいだったけど。


 しかし、私は神官様の話に光明を見出した。


「じゃ、他の神殿にはあるのね!」


「ああ、そうですな。隣の村の神殿にはあるでしょう」


 じゃあ、それを取りに行けば良いのよ! 私は喜び、早速走り出そうとして神官様に止められた。


「で、ですが隣の村までは歩いて二日掛かります!」


 な、何ですと? 歩いて二日なら、往復四日。それで時間切れになっちゃうじゃん! ど、どうしよう。どこかに自動車とかバイクとか、せめて自転車は無いの?


 もちろんここにはそんな物はない。馬はいて馬車はあるが、この村には無い。魚を引き取りにくる仲買人が乗っているのは見たけど。


 私がぐぬぬぬっと唸っていると、たまたま神殿に来ていた村長が私を見て、頷いた。


「聖女様。俺たちが取ってきましょう」


「え?」


「聖女様には村をお助け頂きました。何とかいたします」


 それを聞いて私は思わず村長に抱きついた。


「ありがとう! お願いするわね!」


 村長は特に足が速い若者を三人連れて隣村へと出掛けて行った。途中で三人を待たせ、帰りはリレー形式でオリハルコンを届けて期間を短縮するのだ。私はその間、舟を出してもらい、最後にチャレンジするポイントを入念にチェックした。岩礁と岩礁の間で渦を巻くようになっているポイントがある。ここね。私の勘がここだと言っているわ!


 そして、私が王都に出発する予定の前日夕方。村の若者が勢い良く村に帰って来た。倒れ込みながらも手を高く上げる。


「持って来ました! オリハルコンです!」


 私は思わずその若者に抱き着き頬にキスをしてしまった。


「ありがとう!」


 私は早速そのオリハルコンを手に取る。大きさは前にここの神殿でもらった物と同じくらい。虹色に輝く不思議な石だ。


 しかし今度は迷いはない。私はオリハルコンを両手で握り込むと、目を閉じる。願いは一つだ。


 ルアー! 人喰いマカラが釣れるような凄いルアーになって! 私の思う通りに大きさを変え、形や色が変わってくれると最高! 神様の石なんだからそれくらい朝飯前だよね!


 と、かなり好き勝手な願いだったのだが、オリハルコンは私の念に応じて熱を持ち、光を放った。成功だ!


 光が止むと、そこには長さ三十センチくらいの大きなミノープラグがあった。とりあえずという事だろう。実際、私が「もう少し大きく」と念ずると少し大きくなったし、色も変わった。


 良し! 私は出来上がったオリハルコンルアーを天に突き上げた。これで全ての用意は整った。明日は決戦よ!


  ◇◇◇


 私を迎えに来るという王都からの使者がどれくらいの時間に来るのかは分からない。なので私は日の出前には海に出てしまった。使者が来ても海にいれば無理に連れては行かれまい。最後の勝負を邪魔されるわけにはいかない。


 ザッパンザッパンと波を乗り越えて岩礁地帯へと向かう。もうこの波にも慣れた。この状況でも平気で立っていられる。


 狙っていたポイントにたどり着いた。ルアーはもうロッドにセッティングしてある。準備は万全だ。


 最初から大きなルアーだと投げにくいから、とりあえずは小さく重いルアーにしてある。ロッドも遠投出来るように長めで柔らかめ。投げた後に変化させれば良い。なんて素敵なチートタックル! ルアー釣り師の夢よね。


 私はロッドを振りかぶり、思い切りキャストした。ルアーは物凄い勢いで飛び、二百メートルくらい先に着水した。


 ルアーが沈むのをカウントする。ワン、ツー、スリー・・・・・・。二十数えてリーリングを開始する。ここで一番当たりが多かったレンジだ。


 同時に、タックルに念を込める。ロッドは強く、リールはハイパワーに。


 そしてルアーは大きく! とにかく大きく! 五十センチ、いや、どうせならもっと景気良く大きくしよう。一メートル!


 形状はジョイントミノー! S字形が良いかしら! イメージはでっかいジョクロよ!


 と、勝手な妄想を膨らませる、するとロッドの引き抵抗が大きくなる。どうやら目論見通りルアーは大きくなったようだ。形は分からないけれど。


 巻いてきてヒットしなければ、タックルを遠投仕様に戻してキャストし、またルアーを大きくすれば良い。いろんな形を試してみよう。


 と、そんな楽しいことを妄想しながら巻いていると・・・・・・。


 ドン! と物凄い感触がしてロッドが抑え込まれた。私は反射的にフッキングする。・・・・・・のだが、ロッドは曲がって、曲がったままだ。


 あれ? 根掛かりかな? 何しろここは見えない岩礁も多くて根掛かりが多い。それで貴重なルアーをいくつも無くしたのだ。


 まぁ、オリハルコンのルアーなら、形を変えて根掛かりを外せるだろうけどね。そんな事を考えながら私はロッドをグイグイと引っ張ってみた。


 すると、ツツツツっとラインが横に走った。その瞬間、私の全身の毛穴が開き、汗がブワッと吹き出した。根掛かりじゃ、無い!


 次の瞬間、ぐわんとロッドが引き倒された。うわ! やばい!


 私は必死にロッドを抱え込んだのだが、私の体重くらいでどうにかなるような引きでは無い。そのまま海に引き摺り込まれそうになる。明らかに三メートルサイズとは次元が違う引きだ。私は直感した。人喰いマカラだ! ついに掛けたわよ! ヒャッホー!


 しかし喜ぶにはまだ早い。私は何とか船縁で踏みとどまり、ロッドを舟の底に立て、全体重を後ろに掛けてロッドを立てる。三メートルのマカラとは比べ物にならない引きだ。私は動画で見たカジキマグロ釣りをイメージする。


 ロッドは精一杯強化して、リールも巨大化している。それでもちょっと油断すると引き倒されそうだ。なにくそー! 私を舐めるなよ!


 こう見えても私は五歳の時に、うっかり掛けてしまった一メートルくらいの鯉を、三時間くらい掛けて一人で釣り上げた女だぞ! あの鯉は当時の私よりも多分重かった。


 あれが獲れたんだからきっとこいつも獲れる! 見てなさいよ! 私はロッドとリールを握る手に力を入れる。


 すると、オリハルコンタックルが光り始めた。タックルだけではない。私の身体も光っているようではないか。後で聞いたところによると、私の身体は金色に光り、ショートにしている髪は金色になって逆立っていたらしい。スーパー何とか人か!


 それは兎も角、タックルが光始めると同時に、ビクとも動かなかったリールが少しづつ巻き上がるようになった。ようし! 私はロッドをポンピングして、全身の力をこめてリールを巻く。ジワジワとラインが巻き取られる。よしいけるわ!


 と思ったのも束の間、魚がぐわっと動く感触がすると思うと、舟が一気に引っ張られた。えええ? ちょっと、あんまり引かれると岩礁にぶつかるわよ!


 と思って見てみると、同船している漁師二人は一生懸命オールを漕いで舟を後進させようとしていた。なのに舟は引っ張られ、前進してしまっているのだ。何というパワー。


 感心している場合ではない。このまま行くと岩礁にぶつかるか、渦に巻かれるか。海に投げ出されたら、なにせ相手は人喰いマカラだ。喰われてしまうかもしれない。


 しかし、なす術が無い。漁師たちは必死に漕いでいるのだ。どうしよう・・・・・・。


 すると、ガツンという音がしたかと思うと、舟の移動速度が減速した。? 何が起こったのかしら?


 見ると、私たちが乗っている舟に鉤爪が掛かっていた。この鉤爪は漁の時に網を上げるため、互いの舟を引き寄せる時に使うものだ。それが引っ掛かり。その先にはロープ。そして一隻の舟に繋がれている。その舟では三人の漁師が必死に舟を後退させていた。


「聖女様! 頑張ってください!」


 と漁師が叫ぶ。すぐに他の船からも鉤爪が投げ込まれ、ロープが張られた。その度に舟が引かれる速度は遅くなる。私は感動して叫んだ。


「みんな! ありがとう!」


 ようし! ここまでやってもらって、期待に応えられなかったら聖女じゃ無いわよ! 私はガンガンロッドを煽り、リールをギリギリと巻き上げた。


 ・・・・・・どれくらいファイトしたか分からない。汗はボタボタ、喉はカラカラ。腕も脚も力の入れすぎで震えている。歯を食いしばり過ぎて顎が痛い。しかし私はそれでもリールを巻き続けた。もうこうなったら意地だ。何としてでも獲ってみせる。


 と、まだかなり離れたところで、ドカーンと水柱が上がった。躍り上がる虹色の魚体。マカラだ! デカい!


 というか、デカ過ぎる。明らかに舟よりデカい。なんだあれー! 本当に生き物なのか疑うサイズだ。確かにあれは魔物だ。


 跳ねた後はマカラはまた一気に潜り、引き始める。漁師たちもオールを漕いで懸命に引きに耐える。おのれー! くそー! こんにゃろー! これでもか! 私はもう意地と根性だけでリールを巻く。


 と、フッとラインテンションが抜けた。え? バラした? ラインブレイク?フックが外れた?


 いや、魚が付いている感触はある。これはあれだ。シーバス釣りで何度も経験した奴だ。魚がこっちに向かって走って来ているのだ。私はこれ幸いとラインを巻き取る。


 が、何かがおかしい。魚はドンドン近づいてくる。え、なに? ・・・もしかして。


 そのまさかだった。舟の目の前の水面が盛り上がる。ヤバい! 私は慌てて立ち上がった。次の瞬間、舟は下からドーンと突き上げられた。


 こいつ! 体当たりしてきたわよ! 確かに舟よりも大きいのだから有効な戦術だろうけど、なんという頭の良さ! 舟は舳先を上にして立ち上がってしまう。


 しかし、漁師達も負けてはいない。必死にバランスを取って舟の転覆を防ぐ。私も舟の上を走って協力する。私だって荒海をこの小舟で彼らと何日も釣りしているのだ。息はピッタリよ。


 マカラは執拗に舟に体当たりしてくるが、二人の漁師はそれを巧みにいなす。私もロッドを引いて魚に好き勝手を許さない。マカラだって体当たりなんていう無茶は体力的な意味で続かない。


 舟を沈めるのを諦めて逃走を図るが、明らかにさっきまでの勢いが無い。良し! 私はここが勝負所だとばかりに最後の力を込めてロッドを立て、リールを巻く。マカラは遂に水面に浮き、次第に寄って来た。あと少し!


 目算で五メートルを軽く超えるマカラ。虹色に鱗は輝き、角が三本も生えている。人喰いマカラで間違い無いでしょう。私は懸命に魚を舟に寄せる。漁師達が銛を構え、気合いの声も勇ましく投げつけた。


 銛はマカラに突き立った。大暴れをするマカラ。私はもう気力だけで耐える。私の舟の漁師だけではなく、他の漁師も舟を寄せ、銛を投げる。江戸時代の鯨漁のような光景だが、実際マカラの大きさは鯨そのものだ。


 銛に結ばれたロープで固定されマカラは動けなくなる。大きな口をバクバク開閉して苦しそうに身体をよじっていた。口には巨大なルアーがしっかり掛かっていたわよ!


 最後は勇気ある漁師がマカラの鰓の隙間から(鰓蓋には物凄いトゲが生えていて怖かった)銛を突き刺してトドメを刺した。海面に赤い血が大量に流れて、ついに人喰いマカラは力尽きたのだった。


 マカラが動きを止めると大歓声が湧き上がった。漁師たちがみんな舟の上で飛び跳ねて喜んでいる。


「やった! 仕留めた!」


「凄い! 流石は聖女様!」


 大騒ぎだ。私は、動きを止め舟の舷側に括り付けて固定されたマカラを見ながら(とても舟には乗らないサイズだ)しばらく呆然とし、そして次に、ようやく歓喜が湧き上がってきた。


 釣った? 本当に釣った? この私が、こんな七メートルくらいはある、こんな化け物を仕留めたの? 本当に?


 クククク! やったー! 凄い凄い! こんなの絶対に元の世界じゃ釣れなかった! 異世界最高! ありがとうオリハルコン!


 私は両手を突き上げ、絶叫し、そしてそのまま舟の底にひっくり返って、意識を失った。




 

 

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