世も末だー
帆尊歩
第1話 世も末だー
ターゲットの女の人は、広場のベンチに座っている。
意外とラフだなと私は思った。
いくら何も知らされていなかったからといって、ここまでラフな格好では来ないだろう。
日曜日の駅前広場。
お天気も申し分ない、お散歩日和だ。
私はやんちゃな娘、派手なシャツ、パンツが見えそうな短い破れ掛けたジーンズの短パン。
裸足にビーサン姿でブラブラ歩く。
タダシの指示の偽物の仮面だ。
決して私の本来の姿ではない。
私は、広場のストリートピアノの前に立つ女の子と、ピアノという相容れない雰囲気を醸しながら、鍵盤を一つたたく。
面白そうに座ると、チューリップをたどたどしく弾く。
ターゲットが微笑ましいなという表情をする。
広場の真ん中に疲れたサラリーマンがよろけながら進む。
合わないリズムで体を動かす。
続いて、女子大生風の女の子二人がそれに合わせる。
周りがなんだ、という視線を向ける。
高校生の男女四人が合流、そこでタダシの合図が入る。
私は渾身の力でピアノをたたく。
するとさらに周りから十人が合流、私のピアノに合わせて踊り出す。
途端、周りの人達からの熱い視線がくるはずだったが、あからさまに。
ああ、フラッシュモブかていう雰囲気が広がる。
決して大きく盛り上がっていないことは分かるが、ここは突っ走るしかない。
クラッシック出身の私としては珍しい事に、立ってピアノを弾く。
そしてピアノを止めると、他のメンバーがターゲットの前で道を開けて止まる。
花道となった通路に、一人の男性が花束を持って近づく、そしてひざまずいて指輪の箱を開ける。
ターゲットの歓喜の涙。
そして私が結婚行進曲を引く予定だったが、ターゲットが男性の手を引いてそそくさといなくなった。
「えっ、どういうこと」と私は戸惑った。
メンバーは微動だにしない形で止まり、
多少興味のある観客は輪になって見物していたが、タダシの合図でメンバーが、四方八方に散らばって行く。
観客も失敗というのが分かり、同じくそそくさと離れ、輪は崩れる。
まるでラーメンから丼ぶりを除いたようだった。
「えー、今回は失敗でした」定例の反省会だ。
タダシが淡々と言う。
バイトメンバーを除いた中心メンバーで、四人だけが残っていた。
「二人はどうなったの」一番の年長者でサラリーマンをしている高田さんが言う。
「こんな恥ずかしいことをしたと、ご立腹のようで、破談にはならなかったけど、プロポーズは失敗だろうとのこと」
「酷い、恥ずかしいって、あんなに頑張ったのに。ダンスだって結構な完成度だったのに」と美咲さん。
美咲さんはダンスパートのチーフだった。
「ほんとですよ、一番恥ずかしかったのは私なんだから。この世の果てですよ」と私も美咲さんに乗っかる。
「いや、そういう場合は、(世も末だろ)」と高田さんがご丁寧に指摘してくれる。
高田さんは演出のチーフだ。
「まあいずれにしろ、失敗したとしても、こちらに落ち度はないので、ギャラはもらいましたので。今回は結果オーライと言うことで」そこで高田さんと美咲さんは帰って行った。
二人は社会人なので、貴重な日曜日をこれ以上潰したくないのだろう。
私とタダシが残された。
「恥ずかしいか?」とタダシがいう。
タダシはプロデューサーでこの会社を立ち上げた。
ちなみに私の彼氏だ。
私もそろそろ結婚をと考えているが、タダシとしては、この会社が軌道に乗らないと、とても結婚どころではないらしい。
そう言われれば何も出来ない、仕方なくタダシを手伝っている。
「でもターゲット、初めからなんか冷めた感じだけど、服装だって結構ラフで、普通なんとなくわかるでしょう」
「確かに観客もあまり乗っていなかったし、普通ターゲットだって、あそこまでしてくれれば、たとえイヤでも、あの場では嬉しいような振りをするだろう」
「でもあたしだったら嬉しいけどな」そんな言葉をタダシは無視する。
「時代は変わったって事だな。もう潮時かもしれない」
「止めるって事?」
「もう、はやらないんだ。フラッシュモブなんて。地道に働いて、お前と結婚しようかな」
「そうか。そうだよね」その言葉に私は嬉しくなった。
「現実を見ないとだめだ。きちんと就職して、人生のレールにもう一度乗るんだ。そして結婚だ」高らかにタダシが言う。
「そう、そうすれば、あたしもこんな恥ずかしい格好して、ピアノを弾かなくてすむし。そうだ結婚しよう」私たちはなんだか盛り上がった。
「結婚だ」とタダシが拳を上げる
「結婚だ」と私が拳を上げる。
「あっちょっと待って電話」
「うん」
「はい、はい。そうなんですか。それはおめでとうございます。ああ、ありがとうございます」電話なのにタダシは何度も頭を下げていた。
「喜べ。プロポーズ成功したらしい、やっぱりこの仕事は最高だ。結婚なんて後回しだ。この世の果てまで行くぞー」とタダシが拳を上げる。
「ええーっ。世も末だー」と私が拳をあげた。
世も末だー 帆尊歩 @hosonayumu
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