第2話 アンギャンの村
アンギャンという村はつまり漁村で、漁師さんが魚を獲って暮らしている所だった。私の家がある町も大昔は漁村だったらしいから、雰囲気は似ている。
人口は多分二百人くらい。並んでいる船は手漕ぎの船で、これで海に乗り出して魚を獲るのは大変だろうな、という感じだった。沢山網が干してあるから、網で魚を獲っているんだろうね。獲れた魚を少し見たけれど、イワシだとかアジだとかが多いようだった。見たことのある魚ばかりだね。あの角のある虹色の魚は獲れないのかしら?
私は案内されて村長さんと会った。村長さんは四十代くらい。ちょうど父さんと同じくらいの年頃だった。そういえば、多分、元の世界では私は死んじゃっているんだと思うけど、父さんと母さん、妹とか、悲しんでいるかしらね。ちょっと申し訳ない気分になる。特に父さんは「釣りの時は安全が最優先!」と常々言っていたから、安全対策を怠って溺れ死んだなんて知ったら怒るわよね。
村長さんは濃い茶色の髪をしていて、肌はすっかり日焼けしたたくましい系の男性だった。名前はボック。彼は私の事を見て、それはそれは迷惑そうな顔をした。
「『落ちてきた』者だというのは本当か?」
そんな事を聞かれてもね。
「知らないわよ。気が付いたらここにいたんだから」
私が答えると。ボックはフンと鼻息を飛ばした。
「『落ちてきた者』は皆そう言うな。子供のころに会った奴も同じように言ったもんだ」
それから私は彼の家に案内され、奥さんに預けられた。ボックの奥さんはミリ。緑の髪色で、目は青い。年は多分三十代後半かな。なかなかの美人さんだったわよ。家の中には五歳くらいの子供と赤ん坊が一人。二人の子供だろうね。
ミリは私に服を貸してくれた。和服の裾を膝くらいで切ったような前合わせの服で、袖は短い。それにお腹で帯を締める。ちなみに下着は無い。マジか。これじゃぁ、ちょっと転んだら何もかも丸見えじゃん!
私は海水でびしょ濡れで、身体を洗いたかったんだけど、お風呂もシャワーも無い。少し離れたところにある川で水浴びするしかないという。……屋外で?
塩でべとついた身体を我慢するのは耐え難く、私は仕方なく教えられた(ミリの子供が案内してくれた)川まで行き水浴びした。覗きを警戒していたのだが、それどころではなく、洗濯だの水汲みだので人の往来が(男性含め)ある場所で、しかもかなりの人が半裸。女の人も胸をむき出して歩いていた。さようか。ここでは気にする方がおかしいのか。私は気にするのをやめて身体を洗った。石鹸とシャンプーが欲しいなぁ。服も水洗いした。さすがにまだ丸出しになりたく無かったので下着は着ていたい。
さっぱりして村長の家に戻る途中で、子供が「この辺でおしっこはすること!」と森の中を指さした。……なるほど。トイレなんて無いらしい。
ミリは私に食事を出してくれた。床に胡坐をかいて(この格好で胡坐はちょっとスリリングだわね)食べる。干した魚をあぶったものと、芋をすりつぶして作ったというパンケーキなんだかパンなんだかというような食べ物だったわね。箸なんて無いから手づかみで食べる。
味が薄いけど、お腹が空いていたから美味しく頂いた。もっと欲しいくらいだったが、どう見てもお代わりが言い出せるような感じではない。有体に言っていかにも貧しそうだったからだ。村長の家だというのに部屋が一つしかない掘っ立て小屋で、床は土間。寝るのもこの土間で転がって寝るんだろうね。ベッドなんてないもの。
食事を終えると、私はミリの子供に連れられて外に出た。「神殿に案内する」と言われた。神殿?
村の外れに崖があって、その崖を掘ったんだか、元々ある洞窟を利用したのだか分からないが、そこが神殿になっていた。岩を削って彫刻がたくさん彫り込まれていて、村の規模には不釣り合いなほど立派な神殿だった。
ただ、ずいぶん昔に造られたらしく、岩肌はすっかり黒く変色していた。少し石段を上がり、彫像に挟まれた入り口を通って中に入る。洞窟上になっている中なので薄暗い。中はホール状になっており、学校の教室と同じくらいの広さがあった。正面に見たことも無い神様の像があり、その周囲に眷属神と思しき少し小さめの神像が並んでいる。
「神官様!」
村長の息子が呼びかけると、中で何かしていた男性が立ち上がって振り返った。
「おお、オイじゃないか。どうしたね」
この子、オイって名前だったのか。だってミリさん名前呼ばないんだもの。いや「オイ、この娘を水場に連れて行きな!」とか言っていたあの時の「オイ」が名前だったのね。
ダラッとした格好をした神官は私の事を見て、ああ、と頷いた。
「『落ちてきた者』だね」
「なんで分かるんですか?」
「そりゃ、分かる。この村の人間は全員知っている。それに、あんたの背丈はデカすぎる」
……いや、この人の言っている意味は分かる。ここの人たちの平均身長は明らかに現代日本より小さい。男性で体格が良い感じでも170cmあるかないかだ。女性なのに私はそれより少し大きいのだ。
でも、そもそも女性としては大柄な私はちょっとその事がコンプレックスなので少し傷付いたわよね。
「『落ちてきた者』は王都に丁重に送り届ける決まりだから心配しなくていい」
どうやら『落ちてきた者』はそれほどは珍しく無い存在らしく、見つけた時の手筈も整えられているようだ。そしてその口ぶりからするとこの国の行政を担当しているのは神官なようだ。村長はこの村の取りまとめか、あるいは血族の長なのだろう。
神官様は私に椅子(木の箱だけど)を勧め、自分は神殿の奥、祭壇の裏をごそごそと漁っていた。
「一応、決まりなんでね」
そう言いながら神官様は何か持ってきた。何だろう?
それは虹色の石だった。大きさは手の平に乗るくらい。なんだろう。こんな石見たことが無い。私が神官様が差し出した石に見入っていると、神官様が苦笑しながら言った。
「神の石。オリハルコンだよ」
なんか漫画だかゲームで聞いたことがある名前が出てきたわね。神の石という割にはずいぶん適当な感じで祭壇の後ろに放り込まれていたみたいなんだけど。
「まぁ、何の力も無い私が持っていても何も起こらない。ただの石だ。だけど、これを『勇者』や『聖女』が持つと何かが起こると言われている」
そして、その勇者や聖女は「落ちてきた者」の中から現れる、という伝承があるそうだ。
「だから『落ちてきた者』が来たらこれを渡して調べる決まりなんだ。まぁ、私はここに来る前を含めて、三人の『落ちてきた者』に会ったけど、オリハルコンを渡しても何も起こらなかったがね」
だけど決まりだから一応やってみて。という感じで、神官様は私にオリハルコンを渡してくれた。
ヒヤッとする感触の、硬そうな石だった。ホウホウ。私は目を近づけてしげしげと観察する。虹色に輝き、それでいて光は石の中を通っているようだ。面白い石ね。
しかし、何も起こらない。まぁ、そうでしょうね。私は釣りが好きな平凡な女子高生だもの。勇者だとか聖女だとかに縁があるとは思えない。ある意味私は安心して、オリハルコンを神官様に返そうとした。
「ああ、違う。持ちながら念じるんだ」
「念じる? 何を?」
「その石を、何かの形に変える事を念じるんだ。剣とか、弓とか、槍とか」
どうも物騒ね。勇者とか言うくらいだから、そのオリハルコンで形作った剣とかで怪物と闘うんじゃないでしょうね?私は剣とか弓とかは使ったことも無いから無理よ?
そうね。そういう武器はご免被るわ。何か欲しいものに変える事を念じてみましょう。ならあれしかないわよね。
ロッドよ! 釣り竿! あの大物を釣り上げられるような剛竿よ!
あんな大物、シーバスロッドじゃ釣り上げられないかもしれないわ。でも、ポイントまでは結構ロングキャストしなきゃいけなかったから、硬いだけの竿じゃ駄目ね。それと糸! 根擦れに強い糸が欲しいわ! 一気に巻き上げるにはやっぱりベイトリールが良いかもね!
そんな事を思いながら内心で一人で盛り上がっていた(釣り人は釣り具のセッティングの妄想で一時間くらいは平気でトリップ出来る)ら、突然手のひらが熱くなってきた。
びっくりして手を見てみると、なんとオリハルコンが七色の光を発していた。そして、なんだか形を変えている。
「おおおお! これは!」
神官様が何か叫んでいる。しかし私は茫然としてしまってそれどころではない。も、もしかして、形が変わる? 私が願った通りに?
そう思うと、私の頭はそれしか考えられなくなる。欲しい! あの大物が釣り上げられるだけのタックルが!
「オリハルコン! 私にあの大物を釣り上げらる力を!」
思わず私が叫んだ瞬間、オリハルコンは虹色の爆発を起こした。私の手の平の上で。思わず目を閉じてしまう。七色の光が荒れ狂い、それが収まって私はようやく目を開けた。
「……ああ!」
私は自分の手が握っているものを見て目を輝かせてしまう。対照的に神官様とオイは「……????」となっているが。
それは、虹色に輝く釣り竿だった。長さは10フィートくらい。ちゃんとベイトリールもついていて、虹色のラインも巻いてある。念じなかったからか、ルアーは付いていない。
こ、これは! 私は打ち震えた。もしかして私の願った通りの竿であれば、あの物凄い大物とも闘えるタックルになっている筈。やったー!
私は思わずロッドを抱きかかえて踊ってしまった。ひゃっほーう!
「せ、聖女様だ……」
神官様のつぶやきで我に返る。そういえば……。
オリハルコンの形を変えられるのは「勇者」か「聖女」だったわね。そういえば。そして私は見事オリハルコンを釣り竿に変えて見せた。
つまり私、もしかして、聖女? え?聖女で確定なの?
◇◇◇
やはりオリハルコンの形が変えられたという事は、私は聖女で間違いないという事だった。「落ちてきた者」は珍しくないが、聖女はやはり大変珍しい。というか極めて稀だという事で、村中が大騒ぎになってしまった。
神殿にしつらえた椅子に座らされ、次々とやってくる村人に拝まれて貢物を捧げられる。ちょっと居た堪れないので止めて欲しいのだが、聖女なのだから仕方が無いのだと言われた。でもねぇ。ちょっとねぇ。
とりあえず一通り拝まれると、私は立ち上がった。せっかくオリハルコンでタックルを創ったんだもの。こいつを試してみたいじゃない。待っていなさいよ、大物め!
「ど、どうなさいましたか?」
神官様がうろたえる。この人はさっきから木簡に報告書をしたためたり、神殿を私を中央にして拝めるように整えたりと大忙しだった。私は飾られていたオリハルコンのタックルを手に取ると言った。
「これで大物を釣り上げてきます! ここに来てすぐ、何だか角の生えた虹色の魚を掛けたのよ。釣り上げられなかったけど、この竿ならいける筈よ!」
すると、神官様は反対すると思ったのに、なんだか感動の面持ちで言った。
「おお! 早速魔物を討伐してくださると言うのですね? 流石は聖女様!」
は? 魔物?
神官様が言うには、私が掛けた大物は海の魔物でマカラと言うらしい。マカラは海で魚を食べ、漁師の獲物を減らしてしまう魔物で、あまりに数が増えるとその辺一帯は死の海になってしまうのだという。なるほど。獰猛なフィッシュイーターという訳ね。ルアー釣りの好対象魚だわ。
この近辺で最近増えていて、アンギャンの漁師たちは困っていたところだったのだという。なるほど。なら、釣り上げなきゃいけないわよね! 聖女として!
「いや、昔この辺りに来た勇者様は、オリハルコンを銛に変えてマカラを討伐したそうです」
そんなの、勿体ないじゃない! 魚は釣るものよ!
私は茫然とする神官様を置き去りに、村長の家から届けられていたフローティングジャケットを着た。そして、穴が開いたウェーダーを切って、ブーツ部分だけを外し、それを履いた。裸足で磯場には登れないからね。
でも、私、ズボンなんてここには無いから太ももから下はむき出しなのよね。ウェーダー履く時にスカートは脱いじゃっていたから。転んだら痛いだろうなぁ。とりあえずズボンは後で調達するとして、私はその格好で神殿を飛び出した。
磯場に入り、進む。さっきの話だと、私が「落ちてきた」場所まで行かなくても、この近辺にもマカラは沢山いるという話だったわね。あの時掛けたポイントから考えると、ヒラスズキと似たような習性の魚みたいだったから、磯場でサラシが出ているポイントが良いだろう。
時間は夕刻。良い時間ね。潮は分からないけど。私は磯場を進み、良さそうな場所を見つけた。よし、ここなら行けそうね。
私はフローティングジャケットの胸ポケットからボックスを取り出すと、大きめのミノーを取り出した。
オリハルコンの糸だから、ショックリーダーはいらないわよね。さっき掛けた奴のサイズだと、スナップは危ないかも。伸ばされる危険がある。なので、ルアーのアイにラインを直結する。糸をユニノットで結んで、きゅっと結束すると、不思議な事に結び目が溶けて消えた。あら。やっぱりただの糸じゃないんだわ。
私はセッティングが完了したタックルを持ち、波打ち際に向かった。ちなみにこの時、私が何をやらかすのかと興味を持った村人が集まってきて、私の後ろに人だかりを作っている。
私はロッドを振りかぶり、ヒュオン!とキャストした。お、お、お、凄い!
軽い振り抜きでもルアーは素晴らしい勢いで飛んで行った。凄いわ! デジタルブレーキ目じゃないわね!ロッドの硬さも思った通り。流石はオリハルコンだわ。
ルアーが着水して、リーリングを開始する。うむ。このリールも最高ね。アンタレス目じゃ無いわ。ロッドの感度も凄い。ルアーの泳ぎがはっきり手に伝わってくる。
そして、ルアーがサラシの中を抜けた、瞬間!
「ガツン!」とロッドがぶち曲がった。おおおお! きたー! フィーッシュ!
思い切りロッドを煽って合わせをくれて、ファイトを開始する。こ、これはデカい! 絶対にランカークラス。午前中に掛けた奴に勝るとも劣らないわよ!
しかし今回のロッドは十分な硬さを持っているオリハルコンロッド。硬いだけじゃなくてトルクもある。良いロッドだ!
そしてリールも頑丈だし、ドラグもスムーズ。ラインも切れる気配は無い。よし、これなら獲れる!
私はロッドを煽り、リールをガンガン巻く。こういう障害物の多い場所でのファイトは強いタックルで強引に寄せて来た方が良いのだ。
その瞬間、魚がドーンと跳ねた。後ろにいる村人たちが叫ぶ。
「マカラだ!」
「聖女様がマカラを退治なさる!」
マカラはロッドを絞り込みながらも段々と寄せられてきた。よしよし。もう少し・・・・・・。あ!
しまった、ネットの事忘れてた!こんな高い足場では取り込めない! どうしよう!
私は焦っていたのだが、それを見た村人の少年が走ってきて叫んだ。
「俺が獲ります! そのまま寄せて!」
そして、波打ち際の岩場をスルスルと降りていった。よ、よし! 任せるわよ!
私は慎重にマカラを寄せて行く。やはり一メートル近い。いや、絶対に超えている!
そして魚体が波打ち際に近付き。波で少し浮かんだ瞬間、少年が銛でマカラをグッサリと突き刺した。銛にはロープが結んである。
キャッチアンドリリース派な私は驚いたのだが、そういえばマカラは魔物だった。リリースしちゃダメなんだった。
少年はロープを持って駆け上がってきて、何人かの少年が協力してロープを引っ張り、マカラを引き上げてくれた。何しろ崖をズルズル引き上げられるのだ。上がってくる頃にはマカラは虫の息だ。
魚体は大口でやはりフィッシュイーターの強い特徴を示している。虹色に輝いて、目の上にツノがあるが、全体としてはシーバス似だ。
そして、大きい! デカい!私はメジャーを取り出して長さを測ったわよ。村人は怪訝な顔をしていたけど構わない。
そしてその長さは、百三センチ! やった! 夢のメーターオーバーよ!
私は飛び上がって喜び、取り込んでくれた少年の肩をバンバン叩いて彼の目を丸くさせたあと、喜びのダンスを踊ったわよね。
どうやらマカラはその角で網を破ってしまい、村人たちではほとんど獲れないらしいが、それでもごく稀に何かの間違いで漁獲される事もあるらしい。食べればおいしい魚だとの事。村人たちは喜んでいた。
いやいや、こんなにあっさり釣れたんだもの。まだ釣れるでしょ! それにこれが最大サイズな訳がない。もっと大きい奴がいるはずよね!
私はそれから日が完全に暮れるまで磯場を走り回り、村人たちの協力の元、七匹のマカラを仕留めたのだった。村人たちは唖然としていたわよね。マカラは他の魚を食べてしまって漁師が困るって言ってたから、沢山釣ってあげた方が良いのよね!
残念だがサイズはほぼ一メートルで同じ。これが平均サイズなのね。もっと大きい奴もいると思うんだけど。
日暮れ後に釣りをするにはヘッドランプがいる。が、私は死んだ時にランプだけは流されてしまったらしく、失ってしまっていたのだ。明かりも無しに夜の磯は流石に危ない。
私は仕方なく村へと戻った。七匹のマカラを抱えた村人と一緒にね。
村は大騒ぎになってしまった。聖女が早速魔物を七匹も退治したと、神官様は仰天していたわね。仕留めたマカラは一匹は今日の宴で使い、残りは明日の朝に王都に送るそうだ。非常に高く売れるらしい。村の財政が助かると村長が私に大変感謝してくれた。
臨時の宴をする事になり、私は椅子に座らされ、焚き火を囲むように村人が車座になる。魔物を倒してくれたお祝いだということで、出荷する筈だった魚まで振る舞われ、お酒も出た。私は飲めなかったけどね。メイン料理はマカラだ。
マカラの料理は塩掛けての炙り焼きで、味は淡白。まぁ、シーバスに似ているわよね。おいしい。ちなみにマカラで本当に価値があるのは七色に輝く皮と角で、薬になるのだという。
ほうほう。そんなに役立つお魚なら、明日も沢山釣ってあげましょう。朝から良いポイントを探せば。もっと大物がいる場所もあるでしょう。
私がそんな風にホクホクしていると、村長が言った。
「聖女様ならあの化け物にも勝てるかもしれないな」
化け物? 私はピクっと反応しちゃったわよね。大物の匂いがする。
「いやー、流石にあれは無理だろう」
「そうだよ。あれは無理だ。下手すると食われちまう」
私は近くにいた村人に聞いてみた。
「ね、なんの話?」
すると村人はやや深刻そうな顔で答えてくれた。
「村から少し離れたところに、化け物みたいに大きなマカラがいるんですよ」
少し沖に出たところにある岩礁に住み着いているらしく、なんでも海に落ちた人を襲う事もあるとか。
人を襲う? サメじゃあるまいに。私がひっくりしていると、村人が言った。
「人を丸呑みにしてしまうんですよ。マカラの口は大きいですからね」
・・・・・・ランカーサイズのシーバスは、しばしば三十センチ、つまり自分の体長の三分の一より大きい魚を丸呑みに食べてしまう。なので、百七十センチの人間を丸呑みに出来るのなら少なくとも体長五メートルから六メートルもある事になるだろう。
なんだそれ。鯨じゃないの。本当に魚なの? って、マカラは魔物だって話だったわね。
「流石の聖女様でもあれは無理でしょう」
村人は苦笑した。成程。昔の勇者はオリハルコンを銛に変えて戦った、というのはそういうことか。確かに体長六メートルなんて、ブルーマーリンの世界記録レベルより大きいだろう。釣りの、少なくとも私がやるキャスティングの釣りの世界じゃない。
しかし、私はグググっと、盛り上がるのを感じた。何がって? 釣り師の魂がよ!
体長六メートルの魚? 凄い。それは物凄い! ヤバい! 激ヤバだよ!
これは釣るしかないでしょう! 釣り師として! 釣りガールとして!
そんな史上空前の大物を前にして挑まないなんて選択肢は無いわよね! まして私にはオリハルコンがあるのだ。あれがあれば、どんなタックルも自由自在の筈。いや、私が知らないだけでもっと違う力も持っているんじゃない?
オリハルコンに私の釣りの知識と技術を総動員すれば、きっとその化け物マカラも釣り上げられる! 仕留められる!
私はガッと椅子から立ち上がって叫んだ。
「私が聖女として、その化け物マカラを退治して見せます! 皆さん! 力を貸してください!」
村人は一瞬シーンとしてしまったが、私が化け物マカラの事を聞いて、村のために(ここ重要)退治したくなったのだ、と言うと、みんな感動して、大喜びで協力を約束してくれた。
よしよし。沖の岩礁には私一人では行かれないからね。それに、おそらく舟での釣りになる。舟の漕ぎ手との協力も重要になるはずだ。
こうしてアンギャンの村を巻き込んだ、私の化け物マカラ釣り計画がスタートしたのだった。
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